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パパはアイドル  作者: RU
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第2話

「ハルカ、その腕ンとこ、どしたの?」


 ようやく僕から関心の逸れた親父は、2枚目と3枚目の皿に盛りつけをしている神巫ハルカの二の腕を指差した。


「ヤダナァ、シノさん。話したじゃないですか、新しく買った自転車でコケたんですよ」

「そーだっけ? ちゅーか、昨日の夜は気付かなかったぞ?」

「そりゃ暗かったからですよ…あっ、やめてくださいよぉ、まだ痛いんですから! あ、イタ、イタ、イタイってばシノさん! フライパン落としちゃいますよ!」


 痣をグリグリ押されて、神巫ハルカが悲鳴を上げている。

 でもそんな新鮮な青タンを見て、ウチの親父がチョッカイ出さないワケがないのだから、痣丸見えのノースリーブなんか着ている方が悪いのだ。

 もっとも神巫ハルカの場合、親父に痣を押されるのも一種の楽しみというか、マゾっぽい悦びなのかもしれないが。

 だいたい「昨日の夜は気付かなかった」なんていう親父の台詞からして、神巫ハルカは昨夜「お泊まりコース」だったに違いない。

 少なくとも昨日の夕方、地下のスタジオから出てきた時は、親父は一人きりだった。

 僕が部屋に入った後…もしくは寝てしまってから、勝手に訊ねてきたンだか、親父に呼び出されたンだか、したんだろう。

 親父はミュージシャンでロックヴォーカル、神巫ハルカはギタリストで、親父のサポートバンドの一人なのだ。

 で、この親父。

 年中オトコをベッドに引っ張り込む、実に悪い性癖がある。

 高校受験を間近に控えるような年齢になれば、それがどういう意味なのか解らないワケじゃない。

 しかし、僕という息子がいる…という事実からするに、親父は生粋のホモというワケでも無い…らしい。

 少なくとも僕の母親と結婚したのだし、オマケにちゃんと、母を愛していたのだ(たぶん)。

 世間的な評判では、親父は「カリスマミュージシャン」だの「孤高のヴォーカリスト」だのと呼ばれ、早い話が自他共に認める「大物」ってヤツらしいが。

 でも生まれた時からずっと一緒にいる僕には、親父のネームバリューの大きさはサッパリ分からない。

 僕の親父に対するイメージは「人格壊れ気味で底抜けに甘党な始末に負えない自己中男」でしかないし、これが我が家の事実なのだ。

 一口一口を辟易しながら食わねばならない甘味なフレンチトーストを、親父は早々にペロリと平らげて、着々と2枚目の製造に取りかかっている。

 こういう場合の親父のマメさは普通じゃない。というか、親父はマメと無精がモノスゴク極端な男だ。

 己の食べる甘味食の製造ともなれば、頭部に見えない黒い触覚がニョッキリと生えて、丁寧に卵黄を撹拌したり隠し味にコンデンスミルクを練り混んだりエッセンスを垂らしたりと、一手間どころか二手間三手間掛けることも惜しまない。

 が、食事が終われば後の片付けなんて、絶対やりゃしないのだ。

 神巫ハルカなどに言わせると、仕事の時の親父は丁度飯を作っている時と同じ状態らしく、絶対に手を抜かない、完璧を探求する男らしい。

 だがオフを過ごす時は、それこそテレビのリモコンの操作すら億劫がる、激烈不精者だ。


「ねぇ桃ちゃん、今日さぁ」

「桃ちゃん呼ぶな!」

「どしたの桃ちゃん、今日は虫の居所悪いね?」

「さっきまでは全然悪くなかったけどね!」

「それってアレだな、寝起き悪いのきっと俺のDNAだ。桃ちゃんは実に寝起きが良くて、いつだってパパより先に起きて、パパ好みの激うま朝ごはんを作ってくれたもんだよ。あー思い出すとナミダ出ちゃうなぁ、桃ちゃんお手製の、愛情たぁ〜っぷりのモーニング・セット…」


 半ばウワゴトに近い親父の発言は、自分のカミサン(つまり僕の母親)と息子(つまり僕)を同じニックネームで呼ぶので、モノスゴク分かりづらい。

 先にも述べた通り、この親父はホモのクセに、カミサンが居たのだ。

 なぜ過去形なのかというと、僕の母親は息子(つまり僕)を出産した時に、他界したからだ。

 親父はミュージシャンなどというヤクザな商売をしていて、若い頃から写真はもちろんVTRも腐るほどあって、例え僕の生まれる前に親父が死んでいたとしても、その姿形を見るには事欠かない状態だ。

 しかし親父は、最愛のヒトであるカミサンをマスコミから徹底的にガードしていて、超大物ミュージシャンの妻であるにも関わらず、母さんの顔写真はいわゆるパパラッチじみた写真週刊誌の記者が撮った顔の判別のままならないようなピンぼけしか世間には出回っていない。

 オマケにこの親父、自分はカメラが大好きでヒマな時はずっとカメラを弄り回しているし、自宅に暗室まで作ってるようなカメラオタクなのにも関わらず、カミサンの写真はほとんど撮ってない。

 つまりそれがどういう事かというと、僕は母親の顔をモノスゴク偏った数枚の写真でしか知らないのである。

 子供の頃、親父にその事を訊ねたら「桃ちゃんの美しさは印画紙如きに焼き付けられるモンじゃない!」とか言っていた。

 だがこの親父、僕の写真は、ヒマさえあれば撮って撮って撮りまくっているのだ。

 この親父が何を考えているのか、ちゃんと解る人がいたらぜひ解説して欲しい。


「桃ちゃんはさぁ」

「もう母さんの話は良いよ!」

「ママ、だよ」

「だからもういいって!」

「ママ、でしょ?」

「…………………」

「マ〜マ」

「分かったよ! ママの話はもう良いってばっ!」

「いや俺ももう桃ちゃんの話はしてなくて、桃ちゃんに話しかけてるんだよ」


 すっかりウンザリして、僕はもう返事をしなかった。

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