20. 詫間空の受難~はるばる来たぜベーリング~
「B-29ショック」
新型爆撃機による本土攻撃は連戦連勝に浮かれていた大日本帝国陸海軍を震え上がらせるには十分であった。
幸い、九州の試験部隊による迎撃が功を奏し撃退はしたものの、墜落した機体の残骸や捕虜尋問の結果B-29の作戦半径が3000キロを超えると結論付けられ、その情報に従って描かれた皇居から半径3000キロの円に陸海軍首脳は恐怖した。
「3000キロ圏内の敵は潰さなければならない」
かくして、大陸においては陸軍の司偵が、海洋においては中攻と飛行艇が各所の偵察に駆り出されることになる。
-1943年(昭和18年)年9月-
北国の夏は短い。早々に鉛色を含んだベーリング海は極地に近いぶん波浪が厳しい。その中を1機の漆黒の大型機と双発の小型機が東を目指して飛行していた。
漆黒の大型機は詫間航空隊所属の二式飛行艇。双発の小型機は百式司令部偵察機だ。
「新型爆撃機の装備品実用試験」という名目で様々な機材の運用試験に(本来の飛行士の教育そっちのけで)駆り出されていたのだが海軍軍令部からの特命を受け、九州で装備の点検を行った後、僚機とともに日本列島を縦断して北海道の能取に到着。
近所の美幌に内地から到着した百式司偵(海軍所属)とともに3日間の猛訓練をこなし、占守島に向けて出発した。
九州で積み込まれた物資(人間用の「燃料」)を占守島に下ろし、盛大な海鮮鍋の歓待を受けた翌朝。百式司偵とともに未明の占守島を飛び立ちカムチャツカ半島南端を航過して順調に飛行を続る。
占守島を飛び立ってから2時間半。占守島から1100キロ地点にさしかかりつつあった。
「なんか貧乏くさい海(ベーリング海)だな」
「海なんてどこも一緒だろ。塗り分けされているわけでもないし。陰気な感じはするけど」
「南の海はなんとなく上機嫌になる。瀬戸内は心安らぐ感じがする。ここはシケた感じしかしないんだよなぁ。海の下には死の世界みたいな」
「いやいや、サケとかカニの好漁場だよ。昨夜の鍋は美味だったじゃないか」
「鍋ねぇ~。俺は昨夜生まれてはじめて「塩っ辛くない」サケ食った。ガキの頃は海にサケが泳いでるから(海の水は)塩っ辛いんだと思ってたんだ」
「ははは馬鹿な・・・。じゃぁ、なんでサケは塩っ辛い?」
「・・・う~ん。塩昆布食ってるからじゃないかな?」
「おい貴様ら、馬鹿言ってるんじゃない。ぼつぼつ給油地点だ」
「大艇はでっかいけどあっち(百式司偵)は大変だな。あの寸法じゃ手足を伸ばすこともできんでしょ」
「聞くところによると、長距離偵察後は自分では機から降りることができなくなるそうだ。筋肉がこわばってしまうらしい」
「大艇乗りでよかったよ。後部銃座からの給油管送出準備ヨシ!」
「中距離無線繋げ。繋いだ?よし寄越せ。トンビ1、こちらカラス1。給油地点だ」
「トンビ1、了解した」
後部銃座の機銃を取り払い空中給油用のプロープを備え付けたカラス1は機内の燃料を百式司偵に供給し始める。何せ二式飛行艇の機内燃料は1万7千リットル、百式司偵の燃料タンクの9倍。800リットル程度供給しても余裕で占守までたどり着くことができる。
程なく給油を終えた百式司偵から連絡が入る
「トンビ1。満腹になった。これより偵察に向かう」
「トンビ1。こちらカラス1。カラス2は占守を出発してる。帰りの燃料は心配するな。燃料切れはない!ご武運を!」
「・・・トンビ1了解した。感謝する。そちらもご武運を!」
トンビ1は軽く翼を振ると増速して北に向かった。彼らはアッツ島の更に東アダック、アトカを強行偵察するのだ。
「なかなか真似はできん。さて、俺たちも頑張るか」
「おい!アレ見ろ!とんでもない規模の飛行場だ!」
当初の偵察目的地の目と鼻の先、アッツ島東方10キロのシェミア島を視界下に納めた二式飛行艇「カラス1」の機内は騒然とする。
大した大きさでないシェミア島は全島が大規模な滑走路を有する航空基地と化していたのだ。
「電文準備!「シェミア島ニ大規模飛行場アリ!」平文で構わん!写真撮ったらさっさと逃げるぞ!」
「飛行場より離陸機体あり!戦闘機です」
「電探!」
「複数上がってきます。結構早い!」
「逃げろ!門松点火準備!とにかく逃げろ!」
そこまで言って機長は日出飛行隊小隊長(陸軍中尉)と飛行隊副隊長(海軍少佐)と交わした不穏な言葉を思い出した。
「あれ(門松)は癖になるから使わない方がいい」
「使わないに越したことはないが、使う際は迷わず使え。そして恐れおののけ」
と。
美幌→能取に変更。美幌って陸上機専用じゃん!




