013 夜鬼
「すぅ~……はぁ~」
(いい香りだ)
銃声の振動、立ち昇る硝煙の臭い、左手に感じた反動、目の前の敵への警戒よりも拳銃の感触に浸る。
会話ができるほどの知性がある相手を銃撃したというのに罪の意識は微塵も芽生えない。
「ナイフを捨てて降参してください、それが嫌なら逃げてください、追いはしませんので」
(さっさと帰ってくんねぇかな、できれば撃ちたくないんだが)
手負いの相手を撃つことに躊躇いはないが、拳銃に入っている弾薬が心配だった。
一発でもあれば女将に複製してもらえるが、今手に持っているとても古そうな回転式拳銃に入っている弾薬のうち何発がちゃんと撃てるのか分からない以上は可能な限り使うべきではない。
「はぁはぁ……そうですわね……この怪我だと私に勝ち目はありませんし……」
「では見送りましょう、歩けますか?」
「ええ……問題ありませんわ……」
(普通の人間なら腹に銃弾ブチこまれて動けたりできない気はするが、まあコイツは明らかに普通の人間じゃないもんな)
腹部を押さえながら教会の外へ歩いて行く山羊頭の背中に銃口を向けてながら見送る。
すると山羊頭は教会から出たところで膝から崩れて倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます、おかげでだいぶ良くなりました」
「あ?」
さっきと違って山羊頭の喋り方が辛そうでないことを不審に想った時、自分を照らす日光が一瞬だけ遮られて反射的に空を見上げた。
そして次の瞬間、伊作は突然得体の知れない何かに圧し掛かられて地面に倒れ伏す。
「ぐはっ!?」
自分の体を押さえつけている者が近すぎてノコギリを振るえないため、惜しみながらも左手に持つ拳銃を撃つ。
パァン!パァン!
撃たれた者は一切動じなかったが、少しだけ力が弱まったため体を捻りながら蹴り飛ばしてその場から抜け出して距離をとり、改めて襲ってきた相手を見る。
「なんですかコイツは」
全身が油っぽい光沢のあるクジラのような肌を持ち、頭部には内側に向く二本の角、顔面は目や鼻や口などがないのっぺらぼう、背中にあるコウモリのような翼が音を出さずに羽ばたき、トゲの生えた尻尾で地面を打ちつけている。
「ナイトゴーントですわ、ゆっくりと遊んであげてくださいまし」
ナイトゴーントと呼ばれたそれがもう一体現れ、伊作に撃たれた方の個体は山羊頭を抱えた。
「それではごきげんよう」
そして山羊頭はナイトゴーントに抱えられて飛び去った。
(多くても残りは3発……もう郷に逃げちまおうかな)
最初に撃ったナイトゴーントは2発受けても山羊頭を抱えて飛行することができる程度の耐久力がある。
個体差がなければ今持っている弾薬を全て使っても殺せない可能性が高い。
(さすがに銃の弾を切らすのは嫌だしなぁ……)
自分がここから消え去れば扉の向こうにいる隻腕の人物に被害が及ぶ可能性がある、それを考えるとここから逃げて惹きつけるかあるいはここでナイトゴーントを殺すかが有効。
(よし、ちょっと戦ってみて勝てなさそうなら逃げよう)
右手はいつでもノコギリを振り下ろせるように構え、左手に持つ拳銃を向ける。
ナイトゴーントは喋りも鳴きもせず、羽ばたく音すらなく静かに飛び掛った。
(せっかくだ、銃弾を複製できるだけの螺旋煙も集めてやる)
「死ねァ!」




