12
「リサさん……冒険者の人って、みんなこうなんですか?」
アマリスさんを筆頭に、次々と冒険者たちが敵に突っ込んでいく。僕はその光景に唖然としていた。
「冒険者も街によって特色があるけど、スタツの街は好戦的な人が多いの」
「好戦的というか野蛮じゃないですか?」
剣とか槍とかを振り回してる人はまだいいけど、こん棒を片手にキャヴァリアントに突っ込んでいる人もいる。もはや、蛮族だ。
「硬てぇな、おい!」
「でも、殺せねぇ硬さじゃねぇぞ!」
「みんなで囲んで殺せ! 一匹も逃がすんじゃねぇぞ!」
冒険者の皆さんはアリの魔物の硬さに驚きつつも、攻撃の手を緩めることはなかった。それどころか、比較的やらかい関節部分を狙ったり、力任せに胴体を真っ二つにするなど、終始優勢で戦闘を進めていく。
「僕たちは何もしなくても終わりそうですね」
「いや、そう簡単にはいかないみたい」
残り数匹となったところで、巣穴の中から新たなアリたちが姿を現す。それも一匹二匹の話ではない。壊れた蛇口のように、巣穴からアリが無数に吐き出されていくのだった。黒い津波が冒険者たちを飲み込もうとしていた。
「おいおい、どんだけ出てくるんだよ!」
「これは流石にやべぇな!」
冒険者たちも、あまりの数のアリに恐れおののき、額に汗を滲ませていた。
「この数はどのみち囲まれる! お前ら円形に隊列を組め! どこから攻撃されても対処できるようにしろ!」
アマリスさんが単独でキャヴァリアントの首を飛ばしつつ、冒険者に指示を出す。彼らは指示通りに一か所に集まり、四方八方からの攻撃に対処するために、円陣の隊形をとった。
「私も行ってくる! ハルトはここから動かないでね!」
リサさんが冒険者たちを助けに行こうと立ち上がる。僕は彼女の腕をつかんで、その場に引き留めた。
「待ってください。貴方が行ってしまうと、僕の護衛は誰がするんですか?」
「護衛ならディルムットさんがいるでしょ」
「彼ならもう最前線ですよ」
「えっ?」
慌てて視線を戦場に向けるリサさん。冒険者とキャヴァリアントたちの間には、赤い閃光が煌めいていた。彼は身長よりも、大きな槍を手にして暴れ回っていた。
「クリムゾン・スラスト!」
突き出した右腕から放たれる槍の一閃が、キャヴァリアントたちを襲う。串刺しにされた魔物たちは、一突きで急所を貫かれ、途端に動かなくなる。
巣から出て来たばかりの先頭を走っていたアリたちが次々と倒れていくので、後ろを走るアリたちは仲間の体に躓き、ドミノ倒しのように崩れていく。体制の崩れたキャヴァリアントたちは、ディルムットさんの槍の攻撃を避けることができずに、次々に絶命していく。
黒い波全体が静止するまで、さほど時間はかからなかった。
ディルムットさんは振り返り、こちらに語りかける。
「マスター、入り口の敵は全て片付けた。巣穴の中も殲滅してきて問題ないか?」
冒険者たち一同は言葉を失っていた。みんな口を開けてポカーンと言う顔をしている。アマリスさんでさえ、戦闘が終わったことに気が付いていない様子だった。
「……向こうから、お出ましのようだな」
ディルムットさんが空中に大きく飛び上がる。その直後、彼が立っていた地面が大きな穴をあけて、中から巨大な魔物が飛び出してきた。
トラックほどの大きさの黒い鎧に身を包んだ魔物は、キャヴァリアントをそのまま大きくしたような見た目をしていた。
「キャヴァリアントの女王だ! お前ら、油断するな!」
アマリスさんの一言で冒険者たちは一斉に武器を構えなおして、迎撃態勢に移る。
しかし、その行為も無意味に終わることになる。
空高く舞い上がったディルムットさんが、空中で槍を構えている。彼が右手に掴んだ槍を一直線にキャヴァリアントに投げつける。
「ドラゴ・ボルグッ!」
赤いオーラを纏った槍は、アリの眉間から突き刺さり体を貫いた。槍の衝撃に耐えきれず、キャヴァリアントの身体は粉々に砕け散った。アリの甲殻が雪のようにチラチラと空中を漂っている。
【忠義の騎士 ディルムット】のモンスター効果は、『戦闘を行った相手モンスターを破壊することができる』というものだ。「MKB」の時も強力な効果だったが、いざ目の前にすると強力過ぎるんじゃないかと思う。
アマリスさんがディルムットさんに驚いていた理由が少し分かった気がする。彼はこの世界では強すぎるのだ。
地面に綺麗に着地した彼は、地面に深く刺さった槍を引き抜く。
「まるで、手ごたえがなかったな。俺が出しゃばる必要もなかったな」
一連の動作に再び呆気に取られる冒険者たち。激戦が予想された戦いはこうしてあっけなく幕を閉じたのだった。
「見ろよ、この魔石。すげぇ大きいぞ」
「今日はいい酒が飲めるな!」
冒険者の人たちが、地面に散らばった魔石を集めていた。戦いが終わった直後だと言うのに、みんな元気が有り余っている様子だ。我先に魔石を拾い集めている。
「女王ってあんなに大きいんですね」
魔石集めには参加せずに、切り株に座って休憩しているアマリスさんに話しかける。彼は大剣に、もたれ掛かりながら答えた。
「女王の個体としては十分な大きさだろうな。俺が前に戦ったやつも同じくらいの大きさだったぞ」
「以前にも戦ったことがあるんですか?」
「ああ、あの時は随分苦戦させられた。なにせ、他のキャヴァリアントを使い捨てのよう特攻させてきて、自分の身を護るようにしていたからな。俺が戦った魔物たちの中でも、上位に入る強さだった」
当時を思い出す様にしみじみと語るアマリスさん。僕には想像もできないような冒険をたくさんしてきたのだろう。
「一番強かった魔物はなんですか?」
「ファントムネビルだな。ゴースト系で、分身を作成する能力を持った魔物だ。分身体を俺達と戦わせている間に、本体は逃げるっていうずる賢い魔物だったよ。おかげで、何度おんなじクエストを受けされられたか」
「影武者を用意していたってことですか?」
「ん? カゲムシャってなんだ?」
僕の言った言葉が伝わらなかったようだ。影武者ってこの世界にはない言葉なのだろうか?
「自分とよく似た人のことですかね。偉い人が暗殺されないように用意する代わりの人とかのことを指します」
戦国時代とかでよく話題に出る言葉だ。有名な武将の自画像も実は影武者の方だった、なんて話もあるそうだ。真偽の方は僕にはわからないけど。
でも、実際に影武者という存在がいたのは間違いないだろう。でないと、そんな話自体が出るわけもない。それに魔物だって自分の身代わりを用意するくらいなんだから。おかしな話じゃ――
――魔物が身代わりを用意する?
「身代わりのことか。確かに、王族なんかでは何人も身代わりがいるっていう噂だが……ハルト、どうした?」
「アマリスさん、巣穴の中を調べに行きませんか?」
嫌な予感がする。この騒動はまだ終わっていない。
「今すぐにか? 理由は?」
「ファントムネビルのように、女王が身代わりを用意している可能性はないですか? 僕たちが倒した先程の個体は影武者だったとしたら?」
「おいおい……マジか」
アマリスさんが信じられないといった様子でこちらを見つめてくる。僕だって半信半疑だが、可能性がゼロとは言い切れない。
「僕の考えすぎかも知れません。でも、念のために確認するべきだと思います」
「わかった。今すぐ洞窟の奥に向かうぞ」
アマリスさんは冒険者を半数に分けて入り口に残る人間と、洞窟の奥に向かう人間に分けた。
僕とリサさん。それに、ディルムットさんは洞窟の中に入っていく組だ。
ディルムットさんを先頭に洞窟の奥に向かっていく。
準備がいいことに、冒険者の人たちが松明を用意していたので、洞窟の中は非常に明るかった。リサさんは魔力を使わずに済むのでありがたいと言っていた。
一本道を歩いて奥に進んでいく。アリはもっと複雑に巣をつくると思っていたのだが、魔物である彼らの生態は少し違うらしい。
道中で何体かのキャヴァリアントに襲われたが、特に強い個体はいなかった。
無事に洞窟の最奥に到着する。比較的開けた場所で、学校の体育館くらいには広かった。天井も見上げるほどまで掘られおり、ここに何か巨大な生物がいたことは確かであった。
しかし、その場所はもぬけの殻だった。
「杞憂だったか?」
「いいえ、もっと最悪かも知れません」
アマリスさんが何もいない洞窟を見て安堵の声を漏らす。だけど、僕が想像したのはまったく別の悪い予想だった。
「あそこを見て下さい」
僕が指をさした先には、無数の穴が開いていた。洞窟の側面に開けられた穴から光がわずかに差し込んでおり、地上に続いているのだと思われる。穴の大きさは先ほどディルムットが倒したキャヴァリアントと同じ大きさくらいのものが多い。
しかし、ひとつだけ電車くらいの大きさのものが通れるほどの、大きな穴が開いていた。僕はその穴を見て確信していた。
「本物の女王は巣穴を放棄して、どこかに逃げたんですよ」
僕たちと部下を戦わせている間に、彼らの女王は逃げたのだ。僕たちには勝てないと悟ったのだろう。判断の早い魔物だ。
しかも、一番重要なモノまで持ち逃げしている。
「誰かこの巣穴でオクトビーを見かけましたか?」
僕の質問に冒険者の人たちは全員が首を横に振る。この場にいる全員が洞窟にいるはずのオクトビーを見ていないのだ。
「女王と一緒に逃げたのか」
「おそらく、どこか別の場所でまた巣を作るつもりです。その為に、オクトビーも一緒に連れていったのでしょう」
「それは厄介だな。新しい巣の位置が特定できなければ、また奴らが強くなる時間を与えてしまう」
アマリスさんは悩ましげな表情で答えた。
「巣の場所ならある程度予測できると思います」
「本当か? 一体どこなんだ?」
「オクトビーはオレスの花から蜜を集めます。巣を作るとしたら――」
そこまで口から出したところで、僕の脳裏に嫌な想像がよぎった。隣にいたリサさんに
杞憂であって欲しいと願いながら彼女に尋ねる。
「……リサさんの故郷って、どっちの方角ですか?」
「えっ、私の故郷? スタツの街がこっちだから、私の村は……」
リサさんの視線が穴の方に向かう。悪い予感は的中していた。
「うそ……女王が向かった場所って……」
呆然した様子で、穴の方を眺めるリサさん。女王を含めた残りの魔物たちは、彼女の村の方角に逃げて行ったのだ。