15.米軍の苦悩~泣き面に蜂とでもいうべきか~
「日本本土爆撃は失敗。出撃機は全機未帰還。ルメイ少佐は戦死とみられる」
爆撃隊司令部からの電文を読んだアーノルド中将は震えながらよろよろと立ち上がり、
「馬鹿な!馬鹿な!」
と小さく叫んだ次の瞬間、胸を抑えて机上に突っ伏した。以前より不調を訴えていた心臓の「爆弾」がこの報告で爆発したのだ。
勤務中の執務室内でのできごとであったためすぐさま救命措置が取られ、幸い命を失うまでには至らなかったがこれ以上の軍務には耐えられないだろうという診断結果がなされた。
今までは体調不良による軍籍離脱を「毎月大統領に健康状態を報告する」という条件付きで回避していたのだが、この状況では軍務に就き続けることは不可能だ。
戦闘意欲抜群の指揮官、加えて都市爆撃の強力な推進者であるアーノルド中将のリタイヤ、更に歴戦の爆撃機乗り300名以上の喪失(戦死、捕虜)で日本本土爆撃計画は初手で機能停止に陥った。
少なくとも機体と兵員が補充され新たな司令官、指揮官が任命されるまでは日本本土爆撃は中止せざるを得ない。
加えて、開戦時から幾度となく提案されては却下されていた航空母艦から陸上爆撃機を発進させて東京を直接叩くという計画も「日本軍の防空体制が判明するまで中止」となる。
重防御かつ優速の最新鋭爆撃機を一気に32機喪失するという事件の後だ。B-25では荷が重い。加えて東京の守りは九州よりも遥かに堅いと予想される。(全くの間違いである)
都市爆撃を主張する二枚看板の退場で、日本本土爆撃計画は開店休業の状態に追い込まれた。
機体だけはシアトルで次々と生産され続けているが、機体に付随する機材、資材をアメリカから地球を半周した中国大陸にまで送り込むという兵站の問題が上がってくる。ニューギニア及び南太平洋の制海権はほぼ日本にあり、アメリカ西海岸からオーストラリアを経由して、ビルマに至る補給線はその機能を失っている。
無論、代替輸送路として「戦争の終わった」大西洋を経由する輸送ルートが設定されているのだがシアトルはアメリカ西海岸だ。爆撃機関連機材を船便で輸送するにはパナマ運河を通り地中海からスエズ運河を経由してインド洋に出る必要がある。無論、「小物」はシアトルから陸路で東海岸まで輸送できるが、この「遠回り」は効率が悪い。
初撃で32機しか出撃できなかった(機体は50機あったのだが稼働率が低かった)のはひとえに補給の問題だ。
この状況下を知ってか知らずか、日本軍は更にえげつない手を打ってきた。
爆撃失敗から数日後、トーキョーローズの戦略放送に撃墜されて捕虜になったB-29の乗員を「出演」させたのだ。
放送の形式は男性のアナウンサーと女性の軽口に乗員が(嫌々ながら)付き合うという形式だったのだが、
大西洋方面で十分国に尽くした勇敢な兵士がなぜか極東の島国で捕虜となっている。
敵本土の非戦闘員を目標とした爆撃を米軍は計画していた。
という事実が明るみになる。無論、謀略放送のリスナーはそう多くない。せいぜい軍関係者と情報部、あとは政権奪回を目指す政党関係者くらいだが、それで十分だ。
「俺たちを墜としたアレは何だ?」
という捕虜の質問に対し、男性アナウンサーは、
「That’s Flying Battle Tank!」(空中戦車さ!)
と答え米軍をさらなる混乱に陥れることに成功した。(どうやら翼のある戦車をイメージしたらしい)これから後、「重防御程度の爆撃機では日本本土の爆撃は不可能」という意識が定着する。
この謀略放送。あらかじめダラダラと録音していた米兵との雑談レベルのものをつなぎ合わせて1つの放送に編集しなおしたもので、本放送後にオーストラリアで「陛下へ誓約書を提出し」解放されてオーストラリア軍の監視下でバカンスを楽しんでいた件の捕虜は「俺はそんな事言ってねーよ!」とブチきれたらしい。
いずれにせよ、米国の野望は初撃で頓挫した。そして本土爆撃の一時的な中止は、ルーズベルト落選の材料として、また日本軍の防空体制を強化する貴重な時間に転換されることになるが、その時間は日本軍にとってまだ十分な時間ではなかった。




