005 南へ
伊作は屋上から周辺の様子確認した後に助けた――あるいは助けてくれた――幼い少女を連れて再び保健室に来た。
そして少女に何者かと質問して「わからない」と返事をされた後、日月が駆けつけるまでの間に起きた現象を思い出す。
(初めてグールを殺した時にも流れ込んできたあの赤黒い煙……)
教室で四体のグールの内、二体を殺した時には何も起こらなかった。
しかし少女が残りの二体を殺した後に赤黒い煙が伊作と少女それぞれに二体分流れ込んだ。
(モンスターを殺す、そして近くにいる……敵対しているモンスターがいなくなるとあの煙が出るのか?)
赤黒い煙の正体は分からないが、それが体内に入ってきた時の爽快感が頭から離れない。
モンスターを探し出してもう一度殺してみようかなどと考えながらベッドに座って保健室を見回す少女を見る。
(この子は俺や日月と違う、あの騎士みたいな奴に近い存在である気はする)
真っ白な髪と褐色の肌はまだしも、黄色い目と猫のような縦の瞳と肉食獣を思わせる尖った歯などはおおよそ普通の人間とは言いがたい特徴を持つ容姿。
しかし伊作が一番気になったのは容姿ではなく、右腕に付いている手かせ。
「右手のそれ、少し見せてもらえますか?」
「かまわない……」
特に嫌がったり理由を聞いてきたりすることもなく伊作に右腕を差し出す。
普通の手錠や拘束具とは違って鍵穴や鋲のようなものが存在していないそれは、外すことが想定されていない作りであることが見て取れる。
それに繋がっている鎖は目を凝らすととても薄くではあるが炎のような模様が入っているのが分かる。
「痛くないんですか?」
「別に……」
「そうですか、ん?これは……紅?」
「くれない……?」
漢字の紅に似てはいるが微妙に違う文字が手かせに書いてあった。
「うぃーただいまッス」
「服はありましたか?」
「体育着とかはあるんスけど、その子に合いそうな靴はなかったッスね」
少女が身に着けているのは手かせとボロボロの布だけであったため日月が着られそうなものを探していた。
そして持ってきた体育着は少女の体格より少し大きいが着られないほどではない。
「この手かせ邪魔なんスけど外せないんスか?」
「ボルトカッターがあれば切れそうな薄さですけど、学校にあるかわからないのでなんとも」
それを聞いた日月はとりあえず少女に着せた体育着の袖を手かせの下に通してクッションにしようとした。
すると少女の手首にピッタリと合っていた手かせは間に入ってきた袖に合わせて大きさが変化した。
「なにこれすごい」
(なぜ自在に大きさを変えてまでこの子に鎖を繋げるんだ?)
伊作は目の前の少女がグール二体をいとも簡単に殺害していた獣のような左腕のことを思い出して警戒心が強くなる。
「えっと、今更ですが君の名前を教えてくれませんか?僕は伊作です」
「なまえ……わからない……」
「そうですか」
(胡散くせぇなぁ)
正体不明の少女への疑いと警戒はなくならないが、少なくとも今は敵対的な様子ではないので刺激しないように心がけて別の問題を考える。
「日月さん、僕は少し外を歩いて来るのでその間学校に使えそうなものがないか見ておいて欲しいのですが」
「はえ?なんでわざわざ外出るんスか?」
「お腹が空いたので屋上から見えたコンビニに行って見ようかと」
「食い物なら学校に非常食とかあるんじゃないッスか?」
「そういう保存が利きそうなものはなるべく食べずにとっておきたいので」
伊作は屋上から見た景色から今までの文明的な生活はできなくなると思った。
色々な超常現象を目の当たりにしている以上寝て起きたら突然全てが元通りになっているかもしれないとも思うが、伊作はそんなことを望んではいなかった。
どうか世界がめちゃくちゃなままであって欲しいと願いながら、これからに備えることにする。
「そッスか、あっ!南側のマンションあるじゃないッスか、あっち方面になんか人っぽいようなモンスターっぽいようなマント着た変なのが屋上から見えたんで気をつけて」
「わかりました、行ってきます」
「いってら」
(よし、南側だな!)
モンスターを殺した時に出る赤黒い煙をもう一度体験するためにあえて南側からコンビニへ向かうことにした。
武器を手に、殺意を胸に抱いてワクワクしながら学校を出た。
(出て来いモンスター、ぶっ殺してやるぞ!)