039 羊
五日目の朝。
「それでは僕たちはそろそろ」
「おう、気をつけろよな」
海に面していて多少だが船があり陸側は開けた平野で囲まれている漁村は敵を発見しやすく、ヘートヴィヒの弓やゲルルフの馬などが活かせるというとても拠点に適した地形であるため、移住はせず岩沢が自動車でスーパーにある食料を漁村に運搬していた。
伊作と燈一はそれに同乗してモンスター狩りをしに来た。
「行きますよ燈一さん」
「あ、うん」
岩沢の護衛としてついてきたゲルルフが伊作に布の小さな袋を渡す。
「なにかあったらこれを燃やすといい、黄色い狼煙が上がる、それを見たら私かソルヴィが駆けつけるからな」
「わかりました」
布袋を受け取ってポケットに入れた伊作は歩き出し、燈一はそれについて行って岩沢たちのいるスーパーからどんどん離れる。
心配をかけないようゲルルフにはモンスター狩りではなく周辺の調査と言って出てきていたので銃声が聞えないくらい離れたところで二人は改めて相談する。
「さて、改めて確認しますが燈一さんが報酬を得るのに必要な達成条件は燈一さんがモンスターを殺すことですよね?」
「紙にはそう書いてあるけど……それが?」
「僕の場合、美音さんを助けた時じゃなく代名という人を助けた時に報酬が得られたのでただ倒すだけではないかもしれません」
「えっと、つまり?」
伊作はスーパーから調達した物を入れたリュックを燈一に背負わせ、続いて拳銃と予備の弾薬を渡しながら話す。
「燈一さん一人でモンスターを殺さなければいけないかもしれないので、弾薬は銃に装填された7発と予備の7発、大事に使ってください」
以前に大男を殺した時は大男に攻撃した二人に螺旋煙が流れ込んだ。
つまり燈一と伊作の二人が敵にダメージを与えていた場合は”一緒に殺した”という判定になってしまうのではないかと考えた。
そのため達成条件であるモンスターの殺害は二人でやっても意味がないかもしれない。
「なるほど……んで肝心のモンスターはどうやって探すんだ?」
「歩いて」
「えぇ……」
「動物の狩りなら先人知恵を調べれば習性がわかりますが相手はモンスターですからね、適当に歩きつつ地形や建物を覚えましょう」
二人はモンスターを求めて歩き回るが自分から探すと見つからないもので、それなりに歩いたところで体力のない燈一のために休憩する。
同年代の中でも背が低い方の燈一と普通に背が高い伊作の体格差に加え、普段から体を動かす機会の多かった伊作と自宅に引き篭もっていた燈一とでは歩幅も体力もかなりの差がある。
「ごめん、俺が体力ないせいで休憩ばっかり……」
「気にしなくていいですよ」
(小学生の頃は走り回っても全然平気だったのに……体重が増えたせいってのもあるだろうけど肺活量も衰えないか俺)
「こんなんで俺にモンスター狩りできんのかなぁ……」
「さあ、気楽に休みながら探しましょう、体力はすぐ手に入りませんが報酬はすぐ入手できるかもしれませんし」
気遣うような発言をする伊作の表情はあまり機嫌が良さそうではないが、燈一にとっては表情で本性が読み取れるだけ接しやすい部類のタイプ。
正田のように言動も表情も一貫して善良に見える人間はむしろ信用できないと感じるので、この男と二人きりはそこまで苦ではない。
「しかしこの辺りは建物が全体的に低いですね、高層ビルの類が一つも見当たらない」
同じような高さの建物が並んでいるので高所から見渡すことができない。
この辺りでモンスターを探すには足に頼るしかなくてしんどいな、と思っているうちに呼吸が落ち着くのを感じているが再び歩くのが嫌で伊作にはもう歩けるとは言えない。
「どうしました?」
「あ、いや……」
燈一の視線に気づいた伊作はなにか言いたい事があるのかと感じ、問われた燈一は何を言うべきか迷っていると何かに気づいた伊作は立ち上がって視線を泳がせる。
「どした?」
「なにか飛んでいたような……見に行きましょうか」
「え?あ、うん」
見えた気がしたものを追いかけて歩き続け、民家が立ち並ぶ背の低い建物ばかりの場所に来たところで先行する伊作が曲がり角の先を見て目を見開いた。
「どうし――」
「銃を出して!」
「は?え!?」
銃を出すように指示した伊作は曲がり角を走って行き、なにがなんだか分からない燈一はよくわからないままポケットの拳銃を取り出して後に続く。
(あれは!)
伊作が向かって行く先にいるのは油っぽい光沢のあるクジラのような肌、頭部には内側に向く二本の角、顔面は目や鼻や口などおよそ顔呼ぶのに必要なものがないコウモリのような翼を生やす異型の怪物。
(アンゲーリカのいたところで伊作が前に戦ったっていう……確かナイトゴーントだ)
道の先にある十字路にそのナイトゴーント、そしてそれに迫りよられている耳の長い少女がいた。
「こ、これ以上近づいたら……容赦しない!」
「こっちを見ろォ!」
左手をかざしながら後ずさっている少女は会話を試みているが、会話などできないと知っている伊作はターゲットを自分に向けさせるために声を張り上げる。
声に気づいたナイトゴーントが振り向いた時には既にノコギリの間合い、振り下ろされたノコギリが翼に命中。
攻撃されたナイトゴーントはとりあえず飛んで逃げようとするものの、ノコギリに翼を引き裂かれてちゃんと飛ぶのが困難になったので走って逃げて近くの塀を登る。
「燈一さん撃って!」
(マジかよ当たるかな……あっ、そうだった能力!)
銃を構えて撃鉄を起こしたところで能力のことを思い出して急いで能力を使う。
しかし能力を発動して周囲がゆっくりに見えた頃には既にナイトゴーントが傍の塀を乗り越えかけていた。
(距離は10メートル以上、スローに見えていても素人が動く相手を拳銃で当てられる距離じゃないよな……撃つけどさ)
弾薬の無駄遣いになる可能性もあったが、撃てと言われているし弾にも余裕があるので撃ってみる。
パァン!パァン!
一発目は塀に当たり、二発目は薄い翼に命中したが致命傷ではない。
しっかりダメージを与えられそうな上半身は完全に塀の向こう側に隠れているので撃つのをやめる。
「ごめん、当てられなかった」
「追いかけたいところですが、そうもいきませんね」
伊作が視線を向けたのは怯えている少女。
突然現れたノコギリを持つ男と大きな音を出す道具を持った少年に怯えている。
「あのぅ……あなたたちは……」
「安心してください、僕たちは――」
せっかくモンスター狩りに来たけど保護するために漁村へ戻らないといけないのかなどと思った燈一の耳に大きな音が聞えた。
ダァーン!
(え?)
その音が銃声だと気づいたのは血を流した伊作の姿を目にした後だった。
「ヒット」
建物の屋上でそう呟きながら銃の排莢を行う一人の老人。
「今あなたが撃った少年、以前にも会ったことがありますわ」
そして隣に立つ山羊のような頭をした女。
「ほう、あそこにいたということは見逃したのか?」
「いいえ、どうにかしてナイトゴーントから逃げ切ったようで」
「そうか、だがもう逃げることはできまい……負傷したあの少年は脅威でない、もう一人の少年は拳銃を持っていたが射程で私が有利、あの女の子はどうだ?」
「何らかの魔法を使おうとしていましたが問題ないですわ」
それを聞いた老人は弾薬を装填した銃を構える。
「反撃の手段なしか、ならばあの子供達は……羊だ」




