11.5.55メガサイクルの妖精~日出迎撃管制員の一日~
午前7時。大神工廠の大食堂で朝食を済ませた私達は2班に分かれる。「山班・海班」「天界・下界」と呼ばれる2つの勤務場所だ。
今日の私達は「山班」。陸軍の軍服に似ている女性用「作業服」の乱れを正して仲間と一緒に工廠入り口の車止めに向かう。開襟背広の下の白Yシャツに濃緋色のネクタイ、膝下のスカート。濃緋色の帆布製の靴と浅黄色の帆布製の肩掛け鞄。これが私達の「作業服」だ。(「制服じゃなく作業服なのよ!作業服!」と念を押されていたのでこれで通すことにしている。よくわからないけど複雑な事情があるらしい)
国家総動員で私達学生も何らかの「奉仕作業」に従事しなければならないようになった中、
「三食手当付き。ただし親元を離れての勤労奉仕に三学年の女子生徒を若干名募集」
という言葉に飛びついた私の判断は間違っていなかった。
私と同じ考えの生徒は多かったらしい。殺到した申込者を学力試験、会話試験(よくわからない試験だった)を経てめでたく選抜された私達が向かったのは九州に覇を唱える大財閥、別府造船の本拠地大神工廠だった。
最初に貸与されたのがこの「作業服」だ。なんでも陸軍被服廠から軍服用の生地を取り寄せ、岸和田の洋装店※で仕立てたという特別製の作業服の着心地は最高で、なおかつお洒落だ。可愛いという感じではないがこれを身につけると凜々しさが二割増しになるような気がする。
程なく同じ作業服を身につけた「主任」さんと、こっちはくたびれた感じのある白の作業服を着た技師の皆さんが集まって来る。今日は機材の点検と改良品の動作試験があるらしい。
点呼後トラックの荷台に乗って大神から両子山まで片道1時間。帰りを含めると往復2時間の道のりだ。
両子山山頂近くに私達「山班」の勤務場所がある。勤務内容は軍機となっているので口外はできない・・・ことになっている。(大神工廠の社長さんは「軍機?ありゃ積極的に広めてヨシ!という意味だぞ?」などと言っていたが本当だろうか?)
施設入り口で警備員さん(日によって陸軍だったり海軍だったり、憲兵だったり警官だったりする)に敬礼してバラック建ての施設に入る。施設の中では夜勤明けの男性管制員が眠そうに計器を見つめていた。
私達は整列し当直の管制主任(この方も陸軍だったり海軍だったりする。昼間は軍属の「主任さん」だ)に勤務の交代を申し出て了承される。ここらへんが軍隊みたいで緊張する。
了承後、私は大型の円形スコープ前の席に向かった。
「おはようございます。交代いたします」
「ああ、おはよう・・・今のところなんもない。ぼつぼつ各地の航空隊が訓練を始める頃だな」
「了解しました」
私達の仕事は電波探知機に表示される飛行機の動きを大神の「迎撃管制室」に伝え、また敵の動きを迎撃に向かう戦闘機に伝えるというものだ。「山班」配置時には私は電探員を、「海班」配置時には迎撃管制室の大地図に飛行機の模型を通信に従って配置する仕事をしている。
目の前の40センチほどの円形のスコープには両子山を中心とした北は朝鮮半島、東は岡山上空までの空の様子が映し出されている。西と南はここ(両子山)よりも高い山があるので1000メートル以上の高さを飛行していないと捉えることが難しい。それでもスコープの隅に結構離れた位置からの輝点を認めることができる。
鹿児島方面は・・・桜島の噴煙らしい反応で霞がかかったような表示になることが多い。熊本方面、宮崎方面も似たようなものだ。
この電波探知機。理屈はよくわからないのだがラジオに使用される電波のものすごいものを発射して、それが飛行機に跳ね返ったものをスコープに表示するそうだ。目では全くわからない遠くの飛行機が目の前のスコープに表示されるのはすごいことだと思う。またこの電波探知機は別府造船特製で距離と位置が一目でわかるようになっているらしい。
しかし表示されるのは飛行機だけではない。鳥の群れなんか表示されるので当初は「敵の飛行機!」と大慌てしたことも覚えている。
「これを見分けるのが君たちの技能になる。とにかく見続けることだ」
と海軍の電探員の方から言われたのを覚えている。
席を交代しスコープを眺める。小さい反応(反射)がいくつか拾われているが速度から考えて鳥だろう。スコープはかなり大きいので全体を眺め、なおかつ細かな変化に気がつかなければならない。ここらへんが結構難しい。しばらくスコープを眺めていると宇佐から飛び立ったらしい飛行機が表示された。輝点の様子から艦上攻撃機だろう。艦上爆撃機はもう少し輝きが小さいし、輸送機とか大型爆撃機はもう少し輝きが大きい。戦闘機の場合はもう少し速度が速いのでよくわかる。
私は反応を主任さんと「海班」に伝える。
「宇佐から北方に飛行する機体あり。速度300方位0!真北です!友軍機です」
「了解。訓練。高度測定!」
「高度測定開始・・・該当高度800!」
方位と距離は私の担当だが、高度測定は別の担当が行う。こちらで方向を指示してからの測定になるはずなのだが、かなり反応が早かった。日出の迎撃管制本部では地図上に模型の飛行機が配置されている頃だろう。
「ずいぶん手際がよくなってきたましたね」
「真北でしたし、(宇佐は)近所ですから楽です。」
主任が測高手に声をかける。測高手(私と同じ勤労奉仕の女子学生だ)は嬉しそうに答えた。
「本日は日出飛行隊の飛行訓練があります。戦闘機は速いですからそれに慣れないといけませんね」
「日出飛行隊が訓練してると競争しようとする飛行機が出てくるんです。いつも日出飛行隊が勝っちゃいますけど」
「日出飛行隊の機体はそんなに速いのですか?」
「スコープ上ですが他の飛行機と全然違います。輝点が小さいので鳥を誤認したかと思ったんですけど500キロ位で飛んでいますから・・・。この間は大型の機体をあっという間に追い抜いてゆきました。600キロは出ていたと思います」
「今日の訓練は緊急迎撃訓練だそうです。高度測定が大変になるかもしれませんね。貴女達も頑張ってください」
「緊急迎撃・・・あのぉ~。実際に本土まで敵が攻め込んでくる事ってあるんでしょうか?」
「陸軍と海軍が共同でこのような場所にこのような設備を建設するのですから、それなりの根拠はあるんでしょう。「転ばぬ先の杖」、「備えあれば憂いなし」とも言いますからね。私達はそれに対応できるよう練度を上げる必要があります。練度が上がれば師範学校卒業後の仕事場がここになるかもしれませんよ?」
「大神工廠はご飯は美味しいし、寮もきれいだし!なんかやる気が出てきました!」
「それでは本日も実戦の気持ちで頑張りましょう」
「「ハイ!」」
気持ちも新たにスコープを眺めていると航空無線機に雑音混じりで音声が飛び込んできた。先ほどの宇佐から離陸した機体だろう。
「両子山。こちら宇佐航空隊。本日は博多沖の日本海で洋上飛行訓練を行う。何かあったら頼む」
陸海軍用の無線電話機から宇佐航空隊が訓練の内容を連絡してきた。
本来は連絡する義務なんか微塵もないのだが、日出迎撃管制室の試験運用時に日本海に不時着した海軍機の位置を連絡して以来、宇佐の飛行教官が「保険に」と訓練空域を無線電話で連絡してくれる様になっている。これは陸軍も同じで、いつの間にか両子山呼び出し無線電話周波数が5.55メガサイクルに設定されている。
「両子山管制了解。がんばってください」
「聞いたか?ヒヨッコども!気合い入れろよ!貴様らの動きは全部両子山が視てるからな!」
その後、各地から飛び立つ、あるいは向かってくる機体を確認して概算速度の測定と高度の測定をこなしていった。調子が上がってきた頃、日出から連絡が入る。
日出飛行隊は実験部隊という意味合いもあり、使用機材が陸海軍と異なるものが多い。無線電話機も陸海軍の航空無線機と異なる周波数(超短波というらしい)を使っているので日出航空隊とのやりとりは陸海軍には通じないそうだ。その超短波無線電話は陸海軍の航空無線とは違ってものすごく明瞭だ。
「両子山。こちら夜野1番。3分後に射出、機数は3だ。宇佐上空を経由し下関上空から日本海に抜けるいつものコースだ。高度は下関上空で2000。宇佐上空で1000を予定」
「進路上に宇佐航空隊の爆撃機がいます。高度は高くありませんから衝突の危険性はありません。進路上も特に問題ありません」
「夜野1番了解。一応、宇佐に一声かけといてくれ」
日出飛行隊の夜野中尉さん(航空隊の詰め所近くで腕立て伏せをしているのを見たことがある。仁王様の様な大男だった)から宇佐への連絡を頼まれる。
主任さんを振り返ると頷かれた。私は陸海軍用の無線機の送話器に向かう。周波数は5.55メガサイクルだ。
「宇佐航空隊。こちら両子山管制。そちらの飛行予定進路の上空200メートルを日出飛行隊が航過します。上空に注意願います」
「こちら宇佐航空隊。航過時刻を知らせてくれ」
「3分後に日出を発進の予定」
「了解」
こんな感じで私達は日出飛行隊の迎撃訓練(非道い話だけど、周辺空域を飛行する陸海軍の飛行機を敵機に見立てて気付かれないように高速接近するらしい。私は何度か無線越しに陸海軍の搭乗員からお小言を言われたことがある)の管制と、陸海軍の飛行機からの「迷子」の問い合わせ対応を行っている。
結構な数の飛行機が行き来するので管制は大変だけどそれなりにやりがいはある。
夕方5時。夜勤(今日は陸軍の方だ)と交代し、山を下る。電気技師の皆様は徹夜で機械点検と改良品の試験をする。こんな事が何回もある。
「しかたないね・・・ヒコーキ飛ばない夜じゃないとね・・・ははは・・・」
と寂しそうに笑った電気技師の皆さんの顔を見てなんだかいたたまれない気持ちになったのは内緒だ。
大神の管制本部で報告、引き継ぎを終え別府造船の寮に帰り着いた。
今日も一日が終わった。明日は「海班」だけど頑張ろう。その前にご飯とお風呂だ!
-宇佐航空隊- 飛行教官達の雑談
「両子山の「彼女」の名前、何とか聞き出せないか?」
「不時着事故の礼に飛行隊長が大神まで行っただろ?そん時に会わなかったのか?」
「日出飛行隊迎撃管制本部は「軍機以上」の軍機だ。本部前は陸サンが武装して警備してたってよ。面会も造船所の応接室だったらしい。女性秘書がお茶を出してくれたってよ!」
「糞っ!陸助のくせに・・・」
「あの声が可愛いよな。きっと美人だろう」
「師範学校の女学生らしいぞ?」
「「なんだって!」」
「女神様だと思ってたんだが妖精さんだったか・・・女学生かぁ~」
「レシーバーの向こうは女学生・・・なんだかイイ!」
「・・・貴様ら何の話をしとる?無線による航空管制の利点について論じているのではなかったのか?」
「え、ああ、もちろんであります。女子の声は甲高いので雑音の中でも明瞭に聞こえます。これは明らかに利点であります。第一に俺たちがやる気になる」
「確かに。野郎だとやる気が萎える。あと無線電話の雑音、あれ何とかして欲しい。あれではせっかくの声が・・・」
「だから貴様ら何の話をしとるんだ!」
※来島社長がデザイン図を渡して制作を依頼。同盟国のドイツの女性軍属の制服を参考にしたらしい。




