008 仮名
(なんだこりゃ)
学校に戻った伊作は学校の昇降口のガラスが割れているのを発見して真っ先に保健室へ向かう。
(俺がいない間に何かあったに違いない、思ったより時間かかっちまったし)
腕時計を確認しながら保健室の扉を開けるとそこには手かせの少女しかいなかった。
「日月さんはどこに?」
「知らない……ここで待ってて……そう言った……」
少女は日月に言われた通りベッドの上に座ったまま動いておらず、伊作が学校を出てコンビニへ向かう前から同じ場所にいる。
伊作は手に持っている荷物を少女に渡して保健室を出て廊下を歩く。
(なにがあったんだ?)
探すまでもなく手掛かりがそこかしこに散らばっていた。
割れた窓ガラスや傷ついた壁、そして大量の血液。
折れた剣を握り締めて血液を辿って行くと、体育館に辿り着く。
(マジかよ……これって)
体育館は大量の飛び散っている血液、そして甲殻類のような者のノコギリ形の腕が落ちていた。
ノコギリの断面は切断ではなく叩き割られたという表現に近い状態。
肩を貫かれて混乱していたためしっかりと見ていたわけではないが、手に取ってみると確かに自分の腹部を切り裂いたものたと確信する。
(まさか日月があのカニ野郎をやったのか?)
伊作は多少の危険を承知で大声を出してみることにした。
「日月さん!いますかー!」
返事はなく、辺りを歩いてみるが姿も見えず音も聞えないので広がる血をよく観察してみる。
すると血痕が外へ続いているのが分かったので、それを辿ると学校を出て道路のはるか向こう側へ続いていた。
(こりゃ追いかけるのめんどくせぇな)
痕跡を辿って日月を見つけるのは諦めて保健室に戻る。
そしてベッドに座る少女に目線を合わせて話をする。
「僕は一度自宅に帰ろうと思います、一緒に来ますか?」
伊作は生きているかもわからない日月を探すほどの愛着もなければ義務や義理なども感じてはいなかった。
なのでとりあえず一度態勢を整えるために自宅に帰ることにした今、確実に生きていて目の前にいる少女をどうするかは本人に聞く。
「日月は……?」
「行方もいつ戻るかもわかりません、なので書置きをして定期的にここへ確認に来ます、そうすればいつかは会えるでしょう」
(日月に戻って来る気があればだが)
「もちろんここで日月さんを待ってても良いですよ、僕もたまに様子を見に来ますから」
左腕が獣のように変化してグールを殺害した様子と拘束具のように見える手かせから伊作にとってこの少女は正体不明で恐怖の対象。
いくら不死身とて痛みは可能な限り避けたいものであり、もし獣の腕の力で暴れられればそれを防ぐ術はないので自宅を破壊されるだろう。
そういったリスクを踏まえた上で問いかける。
「どうしたいですか?」
その言葉を聴いた少女は少しの間「うーん……」と唸りながら考え、そしてふと伊作の顔を見つめる。
まじまじと顔を覗き込む少女の表情は不思議なものを見るような、観察するような表情だった。
「な、なんですか?」
「行く……一緒に……」
「はぁ、そうですか」
(なんだったんだ今のは)
少女に観察された意味がわからなかったが、何にしろ自宅に連れて帰ることになった。
「それじゃあ食料とかの荷物は君が……君のことはなんて呼べば良いんですか?」
「かわいいやつ……」
「はい?」
「日月が可愛いのがいいって……」
(なんのこっちゃわかんねぇ、日月が呼び方考えようとしてたのか?)
そう察したがこの場に日月はいないので一時的に使う適当な呼び方を考える。
外見の特徴からそれらしいのをつけようと思ったが、外見に特徴がありすぎて決めかねるので伊作が一番気にかけている物から付けることにする。
「そうですね……とりあえず紅と呼んでもいいですか?」
「くれない……?」
「その手かせに書いてある文字に似てる漢字から考えたんですが、気に入りませんか?」
「ううん……クレナイ……可愛い……」
(可愛いか?)
「まあ日月さんとはすぐに合流できると思いますし、その時は手かせを外してちゃんとした名前を考えてもらいましょうね」
手かせの少女改めクレナイに荷物を持たせ、伊作はメモと食料品をベッドの上に置く。
そして折れた剣をズボンのベルトに差し込んで予備の武器とし、主武装として拾った腕ノコギリを持った。
「行きましょう、クレナイさん」
「うん……」