受験生編2
「まさに落ガキだよね。でも、五歳なんて大人になったら、大して変わらないと思うけどな」
親友の村上早紀に話すと、そう返された。
「そんなことより受験の方が大事だよ。この一年を逃したら、きっと後悔するよ」
さきは一緒に大学に行けるように頑張ろうと、背中を押した。別に大学に行きたくないと言ったわけではない。そのことがあって、勉強する気力が湧かないだけだ。
あおいは次の日も図書館に向かった。ウチにいても、弟達がうるさくて、勉強どころではない。昨日と同じ席を確保できたと思ったら、忘れ物を教えてくれたあの青年も昨日と同じ席だった。
「受験生?」
昨日は気付かなかったが、彼が勉強にしている参考書を覗いて、あおいは思わず、呟いていた。
「あぁ」
彼はそれだけしか答えなかった。
その次の日も、またその次の日もあおいは図書館に通い、毎日一言、二言声をかけてみたが、彼の反応と言えば、「あぁ」とか「いい」とかア行ばかりで会話にならなかった。
彼はいつも勉強したことをマメに記録していた。同じページに英語で日記のようなものが書かれていた。それを読めば、彼のことが分かると思ったが、あおいの学力では読めるものではなかった。きっと誰にも読まれたくないから、英語を使うのだろう。片言の日本語しか話せない外国人かとも思ったが、そんな感じではなくとも、対等に話せるレベルではないことには変わりはなかった。
あおいは英語という教科が苦手だったが、別に英語で文章を書くことは嫌いというわけではなく、英語で詩を書いたりして、一人で楽しんでいた。ただあおいの英語が世界で通用するとは信じられなかった。中学生になってから本格的に習い出した英語が生まれた時からそれを耳にしている人達に通じるわけないと。きっと日本人の英語は世界で笑われているのだと思い込んでいた。
高校一年の夏、さきは一緒にイギリスへホームステイに行かないかと誘った。それに対してあおいは「ウチ、今、ゴタゴタしてるから」と断った。ウチがゴタゴタしていたのは事実だったが、さきを一人でイギリスに行かしたのに少し後悔した。戻ってきたさきは現地で出会った人と友達になっていて、今も文通している。つまり、英語は世界で通じることを見せつけられたのだ。
次に図書館で会った時には彼はチラシを見ていた。あおいがそばに寄ると、すっと立ち上がって、出ていこうとした。
「あ、忘れ物」
今度はこちらが気付いて、あの時のように教えると、彼は「いい」とだけ答えて、そのまま出ていってしまった。あおいはそのチラシを眺めるしかなかった。そのチラシは予備校の案内だった。