表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

7.さっさと判子つきやがれ!~俺は偉いやつには強いんだ!~

-昭和18年3月中旬 別府造船大神工厰-


 広大な造船所敷地内に鎮座する怪しい構造物。一見クレーンのように見えるがブームを支えるテンションバー、上部マスト、バックステイなどが見当たらない。

 可動式らしいが底部は船所で見かける固定式、あるいは軌条式でなく複数の巨大なタイヤを備えており移動が可能な模様だ。強いて言うなら戦艦、巡洋艦に装備されている水偵射出用のカタパルトに見えなくもない。

 クレーンもどきの旋回半径外では九州に覇を唱える別府造船グループ総帥、来島義男別府造船社長と、腹心の宮部技師長に加え、陸海軍合同独立日出飛行隊隊長坂井中佐と志賀少佐がきびきびと動作するクレーンもどきを眺めていた。



「動作が早いね。最大装備のA10を載せてもこの速度だと期待は持てる」



 志賀少佐が手元のストップウォッチを眺めて速度に及第点を出したが宮部技師長は反対に難しい表情のままだった。


「ん?なんか問題あんの宮部ぇ?」

「動作は設計どおりですが運用で色々出そうですね。ウチ(別府造船)の内製ですんで品質は問題ないんですが、作り慣れたモノじゃない。今は大神工厰一番の名手が操作してるんですけど実際にここまでの操作ができるかどうか・・・。やはり「発射台」の操縦者の練度が重要でしょう」

「う~ん。ウチ(別府造船)は全力操業してるからウチの工員をこれに割く訳にはいかんな。その都度駆けつけでやるっつけるってのはどう?」

「造船所内のクレーンを降りてここまでくるのには10分はかかりますよ。専任の操縦者は絶対必要です。しかし一から訓練だと時間がかかり過ぎます。迅速な戦力化ということでしたら機械操作に慣れた者、例えば軍の工兵とかを派遣して貰えればいいんですけど」


「軍にクレーンの運転手なんていねーだろ?いてもウチに(別府造船に)だしちゃぁくれんよ。あ~あ!人・モノ・カネ。足りないもんばっかりだ!なんでこのフトコロ事情で全世界を敵に回して戦争おっぱじめたんだろ~ねぇ~。俺には全く理解できないんだけどなぁ~」



 来島社長の言葉に坂井が空を仰ぎ志賀が苦笑した。このおっさんの言うことはたとえそれが痛烈な軍批判であったとしても正当性がある。それになんとなく目くじらを立てる気にはならない。

 凄いところは言わせるだけ言わせておけば、勝手に自己解決してしまうところだ。つまり言いたいだけ言わせればいいし、言わせる事が多ければ解決もまた早くなる。

 飛行隊首脳はこれ幸いと迎撃戦の問題点を述べ始めた。「A10システム」。来島の構想する重迎撃機運用構想は日出飛行隊首脳をのめり込ませるほどの魅力に溢れている。(搭乗員は本当に不幸なことである)



「敵爆撃機の想定侵入速度と爆撃高度から逆算すると地上での準備時間は10分弱。その間に最低でも1飛行小隊12機を打ち上げる必要があるな」

「10分で発射台1基で連続射出できるのは2回が限界ですから発射台も1飛行小隊の半分、6基は必要です。宮部さんが言われたとおり、別府造船の本業の片手間みたいなものだろうけど機体が揃うまでに何とかしたいな。来島社長。大丈夫でしょうか?」


 全長60m近い「大物」の製造に数ヶ月かかるのでは完熟訓練はもとより「本番」に間に合わない可能性もある。加えて操縦士は一からの教育は教育は必要なかろうが、この「発射台」の操作は1から行う必要がある。志賀少佐の懸念はもっともだが別府造船の生産性は完全に異次元のレベルにある。原因は来島の無茶振りと、それに応え続けてきた宮部技師長にある。

 志賀少佐の懸念は宮部技師長の一言で解消された。



「試作機に問題なければ、製作は本業(造船)の延長なんでそうそう難しくはありません。部材、台車とかは納品済みですので1週間で4基、2周間で9基は組み上がるでしょう」

「そんなに早いのか?」

「宮部は効率化推進と工程管理の鬼だからねぇ~。一晩あったら爆撃機だって組み立てられるかもしれん。となるとやっぱ人かぁ~。お?終わるぞ?」



 アームの旋回、上下動作を行っていた試作発射台のエンジン音が止まり運転席から日焼けした親父が降りて来ると、難しい顔で来島社長の前までやって来た。



「大将!コイツは難しいぞ!ここ(大神工廠)のクレーンよりも旋回半径が7mもでかい。アーム先端の感覚をつかむのに難儀する。反面耐荷重が5トンだろ。構造が「やわい」んだよ。

 取り回しの慣性軽減と動作の速さを狙ってるんだろうけど、下手に振り回すと自身の重量と慣性力で捻じれるしたわむ。その小さな反動がアーム全体に流れるのでなかなか制止しない。ぞんざいに扱うとアームの揺れが止まるまでに数分はかかる。今日は無風だが風が出るとさらにやばい。あとモーターだ。動き出しが遅いし、動いたら動いたで勢いが止まらん。モノにするには時間がかかるね」



 陽に焼けた親父(国東重機の「組長」「クレーンの辰」こと山本辰夫社長)は発射台運転の問題点を述べる。

 発射台はA10運用の肝だ。

 両子山設置の電探は朝鮮半島付近までをその探知範囲を含む。しかし本土に対する攻撃意図を判断するには少なくとも対馬の北側、旧大韓帝国との国境線近くまで敵機が飛んでくるまではそれを読み難い。確実に攻撃の意図ありと判明した時点で、迎撃に残された時間は30分程度しかない。敵機との会敵位置を成層圏と仮定した場合、A10が補助推進装置を使用しても射出から会敵まで最低5分は必要だ。

 残り25分というのは、A10を武装させて射出するのにはギリギリの時間になる。これ以上陸地に近づけると市街地上空での迎撃戦になり敵機や下手をするとA10が市街地に墜落する可能性がある。

 攻撃意図が明確になった時点から出撃準備を行い。準備完了後予想進路に「狙いをつけて」A10を射出するための時間的余裕はかなり少ないのだ。発射台を仮に1飛行小隊分揃えたとしても、日出飛行隊の定数分を射出するには4回のローテーションが必要だ。

 戦艦の主砲発射速度は3分で2発程度だがA10の射出はこれよりも相当に遅い。せめて射角だけでも迅速につけたい。この思いに反して山本社長は射出装置を乱暴に動かすのはまずいと言っている。皆の納得できないような顔に気がついたのだろう。



「フネ(造船)ならいいよ?でも200トン(クレーン)でさえ仰角はつけられん。こいつは馬鹿みたいな角度まで仰角がつけられるようになってるだろ?ウチの社員でも手こずるなぁ。練習すりゃなんとかなるだろうが仕事が多いんでそんな暇がないわ。まぁ、俺でよければ指導くらいはやってやっからどっかから人間を工面してくれや」



「クレーンなんて朝飯前だ」と作ってみたものの短時間で振り回すという造船所ではあまり考えられない運用だったのが仇になった。しかしながら「練習すればなんとかなる」という言葉はありがたかった。



「普通のクレーン屋じゃ駄目なのかな?俺はアテにしてたんだけどさ?」

「大将。荷揚げすんのに仰角何度とか考えんだろ?普通は荷しか見ないぜ?」

「そりゃそうだな。仰角とか考えてたら砲兵になっちまう・・・砲兵・・・かぁ。そうかそうか!いい話が聞けた。辰っつあん!教官の話はすまんが受けてくれや」

「おう!ほかでもない大将の頼みだ。しっかり仕込んでやるよ。で、アテはあんのか?」

「うん。まぁ楽しみにしてな」




-霞が関 海軍省-



「来島さんがいらっしゃいました」


 唐突に面会を要求してきた財界の怪物。九州に覇を唱える別府造船グループ総帥来島義男の来訪は陸海軍、特に将官クラスの人間にとっては悪夢である。

 日頃から無理難題を押し付けてる反動が来島の「おねがい」という要求で跳ね返ってくる。この「おねがい」は将官にとって最悪に分類されるものが多い。その結果、ベタ金を縫い付けた偉いさんが一兵卒のごとく省内(軍内)を走り回らなければならなくなるのだ。

 それほどまでに来島の「おねがい」の無理難題度は高い。それも「おねがい」する階級が上になればなるほど面倒の度合いが指数関数的に上昇する。

 下っ端はさぞや大変だと思うようだが、意外や意外、来島の軍人に対する無茶振りは階級が下になるほど難度が低くなる。


 ・兵なら赤子をあやすように

 ・曹なら童とあそぶように


 優しく「おねがいする」らしい。しかし、


 ・尉官ならば新兵を教育する教官の如く

 ・佐官であれば仇敵に対峙するが如く

 ・将官であれば閻魔が亡者を相手にするが如く


 面倒の難易度が上がる。

(「士官以上は好きでヘータイやってるんだ。俺たちの税金で食わせてやってるんだから多少迷惑かけてもそれは俸給内だ。何せ俺は多大な税金をお国に納付しているから」とのこと。佐官以上の人間にとってはたまったものではない)

 その来島の訪問だ。

 日頃から「予算がないので」と格安で仕事を押し付けている(と聞き及んでいる)こともあって「ロクでもない用件」であるのは確実だが無碍にはできない。何せ大型船舶の建造、整備が可能なのは呉と佐世保、大神しか存在しない。へそを曲げられては困るのだ。



「いやぁ、ほかでもありません。大臣に「ちょっと」人事の口添えが頂きたいのです」



 人事でピンときた。それなら有利に立てる。人事は大臣の専決事項なのだ。徴兵に関するとだろう。そうなると強気に出ることができる。嶋田は落ち着きを取り戻して(いつものように)鷹揚な態度で口を開いた。



「徴兵回避とかですかな?帝国は全力で国難にあたっておりますのでそれは聞けない相談ですが」



 いろいろな幸運が重なって、我が軍は優勢だが兵士の育成には時間がかかる。そのため徴兵のペースは早くなっている。これに憂慮する一部の資産家や政治家が係累に徴兵が及ばないよう工作をしていると聞き及んでいる。流石に海軍大臣に申し入れる者は今までにいないが、来島なら十分あり得る。

 軽く牽制したつもりだったが返ってきた来島の言葉は辛辣だった。



「そうでしょう!そうでしょう!お国からのお召で我が社(別府造船)も熟練工を次々と戦場に引っ張ってゆかれている。穴埋めは未熟な連中と女工さんとでやらにゃーならんから大変です。陸海軍はそこまで考えて戦争をおっぱじめたのかな~と・・・こりゃ失礼しました」



 どうやら海軍に勝ち目はまったくない。嶋田も伊達に海軍大臣をやっているわけではない。これはどこまで聞き入れるかの条件闘争にした方が被る被害は少ないだろうと即座に判断したようだ。



「来島さん単刀直入に聞く。何が目的ですか」

「話が早い。「扶桑」「山城」の改装を弊社が引き受けて海上護衛総隊の旗艦とした件はご存知ですね」

「賛否両論ありますが、輸送船の護衛にはあれ(航空戦艦)が有用であるとの報告を受けています。あれ一隻で駆逐戦隊くらいなら余裕で撃退できるそうですな」

「ガラ(船体)よりも、人ですよ人!ソロモン、珊瑚海で実戦を経験した技量抜群のベテラン満載のフネですからねぇ~。で、そのベテランなんですけど。大砲降ろして絶賛失業中の砲術士官と主砲、副砲要員を期間限定でお借りしたいんですよ。ああ、無論軍籍は海軍のまんまで。可能なら昇給させて。出向期間中の各種手当と飯代はこっちが払います」

「・・・来島さん。確かに海軍の人事権は私(嶋田)にありますが、人事というものはそんなに簡単なものでは・・・」

「建前はどーでもいいんです。喜んで引き受けていただけるのか?泣きながら引き受けるのか?どちらが良いか即時お返事いただきたい。ああ、見返りは提供します。

 ウチが艦政本部への提供を拒否している「扶桑」「山城」の改装作業工程書及び改装進捗管理関係の書類一式。これでどうです?海軍は二匹目のドジョウを狙って「伊勢」「日向」の改装計画をブチ上げてるそうじゃないですか?これも併せて呉(海軍工廠)とか佐世保(三菱)にお譲りします。ウチは陸軍サンで目一杯ですからね。

 どうです?失業中の砲術員との期間限定の交換ですから海軍に利があるのは確かでしょう。悩むこたーない!あなた(嶋田大臣)も成金の相手してる暇はないでしょ?人事局長呼んで一声「よろしく」で済む案件だ。で貴方は人事案にハンコつくだけだ。チャッチャッとカタ付けましょう!」



「・・・おい・・・三戸局長を呼んでくれ・・・」



 嶋田は「はい」というしかなかった。




-数日後 呉-



「は?地上勤務ですか?」

「たっての頼みで「扶桑」の砲術士官を招きたいとのことなのだ。副砲要員もまとめて半年程度の出向となる予定だ」

「戦艦の新造はしばらくないと考えていますので、ここで悶々とした日を過ごすより別の空気を吸ってくるのも一つの考え方ではあります。で、異動先は?」

「大分の大神工厰。その中の「陸海軍合同独立飛行隊」だ。詳細は軍機だ。なぜ戦艦の砲術士官と副砲要員が要るのか見当がつかん。それとこれ(異動辞令)は海軍大臣が直接関わっとるそうだ。あそこ(大神工厰)で「扶桑」「山城」の改装をやったから、もしかすると降ろした主砲をどっかに据え付けて要塞砲として運用するのかもしれん。明後日に独立飛行隊への挨拶を段取りしておくので悪いが行ってみてくれ」



-さらに数日後 日出駅-



「そこの海軍さん。そうそう!貴方です!別府造船大神工厰に所要があるんじゃないですか?おお!やっぱり。てことはアレかぁ。そうか!そうか!うん!うん!。海軍サンきっちり「仕事」してくれてるんだなぁ~。有り難いことだぁ~。

 ああ、大神工厰までこっから結構ありますよ?よろしければウチの車に乗ってゆかれませんか?私も今から造船所に戻るところなんです。軍人さんを歩かしちゃ悪いや。ささ、乗ってください!」




 ああ・・・


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 余剰人員の活用()と言えるオハナシデスネ。 真面目な話、改装費用の件だけでもでかすぎる借りですし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ