16.玄界灘の戦い~捨てればゴミ。拾えば(別府造船の)「資産」~
-昭和18年8月 大分合同新聞の記事-
鮮烈陸海軍合同日出独立航空隊ノ初陣 隊長坂井中佐殿大イニ語ル
「日出飛行隊ハ帝国陸海軍ノ秘匿飛行部隊デ本土防衛ノ切り札ノ一ツダ。軍機デアッタノデ九州デ訓練シテイタ。帝国ノ防空ヲ担ウ絶対戦力ダヨ。期待シテクレタマヘ ハハハ(笑)」
空中戦車トハ
強力無比ナル大砲ヲ搭載シタ高速デ機動スル空ノ戦車也。此ニ対抗スルハ戦車ヲ空中ニ飛バス要アリ
空中戦車ハ音速※デノ飛行ガ可能ト思ワル(詳細ハ軍機也)
※時速1000キロヲ超エル速度也
日出同区立航空隊を統括する坂井陸軍中佐と志賀海軍少佐は、隊長室の応接セットに広げられたB-29襲撃を報じる新聞各紙の中で異彩を放つ大分合同新聞の記事を前に何度目かになるため息をついた。
「よくもまぁこう大嘘を・・・」
「志賀少佐。俺は誓ってこのような事は言ってないからな!」
「ええ、来島社長でしょう。全国紙はきっちり検閲が入ってますから。ここ(大分県)は鼻薬を嗅がせたのでしょう。しかし大分の検閲ってザルなんですかね?」
「別府造船の宣伝なんだろう。どっちにせよ迎撃が成功したんでこれからが大変だ。多摩(陸軍航空審査部)には関東一円の陸軍航空隊からの面会が殺到している。「いつ戻ってくる?」「戻ってこい」との矢の催促だ。正直戻りたくない」
「追浜も同じようなものです。呉は・・・ここ(日出)に近いんでこっちまで来るそうです」
「邪魔者扱いも辛かったが、こう引く手あまたになるのも困ったもんだな。ヤツら迎撃機しか見てない。A10の運用を説明するのに苦労する。機体だけだと大したことはないが、電探を含めた防空体制を全国規模で構築するとなるとカネがいくらあっても足りん。にも関わらず・・・我が陸軍は「精神力」という不可解なもので飛行機が飛ばせると考えている連中が多い」
「海軍も似たようなものです。せめて精神力は一番最後までとっておいて欲しい」
「これからは訓練に時間が割けなくなる。夜野と相川にはかわいそうだが我々の職務の一部委任も考えておかんと(日出飛行隊が)回らなくなる。委任業務を検討してくれ」
「了解です。別府(造船)から借りている事務員が優秀なので何とか(業務は)回るでしょう。陸海軍の横槍が飛行部隊に波及しないよう対策します」
「ああ・・・大変な事になった・・・でだ。このチハに主翼をつけたようなモノは何だ?空飛んでるけど?」
「さぁ・・・もしかすると秘匿兵器「空中戦車A10」なのかも知れませんね」
「欺瞞としても大概だな。こんなモン信じるヤツがいるとは到底思えないんだが・・・」※
-東京 大本営-
「来島社長の予言が・・・」
失敗には終わったものの米軍爆撃機の本土襲来は「元寇以来の一大事」と軍部に受け止められる。
もちろん、最悪の事態を想定はしていた。米軍が戦力化しているあらゆる航空機の情報を集めその作戦範囲外に本土を置く「絶対防空圏」を設定。これを「死守」していたのだが、重慶という想定外の場所からの爆撃行によりその努力も無に帰した。
「本土から半径2000キロ圏内の制空権さえ獲得していれば大丈夫」
と考えていた陸海軍の航空関係者は改めて地図上にコンパスで円を描き恐怖する。
B-29の攻撃半径を考慮した場合、本土への爆撃を阻止するには積極的な戦線拡大とそれに伴う大量の兵、物資が必要になるからだ。中国大陸では少なくとも西都、重慶あたりまでを日本軍の支配下に置く必要があった。それは中国全土の制圧を意味する。それができないので苦労しているのだ。幸い「海側」はフィリピン、ニューギニア方面が日本軍の勢力下にある。(ニューギニアを勢力下に置きポートモレスビーを奪取したのは奇跡に分類される戦果だ)
幸いなことに発進基地とみられた重慶、成都への補給路「援蒋ルート」はニューギニアと珊瑚海の制海権を手中に収めたことでかなり細くなっている。加えてオーストラリアが継戦に消極的であるためこの補給線の早晩の回復は難しい。
そして、日本本土の主要都市からの同心円上にオホーツク、カムチャッカが含まれたことで従来戦略的要衝とは見なされていなかった「北方」が一瞬で戦略的要所に格上げされた。アメリカ本土から日本を攻撃する場合、補給線が面倒くさいことになっている裏口(大西洋)よりも玄関(太平洋)からの方が手っ取り早い。
そしてこの両拠点への兵力配置は南方ほど多くはない。
「アリューシャン方面の守りは大丈夫なのか?」
「ダッチハーバーに新型爆撃機が配備されていなのか?配備される可能性は?至急確認しろ!」
「慌てるな。ダッチハーバーから本土は遠い。仮に配備されたとしても直接の脅威にはならん。警戒すべきはダッチハーバーを起点とした島沿いの侵攻だ。あそこに飛行場を作られると本土全体が攻撃半径に納まってしまう」
「中国大陸からの爆撃にはどう対応する」
「少なくとも西都と重慶の航空機の動向を即座に本土に連絡する手段を早急に構築する必要がある」
「危険だが偵察を増やすか」
「いや、爆撃機の出撃を速やかに本土に通報するだけでよかろう。口惜しいが日出航空隊なら対応できる。中国本土からの侵攻は奴らに任せるしかない。最大限の便宜をはかってやれ。来島はへそ曲がりだ。機嫌を損ねるな」
-対馬海峡上空-
「ライギョ1からライギョ各位。宝探しを開始する。お宝は深い場所に沈んでいるかもしれん。位置確定のブイ、染料投下は正確に行え」
「ライギョ2了解」
「ライギョ4了解」
「ライギョ3意見具申」
「ライギョ3許可する」
「この間まで珊瑚海で沈没船探索やってたんですけど、なんで日本海で墜落機捜索なんですか?」
「ライギョ3。米軍の新型爆撃機だ。技術検証するために何が何でも欲しいそうだ。ここは珊瑚海よりも更に安全だけど気を抜かずにやれ。お気楽な商売はこれが最後だと思う。大西洋からわんさか潜水艦がやってきそうだからな」
商船護衛を終え内地に帰還した海上護衛総隊旗艦、航空戦艦「扶桑」航空隊のキ-48改は玄界灘の海面を舐めるように飛行していた。
今回の「獲物」は爆撃機。撃墜された米軍の新型爆撃機の墜落地点の特定が任務だ。輸送船団の出港をわざわざ2日延期しての特別任務で、特別手当と特別食が約束されているため嫌とは言えないが、なかなかに神経を使う仕事だ。
何せここ(玄界灘から対馬の南海域近辺)は漁師の縄張りだ。低空をブンブン飛び回ると自分達の食事にも影響するかもしれない。
「艀って外洋航行するもんでしたっけ?やたらと多いんですけど」
「普通はやんないんじゃないのか?俺たちが宝物見つけるのを待ってるのさ」
※それでも信じる方は多いのです。




