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6.え?これ飛ぶの?~日出航空隊員の正直な感想~

「これがA10!」


 日出着任から一週間。旧「大淀」航空隊と第47飛行戦隊から着任した下士官とともに独立日出飛行隊の機材A10を見せられた時、思わず声が出た。 


 造船所屋内作業所を改装して作られた格納庫に鎮座した薄い灰色に塗装された3機(先行試作型2機と、本生産型1機とらしい)のA10は、実寸よりも小さく感じられる。

 双発の噴進式エンジンの後流を避けるように装備された双垂直尾翼のラダーには先行試作機(指揮官機)には赤、本生産機には黒でダンダラ模様が描かれている。

 これは来島社長の趣味らしい。勇ましそうなので構わんだろう。模様ごときで機体性能が変わることなどない。 

 A10にはプロペラがない。つまりプロペラの回転半径を考慮する必要がない。加えて高翼のため主脚は胴体から伸びる形の前輪式3脚になっている。地面との間隔は十分とられている様だががやはり小さい。

 一般的なプロペラ機の場合、操縦席前方の発動機が視界を遮るため離陸時は十分な速度が出るまでのあいだ視界は非常に悪い。この傾向はエンジンが大型化しつつある近年に特に顕著だ。二式戦など静止状態では操縦席からは空しか見えない。それに対して前輪式でエンジンが操縦席前にないA10の静止時の視界は非常に良好だ。



「思ったよりも小さいが・・・うーん・・・」



 相川中尉が呆れたような、感心したような声を上げた。他の連中・・・第47飛行戦隊から異動してきた羽間軍曹と、「大淀」航空隊(結局発足すらしなかったそうな)の偵察機搭乗員5名の感想も同じ様なものだろう。はっきり言ってこれ(A10)は明らかに常識の守備範囲外にある機体だ。



「周りが大きいのでそう見えるのでしょう。ここはもともとフネの部品を組み立てる建物なんですよ。定数が揃えばここも手狭になると思いますよ」



 案内をする軍属(別府造船の整備工らしい)が見た目はそんなに小さくないと強調するが、どう考えても小さい。



「なんだか狭いな」



 順番に普通のプロペラ機よりも格段に低い位置にある操縦席に納まってみる。着座位置が低いので、棺桶に入っている(いや、入った事はないんだが)様な気がする。試作乙戦は爆撃機用の発動機を搭載してたため胴体がそれなりに広かったのだが、こいつはそれ(乙戦)よりもかなり狭い。目で羽間に同意を求めると奴は困ったように首を傾けた。要は俺の図体の問題だと言いたいのだろう。これは慣れるしかない。


 計器板はエンジン油圧、シリンダ温度、油温の3つの計器がないぶんすっきりしている。


 反面、レバーやハンドルが多い。ひたすら多い。爆撃機並みの数だ。


 緊急制動傘展開

 非常脱出用風防排除

 機関砲強制排莢(先行試作機は1本だが、本生産機は2本もある)

 胴体補助噴進装置切り離し

 補助噴進装置及び噴進弾架切り離し(翼下4本)

 噴進補助装置三型(謎だ!)切り離し


 とレバーだけでも10本。これに主翼向角設定と主脚格納操作用ハンドルが加わる。こうなると地上でも軽く混乱する自信がある。

 「身体で覚える」というのが陸海軍共通の教育方針だが、A10に限ってはアタマでも覚える必要があるようだ。

 操縦桿には機関砲と補助兵装の発射釦が取り付けられており、機関砲発射釦には動作位置を示す「ア・タ・レ」の文字が刻まれていた。「安全・単発・連発」の略らしい。釦そのものには何の問題もないが神頼みっぽいところが妙に癪に障るし、また面白みもある。(もしかすると、主兵装の機関砲の命中率が最悪であるということを暗示しているのか?)

 人ごとの様だが、俺はこれに搭乗しなければならないのだ。やっぱり操縦席周りの図解を用意してもらおう。

 前方視界は非常に良好。下方視界も良い。これは爆撃機の上方からの一撃離脱を意識したものらしい。ただし後方は胴体上部に背負った噴式エンジンと高翼配置のため良好とは言いがたい。

 後方視界の悪さは・・・改善は無理だろう。さすがに(噴式)エンジンをどっかに持って行けとは言えない。編隊戦闘方法は新規に編み出す必要がある。

 戦闘機としては極めて小型と言って良い。「本当に飛ぶのか」というのは俺も含めた皆の偽りのない意見だったが、志賀少佐によると


「きちんと飛ぶ」


らしい。ただし、


「滑走路を全部使い切って離着陸」

「心配になるくらい初期加速がないが、250mも滑走すれば何とかなる」

「急激な引き起こしはケツを擦るので厳禁」


など空に上る前から注文の多い機体のようだ。


「詳細は、ウチの大将・・・来島社長から説明があります。一応設計者ということになってるんで・・・頼みますから話聞いてやってください・・・」



 造船所建屋から講堂(結構立派だ)までドカ(日出に赴任して初めて知ったのだが、ドカは別府造船が開発したらしい)の荷台に乗って移動した俺たちは待ち構えていた駅前の親父(別府造船グループ総帥来島義男社長だそうな)によるA10の設計思想と運用についての講義を受けることになった。



「A10は極めて単機能の機体として設計されてます。すなわ~ち、超高空から侵入する敵爆撃機を「殲滅」するための重武装を搭載した、高速迎撃機です。特徴として、プロペラ推進ではなく、噴進式エンジンを2基搭載しており、最高速度は700キロ以上。約380ノット以上を発揮します」



 どよめきが起きる。偵察機乗り、それも水上機乗りにとっては異次元の速度だ。俺にしても二式戦の600キロ、320ノット程度しか経験していない。爆弾と見間違えるような小さな機体、主翼は申し訳程度の面積だ。恐らく速度に特化した設計なのだろう。目を引くのは操縦席後方左右に振り分けられて搭載されているエンジンだ。  



「米軍の爆撃機は重防御が施されているため、二式戦闘機の12ミリ、零戦の20ミリでも役不足。そのため、A10は37ミリを2門、搭載しています」



 37ミリ!大砲でも搭載してんのか!確かにそれなら12ミリで「墜ちなかった」B-24も一撃で粉砕できる。



「装填は?対戦車砲なら砲手が必要では?」



 羽間が質問を返す。そのとおりだ。砲手が必要になるなら、それは戦闘機ではない。もはや空中戦車とでも呼ぶべきモノだ。もっともな質問におっさん(来島氏)はいきなり口調を変えて話しはじめた。



「A10の37ミリは対戦車砲じゃない。「機関砲」なんだわ。で、コイツは鹵獲したP-38や、沈没した魚雷艇からから引っ張ってきた米国ブローニング社のM4機関砲だ。つまり機関砲なんで砲手は必要ない」

「鹵獲品!なぜ帝国製を使用しないのか?」



 当然の質問があがる。いや待て舶来品は性能がいいぞ?



「うん。いい質問だ。ここ(日出飛行隊)は特殊部隊なんで正規の手続きではなかなかモノが回ってこんのよ。海軍に新型の30ミリ機銃をお願いしたんだけど断られた。あんまりにも対応がしょっぱかったので、こっちもアタマに来てね「そんならかまわん!後で泣くなよ!」と大見得切っちまったのよ。で、陸軍に泣きついてニューギニアからM4を弾丸込みでかき集めたんよ。ちょうど、ポートモレスビー陥落でいろいろなモノがゴロゴロしてたんで助かった。でも50挺程しかないんで大事に使ってほしい。舶来品だから性能は全然問題ない・・・と言いたいが、志賀少佐によると海軍の20ミリ以上のションベン弾だそうだ。一応、有効射程で射線が一致するよう角度を付けているけど、ここは慣れて貰うしかないね」



なんだか頭が痛くなってきた。



「航続距離、旋回半径は?」

「航続距離は・・・距離で考えたら駄目ね。飛行可能「時間」で考えて欲しい。飛行可能時間は胴体内燃料のみで1時間。落下タンクをつけて1時間半が限界なんだわ。旋回半径は、急旋回はないと考えて設計してあるんだけど、結構高いGに耐えられるそうなので、旋回半径はとてつもなく大きいけど、旋回効率はいいみたい。ロールレートは無茶苦茶らしい。志賀少佐は「旋回は搭乗員の根性と体力次第」だと言ってたけどね。副兵装は対空噴進架を最大4基組み付けることができる。通常は2基組付け、2つは落下増槽といったところかな?これで飛行時間が1時間半。もちろん対空噴進架を外して重量軽減すると2時間程度は飛行でる。ここ(日出)からだとおおよそ1時間で帝都までかっ飛ぶことができる計算になる。恐らく現時点で世界最高速の飛行機じゃないかなぁ」



いや、時間限定の最高速なんて嬉しくないから。



「みんなにはA10に搭乗してもらうことになってるんだけど、なにせ色々とアレすぎる機体なんで普通の装備じゃ駄目なんよね。飛行服と飛行帽は新調。あと操縦席の椅子合わせをするんでウチの「作業治具製作部」で体型調べてもらって専用の装具を受領してください。ちょっとアレなんだけど腕は確かだからさ・・・」



「作業治具製作部」で「姐さん」と呼ばれる女工さんに腰やら尻やらをさんざか撫で回され、挙句の果てに

「へっ、操縦士の尻って貧弱なのねぇ~」

と言われたのが俺達には一番堪えた。


造船所の職工の身体は「すげぇ」らしい・・・。


後付けの説明


「指揮官機は真紅に」という来島社長の意向(三倍がなんとか)があったらしいが、坂井中佐、志賀少佐が猛反対した(そんな恥ずかしい機体には絶対乗れない)

 妥協案として指揮官機仕様(先行試作機。いろんなモノが余分についている)のダンダラ模様だけが赤(錆朱色)になっている。

 各機には、パーソナルマークが付けられてた(作画はOTLが担当した。どうやらこういうのが大好きらしい)


 戦果があがるにつれ、指揮官機の赤いダンダラ模様は米軍から「ブラッディ・シェブロン」と呼ばれ、恐れられるようになる。また夜野機のパーソナルマークの家紋「右三つ巴蛇の目(※非常に珍しい)」は、数字の666に見えることから夜野機は「悪魔の機体」とも呼ばれており、厨房に大人気でA10のイラストは大抵夜野機の塗装になっている。

 スロットルは陸軍搭乗員搭乗機と海軍搭乗員搭乗機とで逆シフトになっており、ワンタッチでシフトの向きの変更が可能になっている。


 座席位置を合わせるためのクッションは造船所の姐さん「作業治具製作部」の手製で、搭乗員毎のオーダーメイド。

 採寸の際、尻を触られまくって困ったらしい。姐さん曰く「戦闘機の運転手の尻は貧弱」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 別府造船シリーズ。 「土佐」も気長に待ってます。 [一言] 別府に苦労(させられる)人が集まりましたね。 この後「竹槍」やカタパルトの説明を受けた時の反応が楽しみです。
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