3.日出飛行隊首脳の苦悩~これが航空機の運用なのか!~
「ここ(大神)には離着陸設備がありません。機体整備の問題は別として習熟のためにはどうしても滑走路が欲しい。志賀少佐から海軍への根回しは終わってるので、部隊の移設許可をいただきたい」
九州に覇を唱える別府造船グループ。その本拠地大神工廠の別府造船社長室では来島義男社長と独立日出飛行隊の坂井隊長が対峙していた。
坂井中佐の「滑走路が欲しい」という願いは当たり前すぎる。どこの世界に滑走路を持たない航空隊があるのだろうか?(航空母艦とか水偵部隊はどうすんだというツッコミはなしだ)
日出飛行隊の移転を申し出た坂井中佐の懇願は飛行隊の実質上のオーナー来島義男社長のいつものごとく訳の分からない台詞で切って捨てられた。
「滑走路?あんなもん飾りです。まぁ、坂井中佐にはA10運用のすべてを、まだお話ししていませんからそういう結論になるのは仕方がないですね。実はA10運用環境は想定の1/3程度しか機能してないんですよ。機体熟成と操縦士の熟練以外にもいろいろそろえなきゃならん材料がありまして。全部揃わないとA10は機能しない。A10というのは機体だけじゃなく、それを運用する体系全体を含めたものだと理解いただきたいんです。で、現在残りの2/3を全力で整えてる最中でして、これが機能するようになると滑走路なんかホント、「飾り」になるんですよね」
つれない来島氏の態度への不満というか怒りが顔に出ていたのだろう。机上で開いていた「呉式2号5型射出装置技術読本」という表題の説明書(たぶん漫画だ)を閉じて坂井中佐に向き直った来島社長の表情が少し真面目になった。
「中佐。A10の欠点は何だと思われますか?」
唐突な質問だったが、来島の問いにはすぐに答えられる。何せA10の長所は極端に少ない。
「一番は航続距離です。いや、あれは航続距離とは言えない。飛行可能時間と訂正すべきですね。飛行性能は相手が爆撃機ですから訓練でなんとかなるでしょう。あの強武装と装甲・・・飛行機に装甲と言っていいのかいささか迷いますが、あれだけは超一級品です。無論、対爆撃機戦闘に限ってです」
「ははは、そりゃありがたい評価です。以前話したようにA10は「成層圏から飛来する敵重爆撃機の迎撃」用に開発されました。で、現在の運用。滑走路から飛び出して、迎撃して帰ってくるってのはホネじゃないですか?」
来島社長の問いを坂井中佐は意外に受け止めた。金持ちの道楽だと思い込んでいたのだが運用面についても何らかの考えがあると思われたからだ。
「飛行可能時間が極端に短いA10の迎撃は爆撃機の飛行経路をかなり前から予測できなければ空振りになる可能性があります。1万(m)まで登る時間がA10でも十分程度かかるので、敵はこちらの出方を見て進路変更をする事ができるでしょう。1回旋回すればそれだけで空振りさせられる可能性が高い。米国のことです。爆撃隊の何機かには対空電探を装備してくるでしょう。
空振りした時点でこっちは燃料が底をついてますから2撃目は無理です。A10ならではの問題ですが、解決は難しい。落下増槽を付けると飛行可能時間は増えるでしょうがその代わり速度が落ちる。結局落下増槽があってもなくても同じ結果になります」
「でしょ?A10を作る際のミソがそこだったんです。設計の基本的な考え方は、成層圏の爆撃機に対して評判の良い出前の様に「速い、安い、上手い」でA10を運ぶことなんです。
で、実現するためにですね、いろいろと付属装備を考えたんです。結論としてコイツを運用するとなると「普通の飛行場」じゃ全然駄目ってことになったんですよね。ここ(別府造船大神工厰)はいろんな設備があるんですよ。A10はそれを使用する」
「カタパルトですか?水偵乗りを操縦士として要求していますよね?」
来島が先ほどまで開いていた冊子の表題が思い浮かんだらしい。
「鋭いなぁ。概ね正解です。が、巡洋艦とか戦艦のアレじゃなくて専用設計です。ちょっと気になって調べてみたんですけどコレ(巡洋艦のカタパルト)って気を抜くと首とか痛めちゃうみたいなんですよね。整備用冊子に
「射出時ニハ必ズ操縦士ニ頸部保護ヲ進言スベシ」
とか書いてある。整備士の仕事じゃない。おまけにカタパルト射出されると操縦士に特別手当が付くそうじゃないですか。操縦士の身体をスリコギでゴリゴリやってるような気がして嫌ですねぇ~
貴重な操縦士の身体をそんなことでぶっ壊すのは私の本意とするところではありません。ちょっと説明しますわ。おーい、会議室の空きはある?ある?よろしい!んじゃ宮部技師長と「先生」。あと国東重機の山本社長を呼んでくんない?山本社長は今の時間なら造船所にいるから。あ~坂井中佐。お手数ですが会議室までご一緒願えませんか?」
来島社長は「呉式2号5型射出装置技術読本」を宗教の聖典でも扱うかのごとく丁寧に本棚に戻すと、部屋の隅から丸めた鳥の子用紙を取り出し、坂井中佐を促した。
「どうでした?中佐」
疲れの見える顔で飛行隊本部に戻ってきた坂井中佐の様子に飛行隊の移転は却下されたと志賀少佐は判断したが、一応首尾を聞いておく必要がある。
飛行隊隊長室(調度品なんかは全部別府造船から借用しているので結構豪華である)の来客用ソファーにどっかり腰を落とした坂井中佐は、志賀の問いにやや熱のある声で応えた。
「・・・どうもこうもない・・・A10。コイツがぶっ飛んでるのは機体だけじゃなかったよ・・・あのおっさん。俺たちを新戦法の実験台にするつもりだ・・・。だが、これがモノになれば「我が」飛行隊は無敵の存在になる。俺は十分以上にやる気になったよ」
「なんなんですか?それ?」
「A10というのは爆撃機迎撃全体の運用。来島のおっさんは敵性語で「システム」と言っていたが、それを指す。重迎撃機はそのなかの部品に過ぎないんだ。まず、迎撃体制だが・・・」
その日の飛行隊隊長室は夜遅くまで灯りが消えることはなかった。
「呉式2号5型射出装置技術読本」
(たぶん)艦艇用カタパルトの取扱説明書(漫画)
山岡製作所(別府造船グループ)が船舶用ディーゼル機関の取扱説明書を漫画にしたところ、整備不良が原因の故障が極端に少なくなったため、各社がこぞって自社製品の説明書の漫画化に乗り出した。
別府造船社長室にはその全てが揃っているらしい。
「先生」
帝大助教授で、A10の補助推進装置の開発に従事している。
普段は東京で研究をしているが、往復3日かけて足繁く日出に通ってくる。
「当面の目標はA10を中間圏まで有人飛行させる」ことらしい。
搭乗員は不幸なことである。
以前は中島飛行機で、九七式戦闘機、一式戦闘機 、二式単座戦闘機の設計に携わっていた。
その流れもあってかA10の不具合などの改修にも駆り出されている。
日出に来るまでは「まともな人間」だったらしいが、最近人格が危なくなってきている。
国東重機の山本社長
別府造船のクレーンオペレーター専門会社の社長。「クレーンの辰」の二つ名を持つ。




