17.無い袖は振れない ~小隊長はつらいよ~
「おお、これが噂に聞く空中戦車か!・・・意外と小さいな?戦車というからごっつい機体を想像してたんだが・・・」
B-29迎撃の翌日。関東からわざわざ増槽を満載した二式戦闘機で飛来した(二式戦は芦屋に置いてきたらしい)陸軍第47飛行戦隊戦隊長の坂川少佐はA10を目の前にして大いにはしゃいだ。
二式戦で来たのは正解だ。鉄道の移動なんぞ考えたくもない。
「戦車なんて大したモノじゃないですよ。自分に言わせれば有人砲弾、または空飛ぶ棺桶です。それ(棺桶)も自分には小さ過ぎます」
A10の真の実力を知る俺に言わせれば全然大したものではない。極めて運用環境が限定される扱いが難しい機体といったところだ。
「わははは!貴様のその身体(図体)では大抵の軍用機の操縦席は狭く思えるだろう。で、どうだ?実際のところ?」
「思いっきり自分の主観になりますが対爆撃機という点では最良の機体です。護衛の戦闘機なしの場合爆撃機なんぞただの的です。問題はアシの短さですがそれも孟宗・・・噴進補助装置と的確な誘導があれば十分補えます。
問題は運用です。出撃機会は1度、攻撃機会も良くて3回くらいしかないので空振りしないようにしなければなりません。A10の運用は地上要員の仕事の方が重要になります。敵機の予想進路を的確に割り出してそこに我々を射出する射撃手の技量が必要なんです。進路予想は電探の熟練者(女学生)、A10射出員は戦艦「扶桑」から転属してきた砲術士官と主砲、副砲砲手(と女学生)です。これと同じことを陸軍でやろうとすると人員の手当が大変でしょう。まず海軍サンに協力を依頼しないとなりませんし・・・」
「おい!射出って何だ?」
「ああ、言ってませんでしたっけ?1万(m)まで5分で上るためにコイツ(A10)にロケットを大量にくっつけて発射台から打ち出すんです。戦艦から水上機を打ち出すアレの大きいやつと考えてください。発射台はおおよそ60mですが打ち出されるのは一瞬。そこから5分我慢すれば1万(m)です」
「・・・なぁ、貴様神経・・・麻痺してないか?」
「ぶっつけ本番の迎撃戦でしたが日頃から訓練してるので慣れちゃったんですよ。普通の機体じゃあの性能は絶対に出せない・・・なんせ1万(m)まで5分ですからね・・・ふふふふ・・・」
正直に「慣れた」と言ったつもりだったのだが坂川少佐は何だか怯えたような表情になった。が、すぐさま俺の話した運用について理解したようだ。
「あ~、つまり機体だけでは駄目ということだな」
「ええ、北九州限定ですがそっち方面の爆撃阻止は国東半島で一番高い両子山に電探を置いてそこからの情報を大神で把握してます。これをいかに的確に伝達するかでA10の戦果が決まります。これを本州でやろうとすると筑波とか浅間山とか・・・富士山あたりに電探設置する必要があるんじゃないでしょうか」
「それはおおごとだ・・・だが機体だけでも帝都防空の最後の切り札として少数でもいいから確保しておきたいんだが何かいい方法はないか?万一皇居に爆弾が落とされたら陸軍大臣は腹を切らにゃならん。
ウチ(第一七飛行団)の二式戦は強力な機体だが、1万(m)で迎撃する事なんぞ考慮されていない。そもそもそこまで上るのに15分はかかる。15分あれば敵は爆弾ばら撒いて余裕で逃走できる」
「う~ん。A10には複座型はありませんからこっち(日出)で実戦がてら慣れてもらうしかないですね。日出飛行隊は搭乗員が不足してますので乙戦搭乗員を期限を切って数名寄越してもらえば飛べるようには教練できます。対価は「お礼奉公」といったところになるでしょうけど。A10はまともな人間の乗る機体じゃないですよ?覚悟が必要です」
「貴様、自分がまともじゃないと言ってるようなもんだぞ?」
「最近そう思うようになってきたんですよ。こいつ(A10)ははっきり言って危険です。搭乗員の鼓膜と精神を蝕むアヘンの様な機体じゃないかなと思うんです。でも止められない・・・なんでなんだろ・・・ふふふふふ・・・」
坂川少佐は、このあと坂井中佐と志賀少佐に面会し、更に来島社長との面会までこなして大神工厰を後にした。帰り際に、志賀少佐に
「ヤツ(俺のこと)が危ない領域に入らないよう注意してやってくれ」
と懇願していったらしい。解せん。




