ヒーローになる方法
英斗は子供の頃、どこにでもいる少年のように、ヒーローアニメに見入っていた。
人々を苦しめる悪役を、力強く、賢く、鮮やかに倒すヒーロー。時に追い詰められながらも、最後は必ず逆転して平和を取り戻してくれる。
自分もそんな風に戦ってみたい。ある日突然、自分に悪と戦う力が宿ったら⋯⋯そう夢想したことも、ある。
けれど、現実にヒーローになる方法が、どれほどあるというのだろう?
川で溺れた子供を助けたり、道で倒れた老人の介抱をしたり、坂道を暴走するベビーカーを止めたり⋯⋯『勇気ある行動』として讃えられ、かつ現実的なのは、このくらいだろうか。
なにかしらの犯人を捕まえる、というのも思いついたが、一般人の自分に捕まえられる犯人などいるはずがない、と冷静に棄却する。
現実に英斗にできるのは、せいぜい、拾った財布を交番に届けることくらいだろう。
そこまで考えて、自分は悪人と戦いたいわけではないな、と気が付く。
誰かを助けたいのであって、戦って勝ちたいとは別だ。三人の姉に玩具にされて育った彼は、人と争うことを無意識に苦手としていた。
小学生の後半頃になると、ヒーローの夢は、ささやかな憧れに落ち着いた。毎年新たにシリーズが作られるヒーローアニメも見なくなり、父が習わせた空手や、偉人の伝記に夢中になった。
中学生になると、姉の影響で読み始めた、海外のファンタジー小説などに興味が移り変わっていく。
英斗が熱心に読むのを見て、父親が英語版の原作を買い与えた。それを訳読しながら読破するなど、姉たちにもできなかったことを、当時の彼はやり遂げた。それが、どれほど自尊心をくすぐったことか。
それ以来、英斗の夢は翻訳家に決まった。ヒーローとはおよそ縁遠い職業。
高校卒業後は大学に進学し、留学費用を少しでも稼ぐため、アルバイトをしながらひとり暮らしをしている。
今日も、講義とアルバイトを終わらせ、家に帰る。
日が暮れ、すっかり夜になった頃だった。暖かさなどまるで感じられない風に吹かれながら、街灯も少ない道を進む。
その途中。
「おーい、英斗」
背後から、声がかかった。
迷わず振り返る。
暗く、目ですぐにはわからない。けれどよく聞きなれた声だ。
アパートのふたつ隣り、同じ大学に通う同い年の涼が、後ろから歩いてきていた。
その両手がエコバッグで塞がっている。スーパーからの買い物帰りらしいのだが、彼がいつもマイバッグを持ち歩いているのを、英斗は偉いなぁと感じていた。
ところが、今日はそのマイバッグがパンパンで、涼が少しふらつきながら持っている。
「なに買ってきたのー? 美味しい物ー?」
「米!」
「おー⋯⋯、持つよー」
英斗に比べると、涼はちいさいし、細身だ。
英斗は彼に、日頃手料理をご馳走になっている手前、荷物持ちくらいは手伝う気でいた。
ヒーローには遠くとも、「ありがとう、助かる」と言われると、悪い気はしなかった。
2021/03/01
子供の頃の夢、雪女だったことあります。