受験生編1
事情があり、パソコンが使えなくなったので、スマホで少しずつ投稿していきます
「あ、オイ」
自分の名前が呼ばれた気がして、振り返ってみると、忘れていた消しゴムが手渡された。
「あ、どうも――」
お礼を言うと、さっさと図書館を後にした。柴田葵衣はこの春、高校三年生になったばかりだ。受験勉強をしようと近くの図書館まで来たが、どうも落ち着かない。大学に進学したいという気持ちはあるが、特に行きたいところがあるというわけではなかった。いっそのこと、あと五年くらいは留年しても、浪人しても、構わない。高校受験の時も同じようなことを考えていた。結局、周囲の波に流されて、そのまま高校三年生になってしまったが、五年くらいと考えるようになったのも、あの子に出会ってからのことだ。
そう、今から六年前の話だ――その日は雲一つない、いい天気だった。図工の時間、小学校の校庭で風景画を描いている時だった。気持ちよさの余り、あおいは居眠りをしていた。先生の前ではいつもいい子のあおいは授業中に居眠りをすることはほとんどなかったが、ふと目を覚ますと、描きかけの絵に落書きをしている男の子がいた。
「何してるのよ!?」
あおいが大きな声を出したので、その子はビックリして、逃げ出した。
「あ、忘れ物」
それに気付いた男の子は急いで引き返し、そばにあったピカピカのオレンジ色のランドセルを背負って、走っていった。一年生はもう下校の時間が来ていた。あおいは慌てて、6の1の教室に戻った。
「一体どこで描いてたんだ?」
案の定、担任の先生に聞かれたので、仕方なくスケッチブックを開いて見せた。
「校内にこんなところにあったっけ? まだ昼間だし」
男の子の落書きは空も木も、そして地面までオレンジ色で今の時刻や季節を考えたら、確かにおかしいが、あおいは怒られることはなかった。
「まぁいい。よくできてるから」
その絵はコンクールで入選した。あの男の子があおいの新たな才能を引き出したくれたみたいで嬉しかった。あおいはそれまで人の集まるところに価値があるのだと思い込んでいたが、才能とは人と違ったところで発揮されるものだと気付かされた出来事だった。あの才能は男の子のものだから、それを伝えてやりたかった。その願いは叶わないまま、あおいは小学校を卒業した。
明日もこの時間に投稿します