018 移動
「気の毒じゃが伊作の家も駄目じゃな」
「えっ、住まい変えないといけないんですか?」
「あたしの知る限り迷宮の入り口が現れたら辺り一面モンスターだらけになる、とても住めたもんじゃない」
(自宅のすぐ傍に敵がいるなんて最高なんだが……いやでも家が安全じゃなかったら復活地点の問題で住めないか)
最悪の場合郷で過ごすという選択肢があるので伊作はそこまで残念に思ったりはしていないが、伊作以外には重大な問題だった。
「余力を残しつつ歩き続けてどこか良い所を探すしかないのう」
「じゃあまた歩くのかよぉ……」
「あたし体力も魔力もほとんど残ってない上に寝てないから気絶するかも」
三人が渋々歩み出そうとしたところで伊作はあることを思い出す。
「あー、一旦家に行きたいんですが」
「荷物でもあるのかい?」
「まあ荷物もですが、さすがにあの子を置いて行くわけにはいきませんので」
「あの子?」
すぐ近くにある伊作の家へ移動して玄関の鍵を開ける。
「土足で構いませんので」
「こっちの世界は家で靴を脱ぐ文化なんじゃな」
「国と地域による」
全員が伊作の家に入り、ダーグルとアンゲーリカは初めて入る現代の家を興味深そうに見るが、すぐにその視線は同じ方を向く。
帰って来た伊作と初めて見る他三人を凝視する白髪の少女。
「だれ……?」
「伊作のお子さんかのう?」
「僕がそんな歳に見えますか、そもそも全然似てないでしょう」
「事案か」
「燈一さん、殴られたくなかったら荷物まとめるの手伝ってください」
アンゲーリカは座っているクレナイに目線を合わせる。
「あたしはアンゲーリカ、君の名前は?」
「ボクは……クレナイ……」
「ワシはダーグルじゃ、よろしくな」
アンゲーリカたちがクレナイに自己紹介している間に伊作は燈一にリュックを渡して最低限の食料品を入れさせる。
釣り道具を入れの中身を出して変わりにクレナイ用に取ってきた日用品を詰め込んでダーグルに持たせる。
「クレナイさん、この家の辺りは危険なので別の場所へ行きます」
「そう……日月は……?」
「書置きで指定した場所にまた書置きをしておくので会うチャンスはありますよ」
指定した場所というのは学校での待機が不可能な場合に備えて書いておいたもう一つの待ち合わせ場所。
「わかった……」
無論日月が自主的にもう一つの待ち合わせ場所を見回らなければ意味がない行為であり、本当に日月を気にかけているならもっと別の方法を考えただろう。
しかし伊作は思い入れのない者に対しては目の前に存在する方を優先するため、日月に対する気遣いはこの程度だった。
「さて、迷宮からモンスターが出てこないうちに行きましょう」
伊作が先頭、アンゲーリカとクレナイが中央でダーグルと燈一が最後尾という並びで移動を開始。
自宅を出て右側の坂の上にある公園の体育館を目指す。
「どこへ向かってるんだ?」
「この先の体育館に書置きをして、ついでに公園の丘から向かう方向を決めようかと」
書置きに指定した体育館は中学校から徒歩で行ける距離かつ自宅からでも定期的に見回りやすい場所だった。
「小学生の頃この公園のプールで水泳習ってたなぁ……」
「ほう、燈一は泳げるんじゃな」
「泳げないから習うのやめたよ」
公園内はとても静かでモンスターや人の気配はない。
伊作とアンゲーリカとクレナイは体育館、燈一とダーグルは丘へ向かう。
「何かあったら叫びなよ、すぐに行くから」
「そっちも何かあったら叫ぶんじゃよ」
「まあ助け求められても何もできないんだけどね」
「燈一さんは拳銃を持っているでしょう、それで助けてください」
(無茶言うなよ、武器が強くても俺は強くないんだから)
体育館へ向かう伊作とアンゲーリカを見送って燈一はダーグルと丘を登る。
丘には石の階段と椅子、一本の木以外にはなにもなかった。
野球用の広場とテニスコートと体育館などが見えるが、モンスターの姿はない。
「燈一、あっちの方にある高い建物はなんじゃ?」
「マンションつって人がたくさん住む建物だよ、人が増えて土地が狭くなったから家を高く積み上げたって感じ」
「なるほどなぁ、そんなに多くの人がいたのに今は誰もおらんというのは寂しいものじゃな」
「俺はむしろ安心してるよ、モンスターだらけの世界で人が沢山いたらモヒカンヒャッハーみたいなことになるのが眼に浮かぶ」
「もひかんひゃっはーってなんじゃ?」
(ダーグルみたいな美少年エルフとか真っ先にケツ狙われそう……いや美中年エルフかな?)
「よっこいせ……あ~体痛い」
普段から運動をしていない体で移動続きだったので誰よりも疲れている燈一はその場で横になる。
芝生と土のお世辞にも寝心地が良いとは言えない場所ではあるが、それでも横になるだけで体が楽になるのを感じられる。
「寝心地悪いじゃろ、膝くらい貸してやるぞ?」
「えっ、いや……見張りをしててよ」
(照れんでもよいのにのう)
世話を焼けないことに少し落胆しつつ辺りを見張る。
丘は高く開けているのでなにかがいればすぐに気づける半面相手からも見つかりやすいことに注意して姿勢を低く見渡す。
「あれは……燈一!」
「なにさ」
「あれじゃ!」
休むために横になったばかりだったが急かす声に体を起こされてダーグルが指差す方を見る。
「黄色い煙……狼煙?」