プロローグ
カードゲームを知らない人でも楽しめるように書いているつもりですが、もし分からない点などがあれば感想を頂けるとありがたいです。
逆に、カードゲームのことに詳しい人には、こんな展開が見たいなどの感想を頂けると幸いです。
真っ白な天井に、白いカーテン。時々、窓の外に見えていた緑色に染まる木々たちも、その葉を散らし僕の見える世界からまた一つ色が消えていった。木枯らしが吹きすさび、冷たい風が部屋の中に入り込んでくる。
寒い――薄い服しか来ていなかった僕に、冬の訪れを伝えるその一陣の風はとても寒く感じられた。誰か窓を閉めてくれないだろうか。
自分で閉めればいいと思うけど、上半身を起き上がらせることも一苦労するこの体は、まったくと言っていいほど、僕の言うことを聞いてくれないのであった。
自分の左腕から伸びる管を見つめる。その管を目で追っていくと、透明な液体が詰め込まれていたパックに行き当たる。既に、そのパックの中身は空になりつつあった。毎日の日課であるこの退屈な時間は終わりを迎えようとしていた。
もう少し我慢すれば、看護師の人が処理に来てくれるだろう。その時に窓を一緒に締めてもらえればいい。元はと言えば、少しでも外の景色を見たいという僕のワガママで窓を開けたのだから、自業自得というやつだ。
「おいおい、もう冬になるっていうのになんで窓が全開なんだ? 風邪引いても知らねーぞ」
病室の扉が開いたかと思うと、やれやれといった男性の声が聞こえる。男性はそそくさと開いていた窓を閉めると、僕に向かって片手をあげて、ニコッとした笑顔を浮かべた。
「元気にしてたか? 大翔?」
茶髪に染まった髪に、銀色の縁の眼鏡。黒い大きなカバンを手荷物に、病室にやってきたのは僕がもっとも会いたかった人だった。
「今日も来てくれたんだね、叔父さん!」
「おじさんはやめろって、言ってんだろ?」
頭をポリポリと掻きながら、備え付けのイスを手繰り寄せてベッドの右側に座る叔父さん。
「でも、叔父さんはお父さんの弟だよね? だったら、叔父さんでしょ?」
「確かにそうだけど、俺はまだ二十歳なの! 叔父さんって呼ばれる歳じゃないっ!」
叔父さんはお父さんの弟である。二人の歳は一回り離れていて、お父さんは早くに結婚して僕が生まれたから、僕と叔父さんは七歳しか歳が離れていないのである。
叔父さんは二十歳で、僕は一三歳だ。
続柄的には彼のことを叔父さんと呼んでいるが、毎日のように僕の病室に来てくれる彼のことを、本当はお兄ちゃんのように僕は感じている。
恥ずかしいので、そんなことはまったく口に出すつもりはないけど。
「本当にあの堅物の兄貴の息子とは思えねぇな。顔の造りといい、アヤメさんの遺伝子を大量に受け継いで、こんな美人に生んでもらってよかったな」
寝たきりの生活をしているため、僕の身体は線が細い。ガリガリってわけじゃないけど、同年代の男の子たちと比べたら、発育速度は凄く遅れている。
それにお母さんの顔とよく似ていると言われるし、女の子と見間違えられても仕方ないとは思う。
「僕は男だよ? 女の子にモテないからって甥っ子に手を出すのはやめてね?」
「アホか、お前は」
叔父さんからチョップが飛んでくる。僕の体を最大件に労わって繰り出された手刀は、僕の頭の上にポンと置かれた。そのままワシャワシャと髪の毛がなるまで、頭を撫でられる。
「しっかり、綺麗な髪してんな。どうやったら、こんな艶のある黒髪になるんだよ。もうちょっと長かったら、美少女モデルとして十分やっていけるぞお前」
ひとしきり僕の頭を撫で終わると、叔父さんは満足そうな顔を浮かべて、僕に語り掛けてきた。
「そんなに口説いても無理だよ。僕たち、ちゃんと血縁関係の親族同士だし」
「だーかーらー!」
叔父さんが口を大きく開けて、声をあげる。少しからかい過ぎたかも知れない。
「あーあ。せっかく可愛い甥の為に用意したもんがあるのによ……今日発売したばかりの最新弾なのにな……このままもって帰ろうかな……?」
『最新弾』。その言葉を聞いた瞬間に、僕の心臓がひときわ大きく跳ねたのを、全身で感じた。
「叔父さん、買ってきたの!? 本当に!?」
ベッドを揺らすして、叔父さんの言葉に飛びつく。体の言うことが聞いていれば、実際に飛び跳ねて喜んでいただろう。
「本当だよね? 冗談だったとか言わないでね?」
「言うわけないだろ。ここに実物があるんだからよ」
叔父さんは、床に置いていた自身のカバンから両手ほどの大きさの箱を取り出す。荒れ狂う真っ黒なドラゴンが描かれた紙製の箱だ。表面には大きく『逢魔龍、覚醒』と書かれている。
「これがマジックカード・バトラーズの最新弾だ! 朝から並んでなんとか一箱買えたんだからな!」
『マジックカード・バトラーズ』。頭文字をとって『MKB』とも呼ばれる。いわゆるトレーディングカードゲームと呼ばれるもの一つだ。天使や悪魔、ゴブリンやゾンビなど様々な種族のモンスターを召喚して戦うカードゲームである。毎ターン増えていく魔力を上手にやりくりして、決められた相手の生命点を奪った方の勝ちというゲームだ。
世界的に有名なカードゲームであり、世界大会も毎年開催されているほどの人気を持つ。可愛い女の子イラストや、迫力ある怪獣のイラストなど、多種多様なカードたちは男性だけではなく女性からも人気を博している一つの要因だろう。
そんなマジックカード・バトラーズの今日発売したばかりの最新弾を叔父さんは僕の為に買ってきてくれたのである。
「でも、叔父さん。今日はまだ午前中でしょ? 大学はどうしたの?」
「そんなもん、自主休校に決まってんだろ。ほら、そんなことよりさっさとパックを剥いちまおうぜ」
叔父さんは薄いビニールで覆われていた箱を開けると、中から大量のパックを取り出した。このパックの中には五枚ほどのカードがランダムに入っており、お目当てのカードが当たるかどうかは運次第だ。
開けるたびに一喜一憂するのも、パック開封の楽しみの一つなのである。
「まず、一パック目!」
叔父さんは綺麗にパックの袋を開けると、中のカードを取り出す。一枚目から五枚目まで順番に取り出したカードを確認する。残念ながら、一つ目には、僕たちのお目当てのカードは入っていなかった。
「残念、一つ目はゴールドレアさえ出なかったな」
カードには、レア度というのがあり、低い順から、コモン・レア・シルバーレア・ゴールドレア・プラチナレアとある。基本的にはプラチナレアにいくにつれて強力なカードとなっていく。今回僕たちが狙っているのも、プラチナレアのカードだ。
もちろん、強力なカードということはそれだけ当てることが難しい。一箱に三十パック入っているので、今回は累計で百五十枚ほどのカードを手に入れることができるのだが、それでも確実に手に入れることができるとは断言することはできない。
「十パック目ッ! あー、ゴールドレアだったけどダブっちまったな」
今の様に同じカードが当たることはよくある。ランダムだから仕方ないことだけど。
そのあとも、叔父さんはどんどんパックを開けていく。ベッドの隅に置かれたカードはどんどん積まれていくが、お目当てのカードはまったくでなかった。
「二十五パック目ッ! おお、プラチナカードだ! 『蒼き竜の女侍 リンドウ』だって、タイプは龍の巫女だな。大翔、お前のドラゴンデッキで使えよ」
叔父さんは今手に入れたばかりのカードを僕に手渡してくる。白い枠で縁取られたカードの中心には、青い長髪で着物を着た女性の姿が映っていた。手には銀色に輝く刀が握られており、凜とした顔つきは大人びた女性の顔をしている。
「いいの? これ強い効果のカードだよ?」
「いいよ、いいよ。どうせ俺のデッキはドラゴン入ってねーし、お前のデッキだったら使いやすいだろ?」
そう言って、叔父さんは棚に置いてある僕のデッキケースの中に、そのカードを入れてくれた。
「もらえるなら、貰うけど……あとで、返せっていっても返さないからね」
「そんなケチ臭いこと言わねーって。あっ、また『暴食ゾンビ』かよ!」
お目当てのカードを探して、叔父さんはパックを開け続ける。しかし、狙っているカードは全く出る気配がなく――
「二十九パック目ッ! 『暴食ゾンビ』だと……何枚入ってんだよこのカード!」
欲しいものを手に入れることが出来ずにとうとう最後の一つとなってしまった。これ出なければ、もう終わりだ。
「お願いします、お願いします……『ロリっ子スク水メイドのジェイエス』が当たりますように!」
天を仰ぎながら、両手を擦り合わせて、最後のパックに祈りを捧げ続ける叔父さん。そんな危険な名前のカードを当てて欲しいような欲しくないような、複雑な気分で彼のことを眺める。
すると、僕の視線に気が付いたのか、叔父さんは目の前で祈りを捧げ続けていたパックを僕の方に差し出してきた。
「どうせ兄貴が買ってきてくれるとは思うけど、最後の一パック開けるか?」
「いいの? それは叔父さんのでしょ?」
「いいからほら、開けてみろよ。案外、こいつが当たるかも知れないぞ?」
叔父さんはカードたちが入っていた箱の表紙を指さす。箱の表面に描かれているのは、大きな黒い羽根を広げ、天に羽ばたいている様子の黒龍が描かれていた。
今回の目玉モンスターである『覇王逢魔龍 サイカ・オーヴァード』だ。このモンスターは僕のデッキのエースモンスターである『逢魔龍 サイカ』の進化したモンスターだ。僕が発売前からずっと欲しかったカードだった。
喉から手が出るほど、そのカードが欲しかったので、叔父さんがパックを開けているときに、出てしまわないかずっと内心ではヒヤヒヤしていた。
「……お言葉に甘えて開けさせてもらうね」
叔父さんからパックを受け取り、中に入っているカードを傷つけないように慎重に開ける。カードを取り出して、手のひらの上に置く。慎重に、一枚一枚カードを確認する。
そして、五枚目のカードに到着する。白い枠から飛び出しそうなほど、大きく描かれた黒い鱗に覆われたドラゴンが描かれたカードであった。
正しく『覇王逢魔龍 サイカ・オーヴァード』だ。
「オォッ! マジかよ! すげぇな、大翔! コイツ一発で当てやがった!」
自分が当てたように大喜びする叔父さん。僕は一生分の運を使ってしまったのではないかと、震える手をなんとか抑えながら、叔父さんの方にカードを差し出す。
「お前が当てたんだからお前のもんだろ。このカードはお前が使ってくれ」
だが、叔父さんは僕が返したカードを受け取ることはしなかった。逆に僕に持っておけと言われる。
「本当にいいの? このカード僕がもらってもいいの?」
「あーもう! さっきから『いいの? いいの?』って、お前はいいの星人か! 子供らしく『誰にも渡さねぇ! これは俺のものだ!』ってくらい言え! もっとワガママに生きろよな!」
「もっとワガママに……」
叔父さんはそんなことを言うけど、僕は十分ワガママに生き永らえさせてもらっている。両親はこんな僕でも、愛情を持って育ててくれているし、叔父さんは毎日のように僕に会いに来てくれる。
これ以上なにかを望むのは、それこそワガママだろう。
「だったら、叔父さん、僕のデッキ取ってよ」
「ワガママのレベルが低すぎだろ……そういう欲がないところは兄貴そっくりだな」
叔父さんは立ち上がり、ベッドの横に置いてある棚から黒い革で出来た僕のデッキケースを手渡してくれる。僕はそれを受け取り、今手に入れた『サイカ』をデッキの中に咥える。
「これからよろしくね……いや、ちょっと違うか」
このカードは僕が昔から愛用している『逢魔龍 サイカ』に重ねて進化させるカードなのだ。新しく加わった『リンドウ』とは違い初めましてではない。それに『サイカ』だけではなく、他のカードたちも僕にとっては大事な仲間たちだ。
だから、改めて、他のカードたちにも伝えるつもりで言葉を紡ぐ。
「これからもよろしくね」
カードたちを掌に広げて、眺める。よし、早速叔父さんと対戦してみようかな。
「叔父さん――」
「くっ……駄目だ。やっぱり我慢できねぇ!」
僕が呼び掛けようと声を出したと同時に、叔父さんは急に椅子から立ち上がり、拳を握り締めた。黒いカバンを背中に背負うと、病室の入口まで叔父さんは一目散に向かっていく。
「もう一回、買ってくるわ。探し回れば、どっかで見つけれるかも知れん!」
お目当てのカードを当てられなかったことが、相当悔しいらしい。
「わかったよ、僕も疲れてきたから寝るね」
「絶対に『ロリっ子スク水メイドのジェイエス』を当てて、ボコボコにしてやるから覚悟してろよ!」
「楽しみにしてるね」
叔父さんは凄い勢いで病室を飛び出していった。部屋の中は嵐が去ったあとのように、静まり返ってしまった。
僕も話疲れたのか、瞳がだんだんと重たくなっていく。
明日になったら、叔父さんはどんなデッキを作ってくるのかな。楽しみだな。
僕は徐々に閉じられていく瞼に視界を奪われて、意識を失っていく。瞳が完全に閉じ切る前に、手に握り締めた僕のデッキと目が合う。
「僕の……大切な……ドラゴンデッキ……」
静まり返った病室に、設置された医療器具たちからけたたましい音が鳴り響くまでには、そう時間は掛からなかった。
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