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10.海軍砲術員の受難~いや、ご褒美?戦艦「扶桑」砲術員の奮闘~

-昭和18年3月下旬 別府造船大神工厰-



 いきなりの異動を言い渡された戦艦「扶桑」の副砲砲術員達(下士官、兵)は戸惑いを隠せなかった。

 「扶桑」改装に伴う主砲及び副砲の撤去で「扶桑」での居場所を失い新たな居場所(艦)への異動を待ちつつ陸上での鍛錬、助教としての新兵教育に(不本意ながらも)励んでいたところへの陸上勤務。加えて異動先が大神工廠の陸海軍合同の「飛行隊」である。

 大神工廠の名前は勿論知っている。ニューギニア戦線の大殊勲艦。敵拠点2つを更地にした我らが「扶桑」を切り刻んで「航空戦艦」「航空護衛艦」なる怪しい艦種に改装した民間造船所で自分たちの職場を奪った相手だ。

 異動内示を受けた副砲1門分(9名)の下士官及び兵は異動先の情報を上官である砲術分隊士から得ようとしたのだが肝心の分隊士は何の挨拶もなく異動済みとなっていた。たぶん、移動先は日出だと思われたがそこから先は「軍機」の二文字に阻まれる。

 限られた情報を整理し、異動の目的は大神工廠防衛のために「扶桑」「山城」から降ろした砲の陸上運用要員として充てられるのでは?という説が上がったのだが造船所の防衛を副砲1門分で対応しろとというのは到底無理だ。それに配属先は「飛行隊」となっている。重砲部隊ならまだしも、戦艦の砲員が飛行隊に配属されるというのが理解できない。

 高射砲ならあり得るのではとの声もあったがわざわざ海軍から要員補充をする必要はない。大神(別府造船)は陸軍との結びつきが強い。高射砲絡みであれば陸軍で人員調達はできる。「扶桑」の副砲の獲物はあくまでも「艦」なのだ。(敵戦車をボコボコにしたことはあったが、これは例外だ)

 あれこれ考えていうちに(極めて短期間で)呉から大神駅に送りつけられ、大神駅から専用貨物線の貨車の荷台に乗せられて大神工廠まで鋼材と一緒に搬入された。

 「搬入」という言葉がふさわしいほどの見事な手際だった。

 造船所内であるため、軍に準じた宿舎はなく、造船所工員の宿舎がまるまる1棟、警備要員用に軍に貸し出されており、飛行隊要員はそこに放り込まれた。

 コンクリート造の4人部屋という(軍隊から考えると)各段に豪勢な部屋をあてがわれ「いったいどうなっているんだ?」と考える暇もなく既に赴任していた砲術士から「飛行隊」組織の簡単な説明と副砲分隊員が担う任務の概要を説明させられた。

 分隊士によると、砲術員の任務は


発射台カタパルトを素早く、指定された方向に向ける」


 ことらしい。

 今一つ納得できないまま、だだっ広い広場(資材置き場。後に射出場という名称になる)に連れ出され腕組みして待っていた筋骨隆々の親父から(操作させられるらしい)機械の説明を受けることになった。

 広場には水偵の射出用カタパルトの寸法を拡大して車輪を付けた様なデカブツが鎮座していた。 



「こいつのアームは57メートルある。トラス構造で頑丈なはずなんだが、軽量化を旋回速度向上を狙ったんで「やわい」。こいつをたわませず、ねじらせずに操作するのがあんたらの仕事だ。旋回速度だけど、こいつは非力なんで秒速2度程度だ。戦艦の大砲(副砲)が秒速4度と聞いてるのでちょっと慣れればうまく扱えると思う」

「それ、無理じゃないのか?副砲の砲身は50口径。メートルに直すと8メートルもないんだぞ?」

「無理じゃねぇよ。見てな。俺は下手な方なんだけどな・・・おーい!これをアームの先においてくれ」



 親父はそう言うと近くにあった湯飲みに薬缶から水を注ぐと、工員にそれを射出台の先端に置かせた。



「発射台は3トンから5トンの重量を最大で左右90度、仰角は水平から65度位までの角度で打ち出す。で、仰角と射角に設定位置から約2分以内で行うことが最終目標だ。これ以上かかると敵が本土に侵入してくるらしい。単純計算で旋回開始から終了まで旋回速度2.6度/秒で操作することになる。陸軍の砲兵はこんなデカブツを扱ったことがないらしいんであんたらがここ(大神)に引っ張られたんだよ。半分同情する。でも訓練受けてる軍人サンなんでちょっとの時間でやれると思うよ?じゃぁ、見ててくれ。発射台の後ろに回ってくれ。そこまでは旋回させないから」



 親父(「クレーンの辰」の渾名で呼ばれる大賀工廠トップのクレーン運転手らしい)は発射台の運転席によじ登ると運転席の拡声器からこれから行う操作を説明した。



「右90度水平旋回後、左180度旋回。仰角2度をつけながら右90度旋回。アームのしなり、振動、茶碗に注目しててくれ」


 ディーゼルエンジン(モーター用の発電機)が黒煙を上げると発射台は滑らかな動きでアームを左右に動かして左右に旋回し、2度の仰角をつけたまま後初期位置までもどって静止し。アームを水平に戻した。

 慣性モーメントで捻れるはずのトラス構造のアームは捩れることなくスムーズに動作し、アームの先に置かれた湯呑みは、転がるどころか、水すらこぼれていなかった。



「な?慣れればここまでゆける。俺は仰角つけるのは苦手なんで仰角は2度止まりだったけど、あんたらは大砲扱ってたんだからもっともっと上手くゆくはずだ。初動時の「手応え」と電動機への電力供給の感覚を目と身体で覚えればあとは大したことはないよ。まずは軽く左右に30度ずつ振ってそのときの応力を計器と電動機のハンドルで身体に覚えさせればいい」

「なぁ、この「発射台」で何やるんだ?」

「空の彼方までヒコーキ打ち上げるのに使うらしいぜ。来島の大将はぶっ飛んでるからなぁ~。ほれ、時たまブンブンやかましいのが飛んでるだろ?あれがあんたらが打ち出す弾丸タマだ」




-昭和18年4月上旬 別府造船大神工厰-



 訳の分からないまま大神工廠に「搬入」され、訳のわからないままカタパルトの化け物を操作する羽目になった戦艦「扶桑」副砲要員は壁に突き当たっていた。


「どうしても2分を切れん!あと10秒なのに!」

「実際にモノが載ると動作も変わってくると思う。今は機体に見立てた重りだが、重心が変わるだろうし、飛行機だから風の影響も受ける。それを考えると1分50秒程度で照準を完了させる必要がある。旋回角度が左右45度に近づくとたちまち時間が足りなくなる」

「発射台増やせんのか?(発射台が)倍になれば射出に倍の時間かけられる」

「頭数が足らんだろ?ここ(日出)の射出要員は俺たち9人だけだぞ?」

「せめてあと1門基分(9人)いれば発射台の増設を具申するんだが・・・「山城」から引っ張ってこれないかな」

「無理だろ。それに俺達みたいな不幸な人間をこれ以上増やしたくない」

「まったくだ。なんて不幸なんだ。毎日風呂に入れなくてもいいから海上勤務に戻りたいよなぁ」

「弱音を吐くな!」

「先が見えんのです。わけがわからんので・・・」




-日出 別府造船社長室-



 九州に覇を唱える別府造船グループを率いる来島義男別府造船社長の朝は早朝7時から始まる。

 頭脳が冴える時間帯(と本人が主張している。来島が朝方人間であるのと、単純に「年寄りは朝早い」ということだ)は深く考えを巡らせる業務に最適な時間帯だ(と本人は述べている)。

 本日の最重要案件は「A10」だ。検討を命じていた案件に関する大量の書面がパンパンに膨らんだ封筒で送られている。これは読みごたえがあるなと来島の表情に喜色が浮かぶ。



「う~ん。ここは俯瞰かなぁ~。アイレベル少し下げて・・・と」

「擬音のオノマトペが今一つだなこりゃ。これは(大神に)来て実際に(音を)聞いてもらうしかないな・・・」

「うん!このコマ割りは秀逸だねぇ~普通は考え付かないや」



 ・・・ネームのダメ出しは来島社長の重要な仕事だ。

 経理部長に文句と嫌味を言われながら出版した船舶用ディーゼル機関整備手順書(漫画)は、整備不良を起因とする故障数を激減させることに成功している。瑕疵関連支出が削減されたことを受け「ケチ以外の何者でもない」と評される経理部長が来島に頭を下げたという別府造船史に残る出来事にもなっている。

 これを見た他社も追従しようとしたのだが、なかなか良いものができない。

 来島と親交がある中島飛行機の中島知久平もこれに倣おうとして、来島に「良い整備手順書を作る秘訣は?」来島に聞いたところ、


 「ストーリーと画力。コマ割りも重要。あとキャラが立ってないと駄目ね」


 との理解不明の答えを得る。

 一流の経営者である中島は一瞬で「これは普通の人間には無理だ」と判断し「ウチ(中島飛行機)の整備冊子をやってくれんか?」と整備冊子の作成を来島に押し付けた。

 漫画に飢えていた来島は二つ返事でこれを引き受け、別府造船グループの整備図解を引き受けていた長谷川市子にブン投げ「栄発動機整備図解」を創り上げた。

 精密図解に加え、整備員がうっかりやってしまいそうな失敗、整備のコツをダイナミックな描写とついつい感情移入してしまう図解の中の人に人気沸騰。パイロットが整備士並みの知識を持つようになり、栄発動機の稼働率が神懸かり的に向上する。

 これを見た他社は、別府造船に自社製品の整備図解の監修(または図解そのものの作成)を次々と依頼してくるようになった。(つまり他社の技術情報がバンバン入ってくるのだ)

 赤鉛筆で下原稿ネームにニヤニヤ笑いながら書き込みをしていると早番の秘書が来客の時間をを告げた。確か日出飛行隊の射出担当の先任下士官だ。士官を経由しない申し込みなので現場の不満の類だろう。伝え聞くところによると当初目標がクリアできておらず焦っているらしい。

 社長室に招かれた先任下士官は、挨拶もそこそこに現在の射出要員が直面している壁について報告した。

 照準計算は砲術士官(分隊士)に任せてはいるが、実際に発射台を操作するのは射出員だ。そのため最上位には経験の長い下士官を充てることになっている。造船所でも熟練工が現場を仕切ることで効率的に動く。業種は違ってもこの方向性に間違いはない。

  


「砲術員がかなりキています。自分はもう少し行けそうだとは思うのですが。精神的に追い詰められているのです。戦艦の砲手という花形部署から転出ですんでアタマじゃ理解してても性根が嫌がるんでしょう」



 一兵卒からの叩き上げられ、軍隊を身体で体現している古参下士官の言葉は重い。

 分隊士を経由せず来島にこれ以上の練度は望めないと言ってきている下士官の言葉を軽く見てはいけない。来島の言葉も自然慎重で丁寧になる。



「先任はどう考えていますか?」

「自分ですか?大砲からカタパルトへと操作するモノは変わりましたが、実際に動かす機会がこっち(発射台)の方が多くなりそうですので自分はかまわんと思ってます。艦隊勤務では「その他大勢」の上等兵曹がここ(日出)では最先任ですから、立場にも満足しています。ここはメシが美味い、風呂は毎日入れる。陸上勤務ということで家族も安心しています。大いに満足しています。

 ただ、若いモンはそれが割り切れんのでしょう。半分腐ってきてる。自分も発破をかけてるんですが・・・何かやる気を出させる方法はないもんでしょうか?」

「先任の言われている様に、照準時間の短縮は限界だと私も認識しています。飛行隊長や副長、それと管制担当士官・・・砲術分隊士のことですが、彼らの認識も同じです。ここで実戦に向けた訓練に移行すれば少しは心構えも変わってくると思うのですが、まだそこまでには達していないという報告を各所から受けております。

 併せて、よっぽどのことがないと目標値は達成できんだろうという意見も分隊士から入ってきてます。できないことを強要するのは時間の無駄以外の何者でもない。発射台は当初予定の倍装備することにしました。これで時間的な余裕はできるでしょう。あとは矜持ですな。矜持大いに結構!だがその程度の矜持で前に進めんのなら私がが修正してやりましょう!要はやる気をださせりゃいいんでしょ?」

「何かいい方法がおありで?」

「鼻先に人参ぶら下げりゃ地の果てまで突っ走ります」

「餌で釣る?昇進とか昇給とかでありますか?戦果とか善行がないのでなかなか通らんと思いますが?」

「そんなモン時間がかかるから駄目です。それに霞が関にこれ以上頭下げに行くのは御免なんで別の方法です。先任の意見も容れないといかんのですが、ウチ(別府造船)を助けると思って我慢してください。何せ「扶桑」砲術員の皆さんは期間限定のお客さんだ。期間が過ぎたら原隊に戻ってもらわないと駄目なんで・・・で、砲術員にやる気を出させる方法なんですが・・・」




「えげつない・・・踊らされる奴らが哀れです」

「いや、俺だったら喜ぶんだけど?現にウチ(別府造船)では別工程でやってっけど大好評でさぁ。他社も真似し始めてるよ?」

「軍隊では考えられない手段ではあります。しかしそんな方法を採ってよろしいのですか?」

「いやいや、わが社にも利点はあんのよね。ひとつは・・・」




「これはどういうことで?」


 藍染めの綿素材の別府造船の作業服に身を固め、保安帽(樹脂製。A10搭乗員の飛行帽と同じ材質らしい)から三つ編みのおさげをのぞかせ、全身に緊張感を漂わせながら整列した工員姿のうら若い女性達に元「扶桑」副砲分隊の砲術員は当惑を隠しきれなった。

 当惑する彼らに来島は極めて真面目な顔で女性たちの射出要員への配置を述べる。



「2分の壁はキツイってことなんで発射台を倍にする。ただし軍に「お代わり」はできん。また、キミたちは海軍から期間限定で出向してきてもらってるんで、出向期間終了後の手当をウチ(別府造船)がせにゃならんのよ。でもウチの工員は手が空いてない。最近は海軍発注の仕事も多いのよね。そんな訳で地元の女学生に応援に来てもらった。男子学生?無論造船所で汗を流しとる。発射台は操縦だけなんで非力な女性でも大丈夫だろ?要はセンス、技術なんよ!

 でだ。悪いけどキミたちが身に着けた技量を親切丁寧に彼女たちにも伝授してやってほしいんだわ。

 キミたちが原隊復帰後は日出飛行隊の射出手として彼女たちに頑張ってもらわないと駄目なのよね。人数はキミたちの抜けた分も合わせてる。で、1人あたり、生徒は2名。きっちり教えてやってほしい。ピッチピチの女学生とお友達になれる絶好の機会だぞ?独身者はがんばれ!ああ、妙な事したら海軍より先にウチ(別府造船)の従業員が黙っちゃいないぞ?「海軍軍人は紳士」これは厳守だ!」



「・・・手本見せにゃならんとなると上手くなるしか選択肢がないじゃねーかよ!」

「どうする?抗議するか?」

「何を!むさい野郎より百倍マシだ!」

「なんて嫌がらせだ!」

「いいや・・・ご褒美かも・・・」




 射出要員の技能が飛躍的に向上したのは言うまでもない。


射出操作員

地元の女子学生を徴用している。

藍染め綿素材の別府造船の作業服が正装だが、A10操縦士の飛行帽と同一の保安帽が支給されている。「射出員」と書かれた腕章を着用している。



射出操作員

 射出管理官(海軍兵曹)    1名

  射出員(海軍兵、及び曹)  9名

  射出員(女学生)     18名


整備員(別府造船社員 及び各メーカーからの出向社員) 30名


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― 新着の感想 ―
[良い点]  ビックリどっきりメカも大好きですが(^◇^;)こーゆー「斜め上!しかし慧眼なる着想!!」まいど痺れます555先生♪イカしてるぜ! [気になる点]  この女学生のお姉ちゃんたち戦後はここで…
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