21.「音速雷撃隊」爆誕!(1)
-別府造船大神工廠内 日出航空隊-
「志賀少佐。海軍の村田少佐が社長室応接でお待ちです」
ああ・・・今日だった・・・。
B-29に(あり得ないことだが)長距離飛行が可能な戦闘機を随伴した場合のA10部隊の戦闘手順を検討していた私に別府造船から派遣されている秘書が来客を告げた。
陸海軍にA10が配備することが決定され、少数ではあるが陸海軍に量産型が引き渡されたために少なくなってはなってきたものの、陸海軍からの「視察」は続いている。
表向き米軍の新型爆撃機の攻勢を退けている「陸海軍合同独立日出飛行隊」の視察だが、その実態は日出飛行隊の実質上の最高責任者(だが最高に無責任だ)、九州に覇を唱える別府造船グループ総帥、来島義男別府造船社長詣でだ。加えて別府造船大神工廠には天然温泉と社員用の保養施設がある。
別府造船の口の悪い連中が「別府造船の稼ぎの半数は大神の保養所が稼ぎ出している」とさえ言っている。
本日の来客は村田少佐。「雷撃の神様」と称される艦攻乗りで、私の3期先輩になる。
「菊の粛清」以来、陸海軍は来たるべき決戦に備え大規模な作戦行動を起こしていない。 その代わり戦力の充実に力を注いでおり新型機への機種転換や人材育成、後進の教育・指導を目的として目まぐるしく人事が動いている。連合艦隊も例外ではなく、源田中佐を始めとする母艦搭乗員が教官や参謀として各地に転出している状況だ。
そんな訳で九州方面を除いて陸海軍の最前線の部隊は(敢えて言うが)暇だ。忙しいのはヤケクソの様に爆撃機を送り込んでくる米軍相手に門松で打ち出される日出飛行隊と、その取りこぼしを狙う九州各地の戦闘機部隊、墜落した残骸を漁るサルベージ会社だけだ。
そう、我が日出飛行隊はとんでもなく多忙だ。
両子山を起点とした防空警戒網と九州各地の航空隊とを連携した防空体制という面倒この上ない運用体系確立を試行錯誤で行っている。
広範囲な海上を主戦場とする航空艦隊と「日出限定」「用途限定」の陸海軍の寄せ集め飛行隊との間に接点を見出す事は難しい。強引に接点を求めるとすれば十分ではあるが十二分ではない資機材、燃料等のおねだり・・・。待て!別府造船社長室だと?村田さん・・・タカる気じゃないだろうな・・・。
無茶を通そうとする場合、海軍なら私か相川中尉。陸軍なら坂井中佐か夜野中尉にその矛先が向かってくる。それでもまずはウチ(日出飛行隊)の本部に来るはずなのだがなぜに別府造船の社長室なのか?
私は嫌な予感しかしなかった。
「源田中佐から戦闘機では「使い所が難しい」と聞きました。しかし自分(艦攻)のところなら使いどころはほぼ決まっています。突入時もしくは離脱時の増速。新型機の配備が望めない現状、であればこれしかない!搭乗員が弾幕に晒される時間を少しでも短くしたい。搭乗員の命は何物にも替えがたい」
社長室の応接には大きな氷をブチ込んだグラスと見覚えのある焼き物の瓶(「Eisenparadies」のドイツ語のラベルが貼ってある。瓶は有田焼だそうだ)と阿蘇の来島農場産らしい牛肉の干物が皿にテンコ盛りされていた。村田少佐!かまわんのですか?真っ昼間ですぞ?
そもそもこの対応、他の皆様とは全く別扱いだ。陸軍少将殿の訪問でも羊羹と緑茶程度だったのだが、星の数が3つほど少ない少佐にこの対応はおかしい。企業人の来島社長の価値観は自分とは異なると理解はしているのだがさすがに予想外だ。
「ご立派です!さすが海軍!ここだけの話、陸軍には兵隊を紙切れ程度にしか考えていない方が多い。ウチ(別府造船)はそのような輩と取引なんぞしたくはないのですが別府造船も社員とその家族を喰わせていかなきゃならん。そこは忸怩たるものがあるのです!しかし真珠湾攻撃の立役者が博愛主義者であられたとは!村田少佐!この来島!協力は惜しみませんぞ!ささ!もう一杯いかがです?これは国産のシュナップス。こちらで言えば焼酎みたいもんです。ウチのドイツ人(OTL研究員)が「シュナップス!シュナップス!」と泣きつくんで仕方なく作ったのですが結構イケますぞ!」
来島社長1人で盛り上がっている。正直私(ともしかすると村田少佐も)は必要がないと思うのだが眼の前にグラスを置かれては腰を落ち着けるしかない。陶器製の瓶から注がれた無色透明の「鉄の楽園」という銘のドイツ風焼酎を口に含み牛肉の干物を齧る。これで余計なことは言えなくなった。帝国軍人たる者、モノを口に入れて話すなどという無作法はできない。
村田少佐は艦攻の突入時に竹槍を使用することを考えているらしい。なるほど、戦闘機ほど使い所を考える必要はない。使い所は突入時か離脱時かのどちらかだ。
突入時であれば竹槍点火時の速度に慣れる必要がある。ベテランなら難しそうだがジャク(ひよっこ)なら最初から「こんなもんだ」と身体に叩き込めば済むかも知れない。
しかし運用が問題だ。急降下爆撃での適用は引き起こしの問題で無理だろう。となると水平爆撃か雷撃ということになる。水平爆撃の命中精度は急降下爆撃に比べ低い。わざわざ命中精度の低い攻撃方法を採用する必要はない。そうなると雷撃一択になるが魚雷が着水の衝撃に魚雷が耐えられるだろうか?
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。突入速度が50km/h速くなると運動エネルギーはおおよそ3割増加する。魚雷は爆弾と違って精密な機械だ。真珠湾の雷撃もかなり苦労したのだが村田少佐はそのあたりを理解しているのか?
私は牛肉の干物を飲み込むと口を挟んだ。
「艦攻にロケットを装着して高速雷撃する場合、魚雷の強度はどうなるのか?頑丈にすれば炸薬の量は減ってくるので命中時の効果は減少するのでは?いや?運動量が多いのでそのあたりは相殺されるのか?」
「それは考慮する必要がある。しかし高速雷撃は検討するに値する」
「高速雷撃訓練をやると、感覚が高速側にいってしまうと通常の雷撃にも影響が出るのでは?」
「わかっている。しかし搭乗員は一朝一夕に増やすことはできん。俺は雷撃精度が下がっても搭乗員の命を優先するべきだと考えている。2年しか経ってないが、真珠湾の頃とは戦争を取り巻く環境は一変している。育成に数年かかる搭乗員を無駄に死なせたくない」
「・・・」
村田少佐の言わんとすることはよくわかる。戦闘機で一番高額な部品は搭乗員なのだ。
ちなみに艦攻は3座なので戦闘機の3倍高価だ。
高速雷撃というのは非常に魅力的だが魚雷の改造という面倒この上ない問題がある。数ヶ月などという期間では難しかろう。
私も村田少佐も沈黙した。今のままでは搭乗員が危険なのはどちらも理解している。
と、そこに来島社長が口を挟んだ。
「ちょっといいかなぁ?私見だけどさ、船を沈めるのに魚雷を使うのは経済効率悪いんじゃない?ああ、成金親父の戯言と思って聞いてよね。
駆逐艦や潜水艦の魚雷は1発で家一軒というじゃないですか?航空魚雷はそれほどではないとしても普通の爆弾よりも十分高価でしょ?アレを外した時の事を考えると・・・私なら魚雷投下の瞬間心不全を起こして死んじゃう。で、外れた魚雷の数を数えて経理・・・主計担当者がアタマ抱えると・・・」
切羽詰まった空気が微妙になった。端的に言うと「空気が固まる」というやつだ。しかし、来島社長の言葉もそれなりに正論だ。真珠湾攻撃の我が軍の雷爆命中率は7割を超えていたが、あれは「据え物斬り」だ。普通なら「当たらないように」逃げ回る。米軍だって命懸けだ。そうなると回避された航空魚雷や航空爆弾は(別府造船風に言うと)「損失」に計上される。
別府造船の職員は末端にまで費用意識、費用効果の精神が浸透している。おかげで我々にも費用効果意識(俗物は「ケチ」という)が浸透しつつある。
真珠湾以降、大規模な航空戦は行われていないが相手(英軍)が逃げ回ったマレー沖では雷撃に限れば命中率は真珠湾のそれから3割も下がっている。
加えて米軍の艦船、特に続々と戦力化が予想されている新型戦闘艦艇は30ノット以上の高速を発揮すると予想されている。対空兵装も強化されるだろう。その中での攻撃はマレー沖より更に困難になり、命中精度の低下は否めないし、搭乗員の損失もうなぎのぼりに増加するだろう。
高速雷撃は一考するに足りる戦略だが、高速投下に耐えるだけの魚雷の改造という技術的な問題が立ち塞がる。
技術的な問題はいずれ解決するだろうが、それにつぎ込む資源と時間がない。現在の帝国は「来る決戦」に備え全力で力を溜め込んでいる。そんな状態なのだ。
黙り込んでしまった私と村田少佐にグラスを空にした来島社長が赤ら顔でこう提案してきた。
「海上護衛総隊の艦攻が訓練やってんだけど参考にしない?護衛総隊には航空機が運用可能な艦が2隻あるんだけど載せる機体がなくてね。中古の機体を改造して「画期的な攻撃」訓練をしてんのよね。何かの役に立つかもしれんよ?」
あ、これたぶん駄目なやつだ。理由は定かではないが私はそう感じてしまった。




