受験生編3
その次の日は土曜日だったので、朝から出かけたが、それでもあおいが来た時にはすでに彼の姿はあった。あおいが「おはよう」と声かけても、「あぁ」くらいしかしか返してくれなかった彼がいきなり隣に来て、親しげに話しはじめた時は夢かと思った。
辺りを見渡すと、同世代の女の子が三人ほど入ってきたところだった。ゼミのレポートがどうのこうの言っていたから、きっと大学生だろう。彼は机に「合わせて」と落書きをしたが、話を合わせてということなのだろうか――あおいはまだ名前も知らない彼に合わせて、笑った。女子大生はチラッとこちらを見たが、特には関心はない様子だった。
その女子大生が帰るまでに彼とは色々な話をしたが、先に帰ってしまうと、彼は急に態度を変え、黙って勉強に取りかかった。あおいが呆然としていると、彼は付け足した。
「別にあんたに興味があったわけじゃないから――オレは女には関心がないし」
「でも、あの子達には関心あるんでしょ?」
あおいは思っていたことをぶつけた。
「あいつらのせいでオレはどんなに人生が狂ったと思ってんの」
それで事情を聞いた。
彼の名前は小野拓郎と言い、一つ上の浪人生だった。幼い頃から病弱で同じ学年の子より小さくて、女の子達からも「チビ」とか「弱虫」とか言われて、からかわれていたそうだ。いつしか学校にも行けなくなって、中学時代は不登校だったのだとか。それでも強くなるために勉強はしていて、高校には入れた。それでそんな子達とも離れて、学校には行けるようになったが、中学の内容はほぼ独学で唯一勉強を教えてくれた姉も去年家を出て、大学受験には失敗するハメになったのだと言う。
「それでなんであんなことをしなくちゃいけなかったの?」
「ただ見返してやりたかっただけだよ。小学校のことなんか忘れて、楽しそうなキャンパスライフを送ってる、あいつらを」
「見返すって?」
たくろーはもう何も答えなかった。バカなことに時間を使ってしまったと言わんばかりに勉強を続けた。
バカなことに時間を使ってしまったのはこちらの方で同じ受験生だと思って、少し親近感を持っていたが、話をしたことで自分とは違う世界の人のようで余計疎遠になってしまった。たくろーは女には関心はないと言ったが、あおいも年上には興味ないと言ってやりたかった。