9.海軍砲術士官の受難~計算が倍って・・・~
-昭和18年3月下旬 別府造船大神工厰-
陸海軍合同独立日出飛行隊に異動となった私はA10射出責任者としての重責を負うことになった。
(指揮下の副砲要員も私の道連れになるらしい)日出飛行体は軍機扱いとなっているということなのだが陸海軍が「できれば表沙汰にしたくない」経緯で日出飛行隊が設立されたため「聞いてはいけない程度」の扱いになっているということだ。
表沙汰にしたくない経緯というものも2~3日でなんとなくわかってきた。
赴任時、日出駅前で私を拾って大神工廠まで送ってくれた愛想の良い紳士が大神工廠の社長で飛行隊の創立に多大な貢献をしていると聞いた時点で合点がいった。
現状に文句はない。洋上勤務の様なキツイものではない。飯は美味い。(造船所の工員と一緒ではあるが)毎日入浴もできる(おまけに温泉だ)。このままずっと勤務できればなどと思う位だ。
ここでの私の任務は飛行隊の機材「重迎撃機A10」の射出運用だ。
造船所の建屋の中に設けられた「迎撃管制室」で、敵侵入の情報を処理し会敵場所を設定。そこにA10を射出するための照準諸元を算出するのが私の仕事になる。
やっていることは主砲の照準計算とあまり変わりはない。
異なるのは(人間を撃ち出すのはもちろんだが)、
・照準諸元は遠方から無線電話で入ってくる。
・標的は高空を飛ぶ爆撃機。
・射程距離が戦艦の主砲よりも長い
ことで、
極めつけは目標は(船舶よりも遙かに)高速で移動することと、その高速で移動する目標への照準諸元を速やかに算出しなければならないことだ。
射角、仰角を設定するための情報は国東半島の両子山に設置された試製(私製)対空電探から無線電話で迎撃管制室に飛び込んでくる。
侵入してくる機体の敵味方判断を両子山の電探要員が行いこれからおおよその会敵位置を飛行隊長もしくは副長が設定する。
これらの諸元をもとに会敵位置に至る時間を計算して照準を設定し後射出員に提示するのが私の仕事になる。
有人機を射出するので照準は大雑把で構わない(多少のずれは搭乗員が補正する)とは言われるもののA10の飛行可能時間は極めて短いためやり直しがきかない。
A10は成層圏まで5分で駆け上がる「素晴らしい」性能(志賀少佐談)だということだが私にはピンとこない。何せ「扶桑」の36センチ主砲は高度1万mまでは届かないものの最大射程で発砲した場合の着弾時間はわずか40秒に過ぎないからだ。
問題は射出を2回実行しなければならないことと目標が高速であるため発射台毎に諸元が異なるということだ。
発射台に航空機を「装填」しエンジンを始動させて照準・・・射出方向に発射台を向けた後大量の火薬でA10を打ち出すらしい。大砲用の火薬と異なり「ゆっくり燃焼する」火薬らしいので射出のショックで搭乗員の身体に影響がでることはないらしいが人間砲弾としか言いようがない。
発射台の照準作業はケツが切られているため、1秒でも早く照準諸元を欲しがる。そのため照準確定もかなりの速度で行わなければならないところが苦労のタネだ。
「想定開始!敵釜山南方20キロ。高度8000m速度400キロで対馬北方に侵入中」
「会敵位置対馬南方20キロ玄界灘上空。15キロ手前の高度9000m照準位置設定。射出は600秒後から15秒間隔で8連続2回」
「諸元了解・・・・照準値発出1番射角280度仰角7度。2番射角278度射角7度。3番・・・」
「1番準備完了」「2番準備完了」
「1番、2番射出許可!」
「状況!敵編隊は飛行コースを東に変更!会敵位置予想、高度変わらず
「3番準備完了」「4番準備完了」
「3番、4番射出中止!諸元再計算を行う。5番以降射出位置にて待機!」
「想定終了!時間切れだ」
・・・なかなかうまくいかない。制限時間内の照準。特に諸元発出までの時間にもたつきがある。私は何度目かになる想定終了(時間切れ)の声に肩を落とした。
「焦るな。搭乗員も機体も射出要員もまだ仕上がってないんだ」
飛行隊長の坂井陸軍中佐に励まされるものの焦燥感は否めない。よく考えてみると「飛んでくる弾丸を打ち落とす」的運用だ。戦艦でできるような芸当はない(たぶん。我が海軍には名人が多いので迂闊に断定できない)
「会敵位置決定までの時間短縮が必要です。いくつかひな形を作ってそれを基に会敵位置いくつかに絞り込めば計算も早くなるかもしれません。空域を立方体で区切ってそこに何分で到達するかを指定してもらえば諸元も出やすいかと」
「日出限定の迎撃計画だから想定侵入経路も良くて3つだ。何とかなるかもしれん。あと、照準もメートル単位の精度はいらんぞ?500m位なら搭乗員が修正するから大雑把でいい。それで短縮できんか?」
「計算の桁数の問題だけなので大して時間は変わりません。ただ各発射台ごとに諸元を出すのではなく、基準値を出してあとはめいめいその差を調整すれば諸元計算は1回で済みます。その方向でどうでしょうか?」
「いい考えだ。各発射台での修正値が必要だが、発射台の操縦席に差異表を貼っておけば問題なかろう。最初の諸元が出た時点で残りの発射台が照準操作に入ることができる。あとはどうか?」
「射出機の照準操作習熟ですね。あとは敵機が「ゆっくり」飛んでくれるか高度を落として侵入してくれるかでしょう」
「他力本願は除外したほうがいいな」
「となると発射台(要員)に期待でしょう。照準を現在想定している4分から半分の2分以内に終わらせることができないと運用は難しい。私の指揮下だった「扶桑」砲術員は凝り性だからきっちり仕事をしてくれるとは思いますが・・・」
「それは物理的に解決することになった。発射台を倍に増やすんだ。これで射出時間に余裕が出るようになる。現在新入り操作員の特訓中だ」
「それはよかった・・・え?ということは・・・」
「諸元計算が倍になるな・・・がんばれ・・・」