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19.「資源は有限工夫は無限」 ~カイゼンは会社の宝~

 -昭和18年(1943年8月)大分県日出 別府造船大神工廠-


 九州に覇を唱える別府造船グループ。その本拠地大神工廠本館会議室では陸海軍独立日出飛行隊を運用する士官、兵、別府造船の経営陣と技師達、それとなぜだか分からないが紺色の作業着の射出手、軍服に似せた作業服の女子学生数名が集結していた。

 米軍新型爆撃機の九州爆撃が運よくフル装備飛行訓練にかち合ったため、ワンサイドゲームに近い形で大戦果を上げることに成功した陸海軍合同独立日出飛行隊であったが、冷静に考えると結果そうなっただけで課題は山積みだ。

 実戦で明るみに出た諸問題を解決するために開催された「業務改善委員会」に日出飛行隊首脳に加え、俺(夜野陸軍中尉)も相川海軍中尉らとともに出席されられていた。

 議題は先日の初陣の問題点の洗い出しとその解決法の検討にある。我が第二中隊からは戦意の塊のような羽間軍曹が早速声を上げる。



「37ミリは強力だが、弾数が限られております。弾道もションベンです。若干威力は落ちてもいいから発射速度の速い、ションベン垂れしない機銃が欲しい」



 舶来品(信頼の米国製)の37ミリ砲は強力なのだが羽間の言う通り弾垂れが酷い。B-29は思ったよりも大きく見えたらしく、かなり手前で機関砲を斉射してしまったとこぼしていた。

 確かに。二式戦の12ミリの直進性はよかった。重爆撃機に対しては一撃で致命的な効果を上げるのは難しかったが・・・。


「あ~、アレね。海軍に塩対応されたんで意趣返しで37ミリ載せたんよ。本命は海軍が開発中の30ミリなんだけどまだ制式化されてねーのよね。今なら性能評価用にごっそり寄こせといっても断らんだろうし、断れんだろう。よっしゃ!志賀少佐はA10を欲しがってる連中にさりげなく噂を流してくれない?「米軍37ミリ砲の調達ができなくなったんでA10の新規配備が滞ってる。B-29を堕とすには20ミリじゃあ豆鉄砲だ」とね」

「相変わらずえげつない・・・」

「おぅ、何せ俺は商売人だ。「えげつない」は最高の誉め言葉だ」


 

 なんかわからんが、羽間の希望は叶えられそうだ・・・。だがいいのか?こんなことで?軍隊ではありえない事態だ。現場からの声がすぐさま反映される(それもかなりえげつない手段で)のに軽く驚きを感じていると来島社長から声がかかった。


  

「んじゃ、4機撃墜でめでたく撃墜王になった夜野中尉。なんかある?」 



 棘がある言葉なんだが、ニコニコ満面の笑みでそう言われれると怒る気も起きない。とりあえず現状の不満を述べておこう。

 


「滞空時間をあと15分でいいから延ばして欲しい。今のままだといいとこ2撃で燃料切れになる。今後敵爆撃機の数が増えてくるのは確実なので可能な限り滞空して迎撃したい」



 俺の切実な願いを聞いた来島社長の表情が変わる。羽間と・・・相川中尉はじめ坂井中佐、志賀少佐は笑みを浮かべている。なんだよ?そう言うと思ったのか?それともみんなそう考えてたのか?



「いやいや・・・A10格闘戦考えてないから!それに爆撃機が100機単位で飛んで来られたらその時点で終わりじゃん!滞空時間の不足は数で乗り切るしかないよ。ちょうど陸海軍から増産要請来てるしさ・・・宮部ぇ~増産どうよ?」



 来島社長は懐刀と称される別府造船技師長の宮部技師に話を振った。この宮部技師は工程管理の達人で「無理、絶対無理」と言われるような工期での船舶建造を「無理なく」何度も達成してきた生ける伝説のような人らしい。俺が見る限り傍若無人の来島社長が苦手にしているのは経理部長とこの宮部技師長だけだ。

 来島社長からいきなり話を振られた宮部技師長だったが、何ら臆することなくA10の生産体制の現状について述べた。


「A10は基本外部委託生産ですからそんな余裕どこの(航空機)会社にもありません」

「・・・だよな。ウチ(別府造船)にもそんなモン微塵もない。A10自体もキワモノ扱いだかんな。機体に使った「扶桑」「山城」の装甲版も限りがある。「伊勢」「日向」の改装は海軍がやるからこれ以上の装甲板の入手は難しいんよね。まぁ、「後退の余力は2割残すべし」ってのもあるから目一杯やっちゃ駄目だ」

「なんです社長?その2割って数字」



 宮部技師長でも知らないことがあるのか・・・



「どっかの造船王の言葉だ。余力を残せってことだわ。結局その2割が造船王自身にもわからんかったというオチがつくんだけどね。う~ん。増産が間に合わないとなると、機体の改良かなぁ」



 なんだか俺の要望が誤魔化されそうな気がしてきた。要望だけでなく提案も必要だろう。



「滞空時間延長ですが、門松の前に胴体取り付け型の燃料タンク(インテグラルタンク)をつけると言うのはどうでしょうか?」



 俺の提案に来島社長が驚いた様な表情になった。



「夜野中尉。それ、ガソリン満タンのドラム缶抱いて飛んでるのと同じじゃん!あぶねーよ!」

「問題ありません。大抵の戦闘機はドラム缶(落下増槽)抱いてます」

「ええんか!それでええんか!A10は火薬でぶっ飛ぶんだぞ?一発喰らったら粉々じゃん!」

「普通の戦闘機にも火薬(機銃弾)は多少は積んでいます。爆撃機はどうするんですか?それに当たらなければどうということはないでしょう」

「ああっ!俺のセリフを・・・」



「陸軍とは恐ろしいところだ・・・」



 絶句した来島社長に替わり、なぜだか知らないが相川中尉がぼそっとつぶやいた。なんだよ!陸軍だったら普通の事だぞ!

 会議室の空気が変な感じになってくる。ここで慌てて司会進行(別府造船特命係長。名前は立派だが簡単にいうと雑用係だ)が強引に話題を変えてきた。



「川崎が開発中の噴進エンジンの試験提供を打診してきています。たぶんターボジェットというやつですね」

「いいんじゃねーの?できる範囲で協力してやんなよ。当分はモノにならんだろうしさ。それよりもPA-1の性能改善したほうが早いよ」

「なんでモノにならないと判断されるんですか?」

「だって取り扱い説明書監修の依頼が来てないもん」

「・・・アレが社長の基準ですか・・・」


「ジェットは当分モノにならんですよ。冶金が追いついてないですからね」



 別府造船超技研の研究員が面倒くさそうに、それでもかなり辛辣に川崎のエンジンに対する評価を下す。ヨレヨレの白衣を着込んだこの研究員はロケット噴射の高温対策で「ロケット自体を溶かして冷却する」というよく訳のわからない技術を研究しているらしい。

 飛行機乗りの俺が部外の仕事を知っている理由は、見事な筆さばきで全員分の機体にパーソナルマークを描き込む(当然来島社長の発案)際、色々と雑談(という名の愚痴)したので記憶に残っている。

(ちなみに俺の機体には夜野家の家紋「右三つ巴蛇の目」が濃い黄色で描かれている)


「額面そのまんなら凄いエンジンですけどね。ただ今のまんだだと燃料切れより先にエンジンに寿命が来ます。あと単価が恐ろしく高い!純銀で作ったほうが安いかもしれません。恐ろしいまでの性能と引き換えに朝顔並のエンジン寿命と、社長以下の信頼性が付いてきます!」

「値段は論外。寿命はどうでもいいけど信頼性が社長以下だとは・・・そら使いモンにならん」



 速攻で経理部長が反応した。来島社長が基準の信頼性?謎だ。


「でしょ?モノになんのはあと1年位はかかると思います。ウチ(超技研)も冶金の基礎研究やってますから、川崎が頼み込んできたら指導ぐらいはできますけど。それでも今の状態では社長よりちょっと上くらいの信頼性しかありません」

「お前ら!何基準にしてやがります!俺は別府造船の社長だぞ!」



 結局、滞空時間の改善は物理的なモノに頼るのでは費用がかかり過ぎると経理部長に最終的に却下された。数字。特に円とか銭とかいう単位が付いた場合、経理部長は無敵らしい。

 しかしながらエンジンの改良の余地はあるとの見解が超技研から出たため継続協議と言うことになった。何事も結果が明らかになるのはありがたい。

 この後、陸海軍がねじ込んできたA10搭乗員(陸軍飛行4戦隊の「屠竜」搭乗員。海軍251航空隊二式陸上偵察機部隊の搭乗員)の機種転換訓練と慣熟訓練及び装具、居住場所についての連絡が交わされこれに関連して「扶桑」から出向してきた射出要員の出向期間延長と射出要員の増強が決まる。

 陸軍第47飛行戦隊戦隊長の坂川少佐から俺を通して懇願されたA10配備については、

「関東地区での試験運用を別府造船から依頼する」という形で4戦隊、251航空隊よりも若干早く1飛行小隊程度を配置することになるらしい。

「らしい」というのは在庫が尽きつつある米国製機関砲の代替品(海軍試作の30ミリ機関砲)の入手如何ということだ。

 加えて「日出飛行隊以外の機体を管制するのに苦労する」との意見が出されたため迎撃管制本部の規模を拡大する事が決定された。例によって経理部長からの横槍が入ったが「電話代はきっちり払ってもらう。1通話毎に航空隊に課金する。管制員はできるだけ長話をするように」との来島社長の嬉しそうな顔でそれも引っ込んだ。

 つまりだ。射出員、管制員(の女学生)が増えるということになる。



「しかたないよなぁ~何せ人手不足だもん」



 と笑う来島社長にほんの少し殺意が湧いた。






「A10の性能改善はどうします? PA-1は単純この上ない構造ですから、手を付けられる部分は限られてます。開閉弁は費用の問題があるから手を付けられません。手をつけると経理部長案件になります。となると、燃焼室の形状改善とか排気管の設計変更あたりが現実的な改善箇所です。そっち系は設計室の中の連中よりも実機を扱う整備士や機関士の方が適任ででしょう。OTL(超技研)は良くも悪くも唯我独尊ですからねぇ」

「あいつら気に入った事しかやんねぇからなぁ~排気管ねぇ~ん?排気管?よっしゃ!心当たりがある。俺に任せろ」

「社長。伝手があるんですか?」

「うん。排気管と言えば「あの人」しかいない!」


 来島は自信たっぷりに答えた。


PA-1χ(カイ)(Wikipediaの記述)


 PA-1エンジンの排気系改良型

 PA-1の性能向上型として海軍徴用隊の航空機関士によって排気系を最適化され、PA-1の2%強の出力と12%の燃費向上を叩き出すことに成功した。その分特性がピーキーになっており扱うのは難しい。

 排気音も通常のPA-1と異なり高周波の共鳴が発生しており甲高い音が加わっている。

 改良されたPA-1の性能に狂喜した別府造船社長来島義男は、PA-1χと命名。航空機関士の功績を称え、エンジンカウルに赤地に白抜きのカタカナで航空機関士の名字をステンシルさせた。(航空機関士は嫌がったが「ドイツでは設計者の名前を型式番号にしてるんだから負けちゃいけん!」の謎理論でねじ伏せたらしい)

 日出に優先配備されたPA-1χはその後各地に発足したA10部隊搭乗員の垂涎の的となるものの、手作業に近い形での製造となるため配備はごく少数の例外を除き日出飛行隊専用とされた。


「魂を揺さぶる音?揺さぶられたのは俺の脳味噌と鼓膜だけだ」


 後年PA-1χのエンジン音を「勇者の雷鳴」と褒め称える連中に対してPA-1χ搭載のA10を駆り数多くのB-29を撃墜した「日出の金剛力士」「人間山脈」夜野中尉が放った辛辣な一言である。

 この航空機関士は戦後内燃機関のチューニングで世界にその名を知られるようになったのは全く別の話だが、彼が興した会社の部品で最上級チューニングを施したもののステッカーには記号化されたPA-1のシルエットが小さく描かれているというのは有名な話である。



「2割の余力」

 この話は実際に日本の造船王が著書(本人が書いたかどうかは別として本人の監修は入ってると思う)で述べてました。まぁ、様々な要因が重なって2割のマージンも食い潰してしまったみたいですけど。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 来島社長は前世でバイクに乗っていたのでしょうか(震え声)、九州、排気管、どう考えてもアノ人が思い浮かびます。
[良い点] 新春更新ありがとうございます。 トンデモ兵器を運用する裏方のどったんばったんが楽しいです。 秘密基地から颯爽と飛びだしていくスーパーロボットたちの裏にもこんな苦労があるんでしょうか… …
[一言] 女神様と妖精さんの話を期待します プラス 陸海の他所の部隊の怨念とやっかみもw
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