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「タイラントベアー! 危険度Cの魔物がなんでこんな森の浅いところにいるの!?」


「グォォォッォオッォオ!」


 天に向かって咆哮するタイラントベアーと呼ばれた超大型の熊。車ほどの大きさの熊は、立ち上がれば三メートルは優に超えるかもしれない。


 リサさんは僕の前に飛び出し、腰にぶら下げていた剣を抜刀して、タイラントベアーに向かって剣を構えた。


 僕たちと熊との距離はわずか十メートル。タイラントベアーは僕たちを警戒して様子を窺っている。だが、いつ襲い掛かられてもおかしくない状況だ。


「リサさん……あれって、人とか襲う熊なんですか?」


「魔物なんだから当然襲ってくるよ」


「すごく強そうに見えますけど、リサさん一人で勝てますか?」


「……とてもじゃないけど、私一人じゃ勝てないわ」


 熊の魔物の登場に一番驚いていたのはリサさんだ。彼女はあの熊のことについてよく知っているのだろう。そんな彼女が勝てないといっているのだから、本当に勝つ望みは少ないのだと思う。


「死んだふりとかしたら――」


「そのまま食べられておしまいね」


「ですよね……」


 タイラントベアーとにらみ合ったまま、身動きのできない僕たち。一瞬でも目を離せば、熊が襲ってくる気がして何も行動に移すことができなかった。


『マスター』


 どこからともなく、声が聞こえてきた。


「リサさん、今何かいいましたか?」


「……私は何も言ってないよ。何か聞こえたの?」


「はい。誰かが僕を呼ぶ声が聞こえたんです」


 不思議なことに、さっきの声は僕のことを呼んでいるのだと理解していた。マスターなんて呼び名で呼ばれたことはないけれど、自分が呼ばれていると自覚していた。


『マスター、私たちを使って』


 再び聞こえた声に耳を傾ける。声の主の正体は相変わらずわからないけど、今度はどこから声がするのかわかった。


 右手に暖かな感触を感じて、手のひらをゆっくりと開く。そこには見慣れた僕の大切なものが姿を現した。


「これって……僕のドラゴンデッキ?」


 僕の掌の上には『MKB』のカードたちが握られていた。間違いないこれは僕が使っていた『ドラゴンデッキ』だ。


 その中から一枚のカードが、タイラントベアーの方に飛び出していった。体から力の抜けた感触に襲われると、光り輝くカードから大きな影が飛び出してくる。


 白と黒の模様を体に宿し、大きな二枚の翼を背中に生やしているモンスターだ。まるで、パンダの背中にプテラノドンの翼を生やしたようなモンスターに僕は見覚えがあった。


「【腹ペコドラゴン パーダン】?」 


 その姿は間違いなく僕のデッキに入っていたモンスターカードの【腹ペコドラゴン パーダン】だった。ドラゴンはカッコイイ見た目のモンスターが多い中で、パーダンは可愛らしい見た目が人気のモンスターの一体だった。


「ニャアアアアアアア!」


 甲高い声をあげたパーダンは勇敢にもタイラントベアーに突進していく。タイラントベアーはパーダンを受け止める為にその場に立ち上がり、両者は激しくぶつかった。


 その衝撃でタイラントベアーは、地面の土を大きく抉りとりながら後退した。大きさでは負けているはずのパーダンだが、そのパワーは凄まじかった。そのまま二体のモンスターは激しい取っ組み合いを開始した。


 お互いに相手の肩に、自分の前足を乗せて一進一退の攻防を繰り広げる。パワーは互角のようだ。


 このままではラチが開かないと考えたのだろう。タイラントベアーはパーダンの首元に噛みついた。鋭利な牙たちが、パーダンの首元に襲い掛かる。


 しかし、タイラントベアーの歯はパーダンの皮膚を傷付けることはできなかった。あんな見た目をしているが、彼はドラゴンなのだ。熊如きの噛みつきが彼に効くはずもない。


 パーダンは噛みつかれていることなど、我関せずといった様子で逆にタイラントベアーに噛みついたのであった。


 パーダンは食パンでも食べるかのように、熊の右肩を噛みちぎる。血しぶきと共にタイラントベアーが断末魔を挙げる。


「ガァアアアアアアアアア!」


パーダンは熊の首元まで咀嚼すると、タイラントベアー頭と体を切り離し、力なくその場に倒れるのだった。


「あのタイラントベアーがあっさり倒されるなんて……あの魔物は一体……」


 リサさんは目の前で起きた巨大モンスター同士の戦いに心底驚いた様子だった。僕はそんな彼女の横を通り抜ける。


「だ、駄目! 近づいたら危ない!」


「この子は大丈夫ですから心配しないで」


 彼女の心配をよそに、僕はパーダンに近づいていく。直感的に僕には理解できたことがあった。彼は僕が召喚したモンスターだ。彼が僕に危害を加えることは、絶対にない。


「パーダン、ありがとうおかげで助かったよ」


「にゃにゃ~」


 猫みたいな声をだしてこちらに駆け寄ってくるパーダン。口元は真っ赤な血で汚れているが、彼はつぶらな瞳で僕のことを見つめていた。彼の首筋を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて鳴き声をあげた。


「にゃにゃにゃぁ~」


「よしよし、いい子だね。ほら、大丈夫でしょ?」


「嘘……でしょ……?」


「リサさんも撫でてみない? ふわふわしていて気持ちいいよ?」


 リサさんは恐る恐るといった様子で、パーダンに近づいてくる。しかし、まだ警戒しているのか、パーダンに手を伸ばすことはしなかった。僕はその間も、彼のことを撫でまわし続ける。


 まるで、綿毛を触っているようなふわふわとした感触の毛がとても気持ちよかった。撫でられているパーダンも気持ちいいのか、その場に仰向けに転がり大の字に寝ころび始めた。


『お腹も撫でてくれ』


 そう言っている気がして、僕はパーダンのお腹の辺りを撫でてあげることにした。


「にゃぁ……」


 とろけるような声をだして、甘えてくるパーダン。その一部始終を見ていたリサさんもついに、パーダンのお腹に手を伸ばしたのだった。


「うわっ……ふかふかだぁ……」


 僕たち二人は、しばらくの間、無言でパーダンを撫でまわし続けるのだった。





「って、ちがーう! こんなことしてる場合じゃないでしょ!」


 パーダンを撫でまわすこと五分。正気に戻ったリサさんが大声をあげて、その場に立ち上がった。


「リサさん、どうしたの?」


 彼の柔らかなお腹に頭を乗せながら、彼女の方を向いて質問する。


「どうしたのじゃないよ! この見たことない、魔物は何!? しかも、それを手懐けてる君は一体何者なの?」


「僕の名前は大翔だよ」


「名前はさっき聞いた! 私が聞きたいのは、そういうことじゃなくて……」


 彼女が聞きたいのは、こんなことじゃないことはわかっているのだが、僕にはそれを答えることができないのだ。なぜなら、僕もわからないのだから。


「にゃ!」


「どうしたの、パーダン?」


 突然パーダンが声を挙げて、上半身を起こす。様子を伺っていると、急にパーダンの体が光の粒子に巻き込まれていく。


「にゃぉ~」


 パーダンは僕に向かって前足を左右に振って、お別れの挨拶をしてくる。瞬く間に光の粒子になって消えたパーダンは一枚のカードに戻っていた。


 同時に僕の右手にまたデッキが姿を現す。パーダンのカードがデッキに戻っていくと、ふと身体が軽くなった。疲れた体で温泉に入ったときのような感覚だ。活力がみなぎってくる。


 それも束の間の出来事。パーダンの代わりに別のカードが空中に飛び出してきて、先ほどと同じく体から力が抜けるような感覚に襲われる。空中で静止したカードから今度は人影が飛び出してきた。


「マスター、初めまして! 『シャングリアの白魔導士 ロア』ですっ!」


 目の前に現れたのは、淡い桃色の髪をした女の子だった。髪はツインテールに纏められ、白い法衣に身を包んだ少女は、片手に銀色のスタッフを握り締めていた。


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