006 おかえり
(自分から探すと見つからないもんだな)
南側へ歩くこと10分。
視界に入るのはごく普通の建造物ばかりなためか世界が異常な事態になっている実感があまり持てない。
(モンスター殺すなら1体で行動してるやつかグールより手頃なサイズのやつが理想だ、さすがにこの武器じゃあまともに戦える気がしないし無傷じゃ済まない)
剣が刺さったままのグールを手かせの少女が殴り殺した時、剣が折れていたためおよそ剣とは言えない長さになっていた。
そして伊作がこの数時間の間に経験したことから学んだのは数には勝てないということ。
グール1体はそこまで強くはないが、それでも全力で襲ってくる相手に対して無傷で済む気はしていない。
実際初めてグールを殺した時は脇腹に傷を負い、教室で4体のグールを相手にした時は1体を不意打ち、2体目に関しては何の計画もないゴリ押しで倒した。
(単独の弱いモンスターを不意打ちでブチ殺してやる)
そう思いながらもモンスターは現れないまま目的のコンビニに到着してしまった。
「誰かいますか?」
声をかけるが返事も物音も聞えない。
店内は特に荒らされた様子もなく、電気が通っていない事以外はただ人がいないだけ。
(一度やってみたかったんだよな、買い物かごに好きなだけ商品入れて金払わないで出るの)
手に取った買い物かごに片端から商品を入れていこうかと思ったが、徒歩で運ぶので重すぎるといざモンスターに出くわした時に疲れているのはマズいと考えて必要最低限のものだけを入れる。
(飲み物は適当、食べ物は軽くてカロリー高いやつでいいか、特に注文されたわけでもないし)
手かせの少女用の日用品と持っていて苦痛にならない程度の重さの食料を入れてコンビニを出た。
(災害とかで店員がいない店の商品を持って行く場合は金と連絡先を残して行くもんらしいが、実際一々そんなことやる奴いねぇよなぁ……)
荷物が増えた状態で歩くのは予想より疲れるのが早かったので近くの公園のベンチに腰掛けて休む。
いつモンスターが現れるかわからない以上は適度に体を休めながら焦らず移動する。
「ふぅ~……はぁ~あ……」
持ってきた飲み物を飲んで深く息を吐く。
(なんか落ち着くなぁ……他に人がいないってのはこんなに良いもんなのか)
普段なら絶え間なく聞えるはずの自動車や室外機の音、人の足音などは一切聞えない。
風や自分の出す音以外は聞えない心地よさに浸る時間も束の間、何者かの足音が聞えて伊作は折れた直剣を握り閉めて身を隠す。
(グールみたいな爪の音ではないが普通の靴とも少し違う……今朝会った騎士が乗ってた馬に近いような気がする)
足音から判別するまでもなく、その音を出す者が視界に入る。
(なんだありゃ?)
伊作が目にしたのは2メートルはあろうかという身長と全身が甲殻類を想わせる赤黒い甲羅で覆われている異型の姿。
両腕は長く鋭い槍のようになっていて頭部は目も口も鼻もないヘルメット顔。
(絶対人間じゃねえし殺傷力高そうな外見からして友好的とは思えねぇ)
グールとは違って体が大きく硬そうであることがら不意打ちでも勝てそうにないと判断した伊作はそのまま隠れてやり過ごすことにする。
『おまえ、何者だ?』
突然声を出した甲殻類のような者はゆっくりと伊作の方に体を向けて歩み寄る。
(なんで気づかれたんだ!?)
言語を発していることから会話が可能だろうと思い、同時に発見されてしまっているのなら逃げる準備をしようと立ち上がって姿を見せる。
「えーっと、僕は――」
話しつつ隙を見て逃げようとしたが、常人の反射神経をはるかに上回る速度で伊作に急接近。
槍のように尖った左腕を伊作の右肩に突き刺して持ち上げた。
「い”っ!?があああああああ”あ”あ”!」
『やはり……』
自分が何をされたのかを理解するよりも前に強烈な痛みで悶絶する。
『お前たちはこの世界、この宇宙に存在してはならない、お前のような反吐の出る生ゴミ共が息をしているだけで苦しむ者がいる』
「クッソがァァァ!」
肩に刺さるものに噛み付くが全くの無意味。
『泣いて命乞いをするより無意味に足掻く、お前のような輩は自らが幸福になることよりも他者が不幸になることを望むのだろうな』
「ざけんなクソボケぁ!」
冷静でない伊作に言葉は届かず、ひたすら暴れる。
そして痛みでまともな思考ができない頭で思いついたのは関節技。
伊作が刺さっているものに足を絡めようとしたところで甲殻類のような者は右腕をノコギリのような形状に変化させ、伊作の腹部をゆっくりと引き裂いた。
「カハッ……」
『痛みに悶え、死に恐怖しながら朽ち果てろ、異端の糞袋めが』
言葉を吐き捨てて甲殻類のような者は去って行った。
「ごぶっ!おえっ……!」
体内から出てくる血液を吐き出しながら必死に呼吸をしよとする。
(痛い……痛みで体を動かせない……)
ボヤける視界で自分の腹部を見ると、明らかに内臓のようなものが見える。
(クソが!クソが!ふざけるな!あのカニ野郎絶対ブチ殺してやる!)
その強い意志も出血には無力。
憎しみを抱きながら死が迫るのを実感していた時。
何者かが伊作の手を握った。
(誰だ?温かい……人間なのか?)
そして次の瞬間。
自分の首に何かが刺さる感触を感じたのを最後に伊作はこと切れた。
「おかえりなさい……また……来てしまわれたのですね……」