23.「音速雷撃隊」爆誕!(3)
-周防灘 艦爆標的 九七式2号改艦攻1号機機内-
「高度200・・・高度このまま・・・」
手元のチャートに目を通し投下高度と速度の数字と図表の交点とを確認する。チャートは頭の中に完全に入っているが「念には念を」だ。
このチャートは日出飛行隊の「先生」と砲術士官の超絶な計算能力と「扶桑」飛行隊の仲間との努力で作り上げた血と汗と涙の結晶だ。これがモノになれば「雷撃」の成功率は飛躍的に高くなる。今日はその総仕上げ「音速雷撃」訓練だ。
「音速雷撃」の主役は九七式2号改艦攻だが、無論音速なんぞ出るはずがない。本番で使用されるのも航空魚雷ではなく「扶桑」「山城」の主砲撤去で余剰となった36センチ主砲弾を改造したもので、どちらかというと「爆弾」「爆撃」に分類すべき攻撃方法だ。にも関わらず、
「水ん中に落とすんだから爆弾じゃなく魚雷じゃん!それに艦攻だろ?だから雷撃!あと「音速」は男のロマン」
という声が出たそうで、本来なら「水切り爆撃」とでも名付けるべき攻撃方法が「音速雷撃」という失笑を買いそうな名称になってしまった。(内緒だが、結構気に入ってる)
航空雷撃で最も効果が出るのは速度300キロ、距離800メートルで高度20メートルからの投下だ。何度も雷撃をやったがそんなものだと思う。800メートルが必中距離なのは間違いない。
この必中距離だが米軍も戦訓で学んだのか艦隊、船団中心から800メートルの位置に護衛駆逐艦を多数配置して濃密な弾幕を張る様になっている。これを躱して800mにまで肉薄するのは並大抵ではない。最近の雷撃距離が1000mを超えているのはこの弾幕が原因だ。(好き好んで弾幕に突っ込んでゆく奴はいない)
ここに「音速雷撃」の利点がある。
まず、投下高度が通常雷撃よりも高く設定できる。これにより機動に「下方」が加わる。迎撃側も右、左、上に加え下の機動を予測しなければならず面倒事が増える。つまり「当たり難くなる」のだ。
次にその速度だ。2号改艦攻は噴進装置を使用すると一瞬ではあるが「音速雷撃弾(命名は「あの人」だ)」を抱えたまま時速550キロを超える速度で飛行が可能になる。
雷撃開始位置が敵艦から1000メートルだとすると、通常の九七式艦攻なら魚雷投下まで2秒。目標航過まで10秒近くかかり、その間砲火に晒されることになる。
しかし九七式改なら目標航過まで7秒を切る。わずか3秒だが、機関砲は1門で3秒間で40発近い弾丸を発射できる。そして機関砲は1門だけではない。この1門あたり40発の弾丸を浴びせられなくて済むのは大変有り難い。加えて高速では照準も付けづらい。敵にとっては厄介この上なく、攻撃側にとっては良いことばかりなのだ。
何よりも一番の利点は躱されない(はず)ことだ。
雷撃の場合、必中距離の800mで投下された航空魚雷は命中するまでおおよそ9秒かかるが、着水位置350で投下された36センチ主砲弾の改造爆弾はわずか2秒で目標に達する。そう、避けようがないのだ。
しかし、良いことばかりではない。魚雷よりも敵艦近くに投弾しなければならない。爆弾には動力装置がないからだ。
これも投弾高度を高くとり、投弾速度を「思いっきり速くする」事で解決可能だと「先生」達は判断した。そう、「音速雷撃」はそれを目指している。
チャートの数字を脳内で拾い出し操縦士に「雷撃」諸元を伝える。
「諸元。高度100、速度570、着水350、投下1050、点火2500!」
「100-570-350-1050了解。いきます・・・距離2900・・・点火!」
機体後部に取り付けられている奮進装置が点火され、身体が座席に押し付けられる。機体は緩く降下しながら急激に増速し始めた。
エアブレーキの展開レバーを掴みながら速度計を睨みつける。機長の仕事は速度超過、速度不足を確認して、速度調整(減速一択)と適切な投下位置で爆弾を投下することだ。
「速度超過・・・減速・・・距離1200・・・テッ!」
模擬弾を切り離した九七式改は機体を僅かに上昇させながら増速する。エアブレーキが格納されたのと機体重量が減ったためだ。この逃げ足の速さも気に入っている。
「爆弾」投下後の機動をどうするかは今も意見が分かれているが、「目標(艦)の艦尾方向に方向を変えて航過する」というのが「扶桑」航空隊のスタイルになっている。
高度100m、時速570キロで投下されたコンクリート製の模擬弾は放物線を描きながら700mを滑空、標的手前350mで水面に飛び込んだ後、「楽しそうに」水面から跳ね上がると水切りの要領で距離を詰め標的の中央に突っ込んだ。
「命中!どんぴしゃり!」
思わず声が出た。
「・・・疲れた・・・」
レシーバーから漏れてくる操縦士の素直な感想に同意する。1秒間当たりの精神的負荷が半端ではない。噴進装置の燃焼が終了した後の惰力で上昇して大きく旋回を行うと、次々に「雷撃」を行う僚機の後を橙色の練習機がノロノロと飛んでいるのが見えた。
「おお!」
「これだ!これしかない!」
二式練習戦闘機で追従していた村田少佐と志賀少佐は思わず声を上げた。
「志賀!俺はアレ(九七式改)を必ず手に入れる!あれは雷撃を面から線に転換させた!」
「凄まじい戦法です。絶対に避けられない」
「海上護衛総隊に協力要請せにゃならん。それよりもアレ(九七式改)だ。何としても配備させる。善は急げだ!志賀!帰るぞ!急げ!」
-別府造船社長室-
「来島さん!九七式改が欲しい!あるだけ欲しい!」
「いや、あれって海上護衛総隊の専用機だから・・・それに素体がなけりゃ改造できませんよ?2号艦攻はあらかた前線から退いてます。だから海上護衛総隊が入手でき・・・」
「無論海軍から掛け合います。来島さんも三菱に話をつけてください!それと、九七式改のキモは噴進装置です。あれは日出と海上護衛総隊用だと志賀少佐に聞きました。ウチ(GF)にも分けていただきたい!お願いします!」
-海上護衛総隊「扶桑」-
「え?自分だけもう1回ですか?」
「隊長機は620(km/h)出るんだろ?それでやらなんと駄目だと大神(別府造船)が言ってきた。考えてみれば当たり前だな。発動機換えりゃみんな620出るんだから・・・」
-海軍軍令部-
「新型の配備を待てだと?その新型とやらはいつ来るんだ?明日か?明後日か?」
「新型機なんぞ要らん!どうせ「雷撃」しかせんのだろう!俺は「音速雷撃」ができる機体が欲しいんだ!」
軍令部で担当者とやりあう村田少佐の姿が目撃されており、程なくして全国から九七式2号艦攻がかき集められたらしい。
試製九七式2号改艦上攻撃機
(別製九七式2号改艦上攻撃機)
九七式2号艦上攻撃機の主翼、発動機を交換し、乗員を2名にしたもの
性能は九七式艦攻と天山艦攻の真ん中あたりの微妙なものになった。
海上護衛総隊は新型(彗星、天山)配備を希望していたのだがそんな要望が通るはずがない。で、三菱の2号艦攻の主翼を再設計し、改造型として納品した。
航空艤装と主翼、発動機の変更だけなので新規製造のおおよそ半額で改造できる。
もろこし様の「例の計算式」によると
最高速度:514km/h
は出る感じですが、敢えて控えめにしています。
試製七〇番一号爆弾(別名音速雷撃弾)
戦艦「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」の改装で撤去された砲塔の徹甲弾を航空用爆弾に改造したもの。
当初40センチ主砲弾をとの声もあったが、
「当たらなければ無駄弾。ならば少しでも当てやすいものがいい」(まぁ、誰が言ったかはわかるが)
との意見で36センチ主砲弾が流用された。




