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2.志賀少佐の驚愕~ひょっとするとひょっとする~

-昭和18年3月上旬 海軍大分練兵場-


 A10の搭乗日。海軍宇佐飛行場の滑走路には日出から海路で運運ばれたA10が鎮座していた。

 わざわざ宇佐まで出張ることになったのは司令部のある別府造船内(間借りしている)には滑走路がないからだ。

 A10は台船で造船所から国東半島を回って柳ヶ浦にまで運ばれてきて運用される。こんなことなら最初から飛行隊をここか、日出の至近の大分練兵場にすればよかったのではないかと思うのだが・・・。

 機体周辺には異形の機体ということもあって宇佐航空隊の連中が野次馬よろしくつめかけている。



 「なんだぁ~?本当に飛ぶのか?」



 などという声も聞こえる。好き勝手を言いやがる。「本当に飛ぶのか」は私が一番聞いてみたい。

 燃料配管、落下増槽の接続の検査をしていた機体整備員(彼らの半分は別府造船の職工だ)が、検査票に何やら書き込むと問題ない旨を私に報告してきた。

 「さぁ乗れ」ということだ。

 なんだかコイツは宜しくない感じがする・・・。躊躇しているといつの間にか坂井中佐が私の横に立っていた。

 


「やはり最初は俺がやろう。試作機の試験飛行で慣れてる」                  


 

 これで私の腹は決まった。周囲は海軍の連中(身内)だらけだ。ここで怯んでいては後々までバカにされる。特に海軍からの嘲笑は絶対に、絶対に避けたい。



「隊長に何かあったら私が陸軍から袋叩きにあいます。ここは「よろしく頼む」で済ませてくれませんか?」

「副長に何かあったら俺だって海軍から袋叩きにあう。同じだよ。背負っている看板がこんなに重かったとはなぁ。普段は何も感じないんだが」

「まったくもって同感です。私は無茶をやって死なれては困るということで一航艦をクビになって空技廠に異動させられてます。空技廠で試作機を大事に大事に乗るのはそれなりに楽しいんですが、たまには無茶をやりたい。ここは譲れません。隊長は「行ってこい」と命令していただければいいんです」

「よくわかった。すまんな。それでは頼む」



 意外と重量感を醸し出す機体(戦艦の改装でかっぱらってきた特殊鋼板を一体形成しているらしい)の操縦席に身を沈めると機体に取り付いていた鶴野大尉がA10の挙動についてアドバイスする。ここまでくると不安もお腹いっぱいといったところだ。何ら驚きがでないことに気づいて我ながらおかしかった。



「志賀少佐。コイツ(A10)の離陸性能は悪いの一言に尽きます。公称離陸距離は350mですけど、滑走路全部を使って離陸するようにしてください。あと、機首上げ時に一定角度を超えると急激に機首が上がります。離陸時には機首じゃなく尻に神経を集中させてください」

「鶴野大尉。よくこんなもの飛ばしたなぁ」

「ええ、主翼だけは自信があるんです。コイツは以前から研究していた機体から設計を流用していますからね。主翼単体でなら性能には問題ないはずです」

「それなりの部品と言う訳か。ここは信用するしかないな」

「ええ、絶対大丈夫です。巧く乗ってやってください」

「発動機始動します」

「後ろ離れ!」



 鶴野大尉が機体から離れると、機体の隅(正確には操縦席後方のエンジン)にアセチレンガスの注入音が響く



「コンターク!」



「ドン!」という爆発音がほぼ同時に2度響き、A10が軽く前に押し出された。

プロペラエンジンとは異なる不均等(星形空冷エンジンも均等爆発とは言えないのだが)な爆発音が続きエンジンが始動した。上手く表現できないが「これじゃない」としか言えない様な感覚だ。

実際飛んだらしいが、まったくこれが飛ぶとは思えない。


「チョーク(車止め)はずせ!」



 機体に取り付けられた有線電話で機付き整備員に連絡する。騒音で叫んだくらいでは意思の疎通ができないのだ。野次馬の海軍の連中も耳を塞ぎ嫌悪感を滲ませている。馬鹿め!ここ(操縦席)はもっと「やかましい」んだ!

 チョークを外されたA10はじりじりと前に出ようとする。フットブレーキで留めるのだが、足応えからくる機体の活きもいささか情けない。


 ブレーキを解除するとA10は「音だけは」勇ましく誘導路から滑走路にノロノロと動き始めた。滑走位置で機体位置をフットバーとスロットルで調整し、スロットルを事前指示の通り「素早く急がずに」開き滑走を開始する。急激なスロットル操作はエンジンの失火に繋がるらしい。まったく困ったエンジン様だ。 

 滑走もプロペラ機とは全く異なる。スロットルの開度と速度がきっちり合わない。プロペラ機の場合、


 開く→すぐさま加速


 なのだがA10は、


 開く→内容を精査→上司承認→加速


 といった、お役所あるいは軍隊の書類仕事の様な感じで反応が異常に遅い。(朱書きされて返ってこないだけましだが)飛行特性報告書によると速度が乗っていない時に起こるものらしい。

 一向に滑走速度が上がらない状況に来島氏が「戦闘機乗りは駄目だ」と言った理由もわかる。気の短い戦闘機乗りなら「(離陸)速度になる前に飯食って昼寝ができる」などと文句を言いそうだ。

 滑走路をノロノロと滑走していたA10だが、200メートル程滑走するといきなり速度が出てくる。加速も乙戦並だ。

 なんだ、やればできるじゃないか!


 「離陸」


 無線に一言告げ、神経を尻に集中しながら慎重に操縦桿を引くと滑走路の外れギリギリの高さに盛大な爆音を残してA10は離陸に成功した。

 「一気に上昇」


 速度が乗ってくるとあれだけ喧しく感じたエンジン音もあまり気にならなくなった。



「飛行試験開始・・・全力飛行可能時間がもう30分を切ってる。・・・おい、これ(飛行可能時間)どうにかならんのか?」



 今回は初回の飛行試験ということで機体と増槽の燃料も満タンではない。恐ろしい勢いで減ってゆく燃料計の針を閉口して眺めながら私はスロットルを開く。

 プロペラ機と比較するとかなりの角度で高度2500mに達したA10を水平飛行に戻し、通常の4倍位の旋回半径で余裕を持って、慎重に旋回を開始する。目下には博多湾。遠くに対馬が目に入った。


「左右旋回確認後、適当なところで最高速を確認する」


こう告げて私はA10の旋回の「ツボ」を探る。たしかに旋回半径はとんでもなく大きいが、その分速度が早い。万一格闘戦になったとしても敵機を振り切ることは容易だろう。相変わらず背中は騒々しいが、速度が乗ってくるとガクガクしていた機体挙動も収まってくる。翼面積もあってかなり意図的に重く調整されている操縦桿のせいかもしれないが、時速500キロ近くになったあたりからの操縦桿からの振動は確実に減っている。



「これはひょっとするとひょっとするな・・・」



 盛大な騒音を撒き散らしながら数度目の旋回を行った頃、野次馬の宇佐航空隊の艦爆、艦攻に加え何事かと緊急発進してきた(恐らく築城航空隊だろう)零戦が近づいて来た。

 よろしい!絶好の比較対象だ。私は機体の近くまで寄ってきた零戦に手信号で「ついてこい」と合図し、スロットルを全開に叩き込んだ(気分だ。実際の操作は慎重かつ緩く行う必要がある)

 別府造船が誇る(らしい)噴式エンジン「PA-1(ぱ-1)」は更に近所迷惑な騒音を玄界灘上空に撒き散らして加速する。零戦は必死に追従しているようだがA10は「あっさりと」零戦を振り切って博多湾上空に侵入していた。

 零戦を後方に置き去りにし、ゆっくりと高度を落としながら着陸のために旋回を開始したA10の操縦席の中で私は自然に湧いてくる笑いを抑えることができなかった。


※鶴野大尉 海軍航空技術廠の技官。「あれ」を開発したすごい人


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