032 はじめての迷宮2
「あ?まさかあなたも」
「そ、私も第一世代、着替えてたら突然迷宮の入り口が出てきてつい入っちゃった」
(てっきり第二世代だと思ってた……第一世代ってことはこの人もなんか能力があるよな)
燈一も何かしらの能力を有しているというのは知っているが、傍から見てわかるような能力は今のところ確認できていない。
「しっかし君モンスター殺すのずいぶんと楽しそうだったねえ」
「え?まさか……必死だっただけですよ」
「ははは、まあそういうことにしておこっか」
笑っているような声を出しているが口元だけしか変化していない作り笑いと、モンスターとはいえ抵抗できない相手に対して一方的に暴力を振るう姿を見たというのに何も感じていない態度には伊作でも不信感を抱く。
「私はこれからこの迷宮のボスを討伐するつもりなんだけど一緒にやるよねえ?」
「え、ええ……もちろんです」
(なんか違和感あるなこの人)
やたらと観察するように見てくる割には人に対して無関心な表情をしており、発言にも相手がどうするか既に分かった上で質問しているふしがある。
「私は代名麻衣子、聞いたことあるかな?」
「僕は伊作です、存じてませんが……有名な人なんですか?」
「そういうわけじゃないよ、ただまあうん、よろしく伊作君」
(芸能人って感じでもないしなんだ?流行の動画配信者とか?)
自分の名前を聞いた伊作の反応を窺うことに少し不信感が増す。
「君の武器はそのノコギリ以外にある?」
「ナイフと拳銃を持ってます、拳銃は弾がほとんどありませんが」
「へぇ拳銃、それ見せて欲しいなあ」
伊作は「どうぞ」と言って拳銃を渡す。
相手が友好的かどうかを調べるために現在自分が持っている中で一番強力な武器を渡して反応を試す。
もし拳銃を使って自分を撃ったりしても不死身なので問題はなく、拳銃を奪って逃げられても郷にもう一丁拳銃を保管しているので問題ない。
(迷宮から逃げることは簡単じゃないだろうが俺は郷に逃げることができる)
「銃は詳しくないけどあまり威力がありそうには見えないねえ、君の持つ武器で一番威力が高いのはこれなの?」
「はい」
「なるほどねえ」
見終わった拳銃は何事もなく伊作に返した。
「よし、それじゃあボスを見つけよう」
「見つけるって……どうやってですか?」
代名が指すのは伊作が来た方向とは別の方向にある草木が枯れた道だった。
そしてその枯れた道は先ほど殺したモンスターから出た螺旋煙が飛んでいった方向と一致している。
「この迷宮に来た時にも怪物を一体殺したんだけど煙は流れ込んで来なかった、私の方向感覚が正しければ怪物から出る煙は同じ方向に行ってる」
「その先にボスがいるということですか」
「かもしれないねえ」
もちろんだたの推測であり確証などないが、迷宮という未知の空間でいつもと違うことが起きたならばなんでも確かめてみるしかない。
枯れた道を代名が先行して辿り、伊作がその後ろを付いて歩く。
(この人結構体力あるな、悪路を歩きなれてる感じがある)
先行する代名は長く歩いても呼吸が乱れず、足運びも疲れにくい道を選んで歩いているが向かっている方角からズレていない。
それなりに歩いて伊作の呼吸が乱れてきたところで代名は足を止める。
「少し休もっか」
「気を使っていただかなくても大丈夫ですよ」
「不意にモンスターに襲われたけど疲れて動けませーん、なんてことがないようにしないとねえ」
「なるほど」
一人の時であればいつ襲われても郷に逃げられるが、他人がいる今はそうもいかないので言われた通り休憩する。
「ところで伊作君はどんな報酬が貰えるの?」
「え?」
「ほらこれ」
代名はポケットから取り出した紙を見せ、それを見てなんの話か理解する。
「ああ、救助報酬の紙って第一世代全員受け取ってるんですね」
「救助報酬?討伐報酬じゃなくって?」
「迷宮のほうですか?」
「いやそれでもなくてこの……おっと」
持っている紙を見せようとしたが何かに気づいて動きを止め、その反応を見た伊作も近づいて来る者の気配に気づく。
最初に感じたのは腐臭、続いてバキバキと枝を折りながら進む足音と金属音が聞こえ、音の大きさからどの方向にいるかがすぐに分かる。
「しー」
代名が伊作に向かって口元に人差し指をあてる仕草をすると立ち上がって木に隠れる。
伊作も同じように隠れて様子を窺うとすぐにモンスターが姿を現した。
「シャァァァ……」
それは3メートル近い巨体の人型、皮膚は爬虫類に似ており手足と尻尾はトカゲのようだが、頭部が爛れて目や鼻は見えず、骨がむき出しになっている箇所が多く存在する。
左足に鎖が繋がれており、それを引き摺ることで金属音が出ていた。
(あの足かせ……)
攻撃を仕掛けようか迷って代名を見てみると、代名は黙って首を横に振る。
具体的にどういう意味なのか分からないのでなにもせずじっとしているとモンスターは通り過ぎて行き見えなくなった。
「あの怪物が標的のルミルで間違いないね」
「なぜ分かるんですか?」
「ほらこれ」
見せてきたのは迷宮の紙。
標的:腐蝕獣の楔ルミル
難度:一人では難しいだろうな
報酬:耐火の首飾り
位置:発見済み
位置の部分が距離ではなく発見済みとなっている。
「この位置っていうのは迷宮の入り口を指すものらしくて迷宮内だと何も書かれてないんだけど、標的を見つけると発見済みって出るんだよ」
「どうせなら標的の距離を書いてて欲しいもんですね」
「まったくだねえ」
(ん?ちょっとまてよ、なんで紙の位置のとこに発見済みって出ること知ってんだ)
「代名さん、迷宮の経験があるんですか?」
「あるよ、その時は標的以外の怪物がいなかったからそんなに苦労してないけどねえ」
「へぇ、それじゃあ経験者からして今回の標的は勝てそうですか?」
そう問われた代名は再び作った笑顔を見せた。
「ははは、そうだねえ……私一人ならたぶん、君が協力してくれるなら絶対に勝てるよ」