18.無い袖は振れない ~副官はもっとつらいよ~
「無理です。ここ(日出飛行隊)ですら定数満たしてないんです。1個飛行隊なんて。え?1中隊でいい?それでも無理です。え?隊長と直談判するって?直談判してもない袖はですね・・・もしもーし!もしもーし!・・・くそったれが!切りやがった」
B-29迎撃成の数日後、陸海軍合同独立日出飛行隊副長志賀海軍少佐は陸海軍からの電話対応にかかりっきりであった。
「兼務で」
と、大分に発足した陸海軍合同の飛行隊の副長に納まってはや4ヶ月。人員も機材も十分とは言えない中、経験豊富な(豊富どころではない。陸軍の飛行兵は神様扱いしている)飛行隊長と共に「ぶっ飛んでる」部隊運用を軌道に乗せるため、実技よりも座学や地上との連携、経験共有等にかなりの時間を割いて錬成された第二中隊(第一中隊は書類上の名称としてしか存在しない)は自分が所属していた一航艦と比較すると、万能度という点では及ばないものの重爆撃機の迎撃任務に限ってであればいかなる航空部隊をも凌駕する練度に仕上がっていると自負している。
問題はその「重爆撃機様」が一向に来日されないことだったのだが先日、超高空を30機を超える編隊で飛来した米国の新型爆撃機B-29を一撃で粉砕(多分に誇張が含まれる)した日出飛行隊の評価はうなぎ登りになっていた。
これに2月の所謂「菊の粛清」と呼ばれる政変の後、大規模な軍事作戦が敵味方ともなかったため報道ネタが不足していた新聞社が飛びついた。陸海軍の検閲済みなのだが1紙だけ、
「鮮烈 陸海軍合同日出独立航空隊ノ初陣」
などと大盛りに盛って報道した(後に来島社長によるものだと判明)。数日遅れでこの情報を入手した各地の航空隊関係者が物見遊山(近所には温泉地別府がある)がてら「視察」に訪れるため業務が全く進まない。ちなみに、九州の航空隊は何ら行動を起こさなかった。身近にアレを見ているため、面倒一択でしかないことが理解できるのだろう。
加えて、来島社長がかねてから警告していた本土爆撃が現実のものになったと理解し、同時に真っ青になった帝都周辺の航空隊からは、
「空中戦車(笑)を我が部隊にも!」
との声が上がってくる。
最初は陸海軍に要望したらしい。しかし日出飛行隊の存在は「そっちじゃない事情」で「そっちじゃない情報が」秘匿されていた。
特に「空中戦車」などという機体は日出飛行隊所属の私ですら知らないので陸海軍も答えようがない。そのうち宇佐、大分の海軍関係者から「どうやら日出飛行隊の機材は民間(別府造船)で運用されているみたいだ」という噂を聞いた連中が「是非自分の部隊にも配備してほしい」別府造船に懇願するための渡りをつけようとこちら(日出)に連日ねじ込んでくる。
そもそもA10は迎撃専門の単機能機。これを戦闘機に分類したら陸海軍の戦闘機乗りが全力で非難してくるような機体だ。
航続距離は「距離」でなく「時間」で表すほど短い。操縦性も面倒の一言に尽きる。低速では油断するとあっという間に横転失速するような残念な飛行特性を持つ。零戦やら一式戦に乗りなれた搭乗員がA10で低空の戦闘機動を行おうものなら即日二階級特進だろう。
加えて離着陸は困難。加速は悪い。操縦性能は劣悪。急旋回、急上昇、急降下(引き起こせなくなるらしい)など「急」のつく機動は今のところ禁止だ。(私はいつかやってやろうとは思っているのだが、この調子ではいつのことになるやら)
これを欲しがるのはまったく馬鹿げている。「隣の芝生は青い」とはよく言ったものだ。
A10の数少ない取り柄は、陸海軍のいかなる機体をも凌駕する高速性能だけだ。先日、非公式に勝負をかけてきた陸軍の韋駄天、新司偵(100式司偵)ですらA10は余裕で振り切ってしまう。つまり現時点で日米両国に「我ニ追イツク機体ナシ」だ。
この高速性能と「命中すれば(あたれば)」物騒極まりない信頼の米国製37ミリ機関砲と副武装の長射程噴進弾での重武装がA10の取り柄だ。正直これだけしかない。
無理につけ加えるならば、設計者(らしい。本人が言ってるのでそういうことにしよう)の来島社長の言「A10の攻撃に耐えようとするのならば戦車を空に飛ばすしかない」という打たれ強さくらいだ。
機首から操縦席後方まで一体形成された装甲(改装中の軍艦の部材を船舶用のプレスで加工したらしい)を装備し、60ミリのアクリル防弾ガラス風防が採用されている。これは米軍のブローニング12mmに十分耐えられる。となると「空中戦車」と称するのも間違いではないような気もする。あれ?A10って結構いい機体なんじゃないだろうか?
問題はA10の搭乗員が全く足りないことだ。今のところ戦隊長の坂井中佐と私を加えても搭乗員は9名しかいない。この様子だと陸海軍から大量に搭乗員をねじ込んでくるだろう。機を見るに敏な者は航空隊本部ではなく搭乗員経由で機種転換訓練の可能性(A10配備の可能性)を探りに来ている。
これで搭乗員が充足されたとしてもこれは一時的なもので、運用が楽になることはない。なぜなら搭乗員だけでA10は運用できないからだ。
これを何度も説明するのだがなかなか理解してくれず挙句の果てに「ケチ」「出し惜しみするな貴様ッ!」だ。本当に頭が痛くなる。
対外的に(来島社長が)
「単価7万円」
とブチ上げた数字が独り歩きしている事も問題だ。
7万円というのは運用基盤や消耗品を全く考えていない数字だ。燃料はタンクに穴が開いてるんじゃないかなと思うくらいドカ喰いする。エンジンは2回の飛行で交換だ。(それでも「栄」の運用費よりも安いらしい。解せない)
一番費用がかかっているのが両子山の試製(私製?)電探とそれを起点とした通信網だ。
国東半島最高峰に設置された電探は大陸から飛来する航空機を把握することができる。その探知距離は200km近くあり、日出飛行隊の初陣は米軍の新型爆撃機が日本海に出た直後にそれを警報を発することができる。
敵の接近は即座に無線電話で別府造船内の日出飛行隊迎撃管制所にもたらされ、射出管制士官は敵進行速度とその方向から迎撃地点と邂逅時間を計算、それに従ってA10を噴進補助装置を使用して射出する。
これを即時に実行するために司令部要員として戦艦「扶桑」の改装の際に余剰人員となった、砲術要員がそれに充てられている。(私もそれを聞いて驚いた。人員配置でなくそのような横車を平気で通してしまう来島社長の手腕にである)
日出飛行隊の迎撃体制はこれらが有機的に結合して運用されている。これを他部隊が真似ようとしても一朝一夕にはいかないだろう。そもそも「日出限定」の運用体系を広げるだけでとんでもない費用がかかる。
そう説明しても陸海軍は日出に人員(搭乗員)をねじ込んで来る。しかしモノになるには時間がかかる。もしかするとヒヨッコに最初から教育したほうが変な癖がついていない(A10操縦にあたっては従来の常識を捨てることから始める必要がある)ぶん早いかもしれない。
すでに陸軍は飛行4戦隊の「屠竜」の搭乗員を、海軍は251航空隊の二式陸上偵察機部隊の搭乗員をねじ込んで来ている。「極めて高度な政治的判断」がなされたらしいが、来島社長が上手いこと立ち回った結果だろう。
ため息をついて先程の電話の内容をノートに走り書きすると、秘書(飛行隊発足にあたり、事務、雑務を担当する従兵を望んだのだが来島社長に「んな余裕ねーよ」と却下され、別府造船秘書課所属の女性秘書を充てがわれた)が来客を告げた。
「志賀少佐。海軍の源田中佐がお見えです。別府造船の第2応接にお通ししております」
「ああ、わかった。ありがとう」
面倒な人間がやってきた。前の上司であるので無碍に扱うわけにもいかない。私は頭に手をやりながら日出飛行隊司令部(建屋の中の仮設小屋だ)から別府造船本社の応接室に向かった。
ここを訪れる皆がそうであってくれれば嬉しいのだが大抵、頭よりも先に身体が動く軍隊で言う「要領の良い」連中ばかりなので困る。源田中佐に限ってそういう事はなかろうと予想はするものの、あまりにもあんまりな連中の来訪が続いたため少々疑心暗鬼に陥っていた。
応接室に通された源田中佐は嫌みもなく、秘書の出した茶を美味そうに飲み「喉が渇いていたところなのだ。ありがとう」と礼まで述べる。
(茶を従兵でなく女性秘書が運んでくる都度「女性秘書とはいい身分だな」と嫌みを言われるのが恒例になっている。当初は来島社長を恨みもしたが最近は「わははは!羨ましかろう!」と思うようになってきた。人間は環境で変わるのだと改めて感じた)
やはりこの人は違うな。私はなぜだか少し嬉しくなった。
近況報告のあと、爆撃機迎撃の航空管制について質問される。A10そのものではなく運用から質問してくるところが流石だ。
私は迎撃機編隊間の意思疎通と敵機侵攻の情報提供と戦闘空域設定に航空無線が非常に重要であることを力説した。
「1航艦に在籍している頃はあんなもん(航空無線)※使えないと思ってたんですが非常に有効です。特に射出後の敵の動きを共有できると言うのが一番大きい。これだけでも迎撃が空振りになる可能性がなくなります。加えてA10部隊間での意思の統一にも多大な効果があります。身振り手振りだと少なくとも列機を視野に入れなければならんですが無線電話なら数キロ離れていても問題なく意思の疎通ができます。電探のおかげで朝鮮半島近辺まで索敵範囲はひろがってますのでかなり早期に敵機侵攻の情報を得ることができます」
「A10以外の航空機の防空管制も貴様のところ(日出飛行隊)がやったんだろ。あれで九州各地の戦闘機が一斉集結して効率的に撃破に成功したと聞いている。その仕組みも聞いておきたい」
など他の連中とは異なる話題から入り「大いに参考になった」と、源田中佐は違った要望を投げてきた。
「6番くらい(の寸法)で噴進装置を作りたいんだ。軽空母からの艦爆、艦攻の発進に使えないかなと思ってね。あと空戦時の一撃目の増速に使えるかもしれん」
着眼点が違う。真珠湾攻撃の成功はこれによるのだと素直に評価することにしよう。近年艦上機の重量は増加傾向にある。加えて高速性能も要求されるため翼面積も抑えられる傾向にもある。自然発艦速度は早くなるのだが母艦の甲板を延長するのは難しい。現在建造中の空母ならまだしも既存空母をドック入りさせて甲板延長工事を行う時間的余裕は帝国海軍にはない。(金銭的余裕も全然ない。最近、原価とか利益ということを考えるようになった。おそらく別府造船の経理部長のせいだろう)
その点、機体への追加装備であればドック入りの手間はない。良い考えではあるが、源田中佐のアイデアにはいくつか欠陥がある。とりあえずはこれを指摘しなければならん。
「仮に空母でそれ(噴進装置)使ったら、甲板が大火事になります。下手するとコンクリが溶けちゃいますから。付近の燃料とか爆薬に引火したら大変どころの話しじゃない。母艦搭乗員も火薬樽の上でタバコを吸う気概のある人間はそうそうおらんでしょう。甲板を金属もしくは耐熱処理したコンクリートで舗装してなおかつ後方への熱風を遮断する必要があります。そのための改装となるとやはり(空母を)ドックに入れる必要があるんじゃないでしょうか?
今後建造される空母の艤装として義務付けるのであるならば解決する可能性はありますが、この状況で空母をドック入りさせて飛行甲板の改修を行う時間はないでしょう。
離陸じゃなく空戦時の増速とか、離脱時の速度稼ぎとかには使えるとは思いますが、寸法が6番程度であれば噴進装置の燃焼時間は3秒から5秒程度ですので空戦の最初期に奇襲用に使用するしかありませんね」
「そうなると25番の寸法になるなぁ」
「重量は25番程ではありませんが、被弾すると盛大に燃えます。というか爆発です。火薬ですから。空気抵抗もあるので速度が遅くなりますから(噴進装置を)装備せずにさっさと逃げたほうが早い」
「なんだよ、結構否定的だな貴様」
「いくつか解決策はあります。例えば新型艦爆とか艦攻の胴体後部に最初から噴進装置を突っ込む穴を作っておく。噴射方向は甲板を上手く外す設計で。空力を考慮するだけなのでそんなに難しくはないでしょう。追浜で試験中の局戦なんかは戦闘時の増速に装備できそうですね。アレは胴体が太いですから・・・」
ロケット補助推進器(仮称)の話で盛り上がった後、源田中佐は(やはり)A10の配備を持ち掛けてきた。「迎撃以外の使い道がないか検討したい」とのことだが、頭痛の種がまた増えたのは間違いなかった。
※九四式飛三号無線機(改)
日出飛行隊が使用する無線機。
新型真空管の採用で、周波数を従来の20倍高い100MCに向上させたもの
(アンテナ長75cm。ヘリカルアンテナにして50cmにまで短縮)
MICROWAVE ASSOCIATE JAN7521マグネトロンに類似したものを東芝が製造した
地上、編隊間の通信に使用される




