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  元気いっぱいに自己紹介を終えた少女はすぐさまこちらに駆け寄ってきた。


 彼女は僕の胸元に飛び込んでくると、そのまま腕を背中に回して抱き着いてきた。リサさんよりも、主張の激しい体の一部分が僕の体に押し付けられる。


「えっ、ちょ、ロアさん!?」


「えへへ、本物のマスターですぅ……」


 グリグリと頭を擦り付けてくるロアさんは、嬉しそうな声を出しながら悦に浸っていた。


「今度は女の子?」


 僕のすぐ隣では、リサさんが訝しげな様子でこちらを見つめていた。その彼女の瞳と、真っすぐに視線がかち合う。驚愕と恐怖。そんな二つが入り混じった瞳をしていた。


「ねえ、君は一体……」


「その質問には私がお答えしましょう!」


 リサさんの発言に反応したのは、ロアさんだった。彼女は僕の胸元から離れていくと、僕の前で姿勢を正した。


「まず初めに、ここはマスターのいた地球ではありません」


彼女の意見には僕も同意するしかなかった。


「そうだよね……あんな巨大な熊なんて見たことも聞いたこともないよ」


 パーダンがあっさり倒してしまったけど、おそらくあの熊は相当危険な生き物だ。多分だけど、サメとかトラとかと地球で危険だと恐れられていた動物たちと比べ物にならないくらい危ない生物だと思う。人間に対する明らかな殺意を感じたのだ。


「それに私たちがこうしてマスターと会話できることが、何よりの証拠です!」


 カードに描かれているモンスターたちが実体化して、会話をしたり触れ合ったりできるなんて聞いたことない。彼女たちはただの紙に描かれたイラストでしかなかったはずなのだ。


それが今ではこうやって意思疎通をとることができている。


「……夢でもないよね」


 リサさんに抱きしめられたときも、パーダンを撫でた感触もまだこの体に残っている。夢にしてはリアルすぎる感触だ。それとこの周辺一帯に漂うタイラントベアーの血の匂いが、これが現実であると僕に訴えてきていた。


「つまり僕は異世界に飛ばされて来たってことだよね」


「十中八九、間違いありません!」

 

 唐突に歩けるようになった体に、現実にはいなかった凶暴な魔物。それに僕がカードとして使っていた少女が肉体を持って僕と会話している。


 こんなにも信じられない話が立て続けに起こってしまっているからなのか、異世界に飛ばされたことを僕はすんなりと受け入れることができてしまっていた。


 空を見上げながら、僕はこの世界で目を覚ます直前のことを思い出す。僕がこの世界に飛ばされた原因は、『アレ』しかないだろう。


「……元の世界で僕は死んじゃったってことだよね」


 死んで別の世界に飛ばされる。アニメや漫画なんかでよくある話だ。まさか、僕が体験するようになるなんて夢にも思ってもいなかったけど。


「そ、それは分かりません! 意識だけがこっちに来ているだけかも知れませんし、この世界の神様とかがマスターを召喚しただけかも――」


「大丈夫だよ、ロアさん。僕は大丈夫だから」


 ロアさんは必死にフォローしてくれるが、自分が死んでしまったということは、僕が一番よく知っている。眠りに着くような感覚と一緒だったので、今まで気が付かなかったが、あれが死ぬって感覚なのだろう。だとしたら、想像してたよりはずっと穏やかに死ぬことが出来た。


「マスター……」


 寂しそうな、申し訳なさそうな顔を浮かべるロアさん。彼女が僕の為にそんな表情を浮かべる必要などまったくないのだが、ロアさんが僕のことを想ってくれていることは伝わってくる。


「ただ、やっぱり、お父さんやお母さん。それと叔父さんには、お別れだけ言っておきたかったな」


 地球に残してきてしまった両親と叔父さんのことを考える。涙は不思議と出なかった。さっきは自分が歩けたことにあれほど涙を流したというのに、今はまったくでない。僕は薄情な人間なんだろう。それに親より早く死んでしまうなんて、親不孝者だ。


「ねぇ、死んだってどういうこと……? 説明してくれる?」


 それまで黙って話を聞いていたリサさんが、再び僕に問い詰めてくる。


 僕自身も自分の状況をようやく理解できたところだが、一体どうやって説明しようか。


 死んだら別の世界に飛ばされて、五年間寝たきりだった体は全快していて、カードゲームのモンスターたちを召喚できるようになった。


 こんな話を誰が信じてくれるというのだろうか。まず、死んだって何? 今の僕はこうして生きているのだから、話の初めから矛盾しているじゃないか。


「リサさん、信じてもらえないと思いますけど、僕の話を聞いてくれますか」


 それでも、僕は彼女に話しておきたかった。どうせ信じてもらえないのなら、適当にはぐらかすというのも一つの方法だったと思う。


 だけど、僕が泣いてる理由も聞かずにただそっと寄り添ってくれた彼女には、ごまかしたくない。夢物語だとか、妄想だとか言われてもいいが、見ず知らずの僕にやさしくしてくれた彼女には嘘をつきたくなかった。


「……うん、聞かせて」


 リサさんは琥珀色の綺麗な瞳でこちらを見つめてくる。その瞳にはハッキリと僕の姿が映っていた。


 僕は地球というところから来たことや、病院のベッドの上で過ごしてきた五年間の出来事をかいつまんで話した。


 作り話と思われても仕方ない。死んだら異世界に飛ばされたなんて、実際に体験するまでは漫画やアニメの絵空事だと思っていたのだから。


 結局、僕が話終わるまでリサさんはずっと僕の耳に言葉を傾けてくれていた。


「まさかハルトが男の子だったなんて……」


 そして、僕の話を聞き終えたリサさんは開口一番に、そんなことを言い出した。


「驚くとこって、そこですか?」


 僕は拍子抜けした。


「だってだって! こんなに綺麗な黒い髪の毛してるし、身長も私より低しい、声も男の子とは思えないくらい綺麗な声だし、なにより顔がどうみても女の子だよね?」


 まったく失礼な人だ。身長が低いのも、声が高いのも、成長期が遅いだけだし、顔が女の子っぽいのは母親に似ただけだ。


「リサさん駄目ですよ。マスターは自分が女の子っぽいことを気にしてるんですから。だから、少しでも男の子っぽく見せる為に、かっこいいイラストの多いドラゴンデッキを――」


「うわあっ! なんでそんなこと知ってるの!?」


 ロアさんから僕が誰にも言ったことのない秘密をバラされたことに驚き大声をあげる。なんで僕しか知っていないことを知っているんだ。


「もちろん知ってますよ。私たちがどれだけマスターのお側にいたと思っているんですか? マスターのことならなんでも知ってますよ!」


 ドヤ顔を浮かべて語るロアさん。カードに描かれているイラストは、聖母のような表情を浮かべて仲間の回復をしている場面が描かれたものだったので、目の前の本人とカードの頃のイラストとのギャップに戸惑いを覚えずにはいられなかった。


 ロアさんはそのあとも、僕のことをまるで自分の自己紹介のように話始めた。甘いものが好きだの、野菜は結構苦手なものが多いだの。僕の好みまで全て把握されていた。


「それとマスターが私を下から覗き込んで、スカートの中のパン――」


「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 さっき以上の大声を挙げて、ロアさんの発言をかき消す。物理的にロアさんの口を両手で塞ぎにかかった。


 違うんです。あれは一時の気の迷いで、純粋だった僕は叔父さんに騙されてつい……

 カードのイラストを下から覗けるはずなんてないのに、なんで僕はあんな嘘に引っかかってしまったんだろう……


「もがもがぁ」


「へぇ、ハルトも女の子にちゃんと興味はあるんだね」


 僕に口を塞がれているというのに、嬉しそうな笑顔を浮かべるロアさん。はたまた、我が子の成長を見守るような表情でこちらを見つめてくるリサさん。


 お願いしますから、そんな目でこちらを見ないでください……


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