030 第二世代
「そんな話を信じろって?バカにしてんの?」
パニック状態だった女を落ち着かせてからこの世界におけるモンスターや騎士の存在など、生存に役立ちそうなことだけを教えてから青年の死体について説明。
「――っていうわけで僕が殺したわけじゃないんです」
まず青年が突然襲い掛かってきて、それを背後から別の何者かが突き刺して殺し、モンスターに対抗するために使えそうなものを探っていたということにして話した。
「それが本当だったとしても死人から物を取るなんて……気持ち悪いっ」
(そんなこと気にしてもなぁ)
「とりあえずここは安全じゃないので移動しましょう、いいですね?」
「ちっ……」
舌打ちをしてから否定も肯定もせず黙っているが、伊作が歩き出すと後ろを付いて来る。
否定して見捨てられるのは嫌だが、肯定したことで胡散臭い少年の言う事を聞いたようになるのも嫌だという意識の現われだった。
「あなたはここに来てから……あー、僕の名前は伊作です、あなたの名前は?」
「いさくって苗字?名前?」
「名前ですが、それがなにか?」
とても怪しむような表情で伊作を見つめてから溜め息交じりに名乗る。
「別に……美音よ、さんを付けなさい」
(最初からさん付けて呼ぶつもりだけど要求されると腹立つなぁ)
徐々に苛立ちが積もるがポケットに入っていた報酬の紙を見ても変化はなく、報酬が現れた様子もない。
つまりまだ達成条件はクリアしていない可能性が高いので、もう少し様子を見る。
「美音さんはいつ頃から世界がおかしくなったことに気づきましたか?」
「アンタを見つけるほんの五分前、いつのまにか知らない場所にいたし」
(っつーことはやっぱり代理人の言ってた第二世代ってやつか)
「他に誰か見かけませんでしたか?」
「別にみてな……見たわ」
「どこで?」
「あそこ」
美音が指差す方向にある総合スーパーの屋上に双眼鏡のようなもので遠くを見ている人物がいた。
向こうは双眼鏡を覗きっぱなしで二人に気づかない。
「これ持っててください」
自動ドアをこじ開けるためにノコギリを美音に渡そうとするが、両手を組んで伊作を睨んだまま何もしない。
その態度にイラっとしつつもノコギリを地面に置いて自動ドアを力任せに開けてスーパーの中に入るが中には誰もおらず、商品もそのままだった。
屋上へ向かう途中の非常階段は薄暗く、電気が通っていないため冷凍が必要な商品はどうしようもないであろうことが窺える。
「ちょっとアンタ歩くの早い、こっちは階段辛いんだから」
「そうですか、わかりました」
歩くペースを合わせてみるとかなり遅く、これではモンスターに襲われた時どうするんだと思いながら屋上前に来たところで立ち止まる。
「美音さんはここで待っててください」
「は?なんで?」
「相手がもし友好的でなかったら危ないので、僕一人で会ってみます」
「私が足手まといって言いたいわけ?」
(実際そうだろ)
「危なそうなら合図を送るのでここで静かにしててください」
それだけ言い残して伊作一人で屋上へ出てみるとそこには二人の男性がおり、近づくと足音で気づかれるが気にせず愛想良く振舞う。
「おはようございます」
「どうも、まだ人がいたんだね」
一人はカメラを持ったおとなしそうな少年であり、カメラが遠目には双眼鏡に見えていたらしい。
「あんちゃんもここら辺の人じゃねえよな?」
もう一人の青年は伊作より少し年上くらいの年齢で皮製の上着を着ているいかにも不良的な外見。
手に持っているノコギリを警戒してなのか、少年との間に割り込むようにして前に出る。
「ええ、僕は食べ物を求めてさまよっていたら偶然ここを見つけて」
「あっちのおねえちゃんもか?」
「あ?」
青年が指差す方を見ると美音が歩いて来ていた。
(なにしてんだあいつ)
もしあの少年と青年が有害であった場合のために姿を隠させていたのに、有害か無害かの確認もできていない段階で姿を晒した。
「ここにいんのはアンタらだけ?」
「もう一人いたよ、着替えて来るって二階に行ったけど」
「二階は安全なんですか?」
「安全?むしろ危険なことってあるの?」
「人がいなくて電気通ってなくて土地ぐちゃぐちゃで、これ以上なんかあんのか?」
(そうか、第二世代はこっちの世界に来たばっかりだからモンスターのこと知らねぇんだ)
「なんて言うかアレ……凶暴な野生動物がその辺りをウロウロして――」
「なに言ってんのアンタ野生動物なんてもんじゃないでしょあれ、化け物よ!」
あくまでモンスターという存在を見た事がない者に対して分かりやすい警告として野生動物と言ったが美音はそんなこと気にせずに真実を言う。
当然ながらそれを聞いた二人はきょとんとした表情で美音を見てから伊作に視線を送る。
「あー……二階ですよね、様子見てきます」
対応が面倒臭くなった伊作はそういう口実でこの場を離れることにする。
地形を確認するために非常階段に戻るのではなく駐車場側から二階へ向かうとなぜか美音が後ろを付いて来る。
「あの、危ないかもしれないのであの人達と一緒にいて欲しいのですが」
「私も着替えたいの」
「それなら安全確認をしたら呼びに行きま――」
「指図するんじゃないわよ、アンタの言う事聞く義理はないわ」
(この人モンスターに殺されねぇかな)
達成条件の一名以上の救助というものを検証するにあたって明確な表記がない以上はもはや美音にこだわる必要はなく、屋上の二人かこれから確認しに行く者でも良いかもしれない。
そんなことを考えながら薄暗い二階に入り、物色しつつ人がいないか確認する。
「ちょっと待って、靴選ぶから」
売っている靴を見るなりその場でサイズを確認して穿いてみたりしており、それに時間をかけている間待たされるのが苦痛だった。
しかしそれだけでは終わらず、靴を選び終えるとすぐ近くにある衣類を手に取り始めた。
「服は後でいいんじゃ……」
「なに?私をスカートのままで走り回らせないワケ?」
「いえ」
何か言い返すのも面倒になり、満足するまで全部好きにさせることにした。
「アンタも着替えなさいよ、気味悪いわよその喪服」
「貰い物なのでしばらくは……まあ、着れなくなったらそうします」
(螺旋煙で複製してるから着ないともったいねぇんだよなぁ)
服を選び終えた美音は更衣室の前に荷物を置くと伊作を睨んだ。
「これから着替えるけど絶対覗くんじゃないわよ」
「覗きません」
「絶対そこにいてよ」
「ここにいます」
背を向けた伊作を睨みながら更衣室に入ろうとすると美音はある物が置いてあることに気づく。
(なにこれ……作業着?)
脱ぎ散らかされた緑色の作業着と女物の下着類、それらを不審に思ったと同時に更衣室内に奇妙な光り。
背を向けている伊作はそれに気づかず、ただ待っているのも暇だったので代理人に渡された紙をポケットから取り出すともう一枚の紙を落としてしまった。
「こいつぁまた……」
もう一枚の紙は燈一と共に使者に渡された紙だが、その内容が変化していた。
標的:腐蝕獣の楔ルミル
難度:あなたなら容易いでしょう
報酬:耐火の首飾り
位置:4m↓
「ねえ……あれ」
美音の呼びかけられて振り向くと、そこには見覚えのあるものがあった。
「迷宮か……」