12.米軍の苦悩~無い袖は引き寄せる!これが米軍流~
-昭和18年6月下旬 中国大陸 重慶-
米軍主計官は整備班からの報告を渋面で聞くしかなかった。中国奥地。というか僻地であるここ(重慶)は日本軍の攻撃限界点に近い。そのため中国軍(と言っていいかも問題だ。盗賊のなり損ないと食い詰め農民の集団といった方がしっくりくる)もここに拠点を構えているが何せ田舎だ。
その僻地に大挙飛来した「新型重爆撃機」の扱いに重慶の主計士官は頭を悩ましていた。
「稼働機が20だと?」
「本土西海岸から東海岸、大西洋、地中海、インド洋経由の地球半周するフェリーです。よくここまで残ったと褒めるべきです。出発時には100機あったらしいB-29なんですがここ(重慶)に到着するまでに半数以上が脱落してます。この20機ですら少々危ない。現在は稼働機を交代で訓練に使ってます」
重厚な補給線が構築されていたヨーロッパ戦線と異なり、太平洋方面の補給線は甚だ心細い。太平洋からの補給路、西海岸からサモアを経由しオーストラリアからインド洋に至る援蒋ルートは既に機能していない。
日本軍の電撃的な攻勢と、エンペラーと1兵士との誓約という悪辣な手段で米軍のオセアニア地域での軍事活動は事実上停止している。同盟国であるはずのオーストラリアは休戦に向けて水面下で工作中という噂も流れてきている。
無論、補給線が1本ということはない。アメリカ大陸東海岸から喜望峰を経由する輸送ルートが代替ルートとしてきっちり稼働している。ヨーロッパでの戦争終結でスエズを経由した補給線がすぐにでも構築されそうなものだが地中海近辺は紀元前からドンパチの絶えない場所だ。補給線構築には今しばらくかかるだろう。そもそもこの時期にここまでB-29をもって来ることができたのは奇跡に近い。
「何とかならんのか」
何ともならないので報告に来たのは明らかだ。報告を聞く側も理解はしているのだろうが聞かざるを得ない。
「交換部品は底をついてます。小さなものは空輸で何とかなりそうですが距離が距離ですし、ジャップの勢力圏内を通過しなければなりません。大物に至ってはは船便一択なので週単位での補給は不可能です。ここ(重慶)には港がありません。また陸路での輸送中は敵に攻撃されたり・・・中国人に強奪される可能性があります」
「シット!奴らは味方じゃないのか?」
「攻撃してこないだけと認識を改めるべきです。ここにも何度か武装したコソ泥が侵入していますから」
ここにも日本軍のゲリラ攻撃かと思われた武装勢力の攻撃が数度あったが、撃退後「(重武装した)単なる夜盗」と判明し、「ここは開拓時代の西部なのか?」と思った事を思い出す。
「燃料やオイルも危ない状況です。あれ(B-29)は資源を馬鹿喰いします。燃料は戦闘機10機分。オイルは8機分も喰らいます。あれのおかげで戦闘機のエンジンオイルはあれ(B-29)の廃油を濾過して使用している始末です。このままいくと戦闘機に飛行制限をかける必要が出てきます。戦闘する前に墜ちるのは駄目でしょうから」
「頭が痛くなってきた。で、我らが新型爆撃の指揮官殿には状況を?」
「報告していません。あちらも分かっているようですが、分かったことにするとアクションを起こさざるを得ないと考えている様です」
「・・・何が何でも数を揃えろということか・・・。揃わなければ軍法会議か・・・」
軍法会議をちらつかせて、爆撃機の稼働率を底上げしたという辣腕指揮官の顔が脳裏に浮かぶ。正に「戦争大好き全開中年」的などこか狂気を含んだあの目を思いだし主計士官は身震いする。
「でも悪い話だけではありません。途中に置いてきた機体は修理され次第こちらに飛んでくるそうです」
「少しはいい話だ。先に言って欲しかった。今は大嘘だとしても縋るしかないな。よし、そいつの爆弾倉に交換部品やらオイルやら、突っ込めるだけ突っ込んで持って来てもらおう。最優先で必要な部品をリストアップしてくれ。俺は上を脅す!地の果てで真面目に仕事してるのに軍法会議だのなんだので脅されるのは御免被る!」
「どうされるんですか?」
「「飛べる機体(B-29)はあと1週間で0になる。大統領閣下の心労が増えるぞ!」とでも言っておくよ。効き目はないだろうが言うだけなら罰は当たらん。共食い整備は禁止だ。飛べない機体は燃料も喰わないしオイルも汚さない。今「飛べる機体」作ってちゃ駄目だ。指揮官殿に聞きでもされたら確実に軍法会議ものだが、補給が正常化されるまでアイツ(B-29)を実戦に出せないようにするんだ。爆撃ってのは数を頼みに一気に押し切るのが基本だと聞いてる。半端な数だと返り討ちになる。まぁ、上は動かないだろうな。俺も軍法会議だ。覚悟しとけよ」
-昭和18年7月上旬 中国大陸 重慶-
「B-17って輸送機だっけ?」
「自分の知識が正しければ確か爆撃機です」
「あの機体の下の穴は爆弾倉だよな」
「そう教わっています」
「どう見ても物資が降ろされてているようにしか見えないんだが」
「はぁ、自分にもそのように見えます」
重慶に次々に降り立ったB-17からは大量の部品が次々と運び出されていた。確かにB-17の高高度性能があれば日本軍勢力下を通過せずに「世界の屋根」ヒマラヤ山脈を飛び越えてここ(重慶)に補給をすることは可能だろう。幸いと言っては何だがB-17のクルーは現在失職中だ。しかしこんな無茶を一体誰が実行させたのだろうか?
「奴らヒマラヤの上を飛んできたのか」
「可能性は高いですね」
「無茶させるヤツがいるんだな」
「一体誰がそうさせたんでしょうかねぇ」
「怖いねぇ」
「これでここ(重慶)のB-29の定数が50機になりましたね」
「え?動かせるの?」
「部品・・・来ちゃいましたからね」
「見てみろよ・・・指揮官殿上機嫌だぜ」
「整備はしばらく寝る間もなさそうですねぇ」
かくしてB-29は一応であるが50機という機体を揃えることに成功した。
あとは出撃するだけだ。
「見てろジャップ!こいつ(B-29)で決着をつけてやる!」




