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001 ファーストブラッド

朝。


「あ?」


簗村伊作やなむらいさくはスクーターに跨ってキーを刺し込みエンジンをかけようとした。

しかし何度試してもエンジンがかからないのでスクーターを調べると普段は開いてないある箇所が僅かに開いていることに気づく。


(バッテリーがない?)


バッテリーの盗難という初めての出来事に困惑しつつもヘルメットとグローブを家に置き、今日は仕方なくバスで通学することにする。


(クソが……盗んだやつ見つけ出して背骨を引き抜いてやる……)


元来彼は些細な事でもストレスを感じる非常に神経質な怒りっぽい性格であるため何時にも増して機嫌が悪くなる。

怒りを覚えながらも機嫌の悪さを態度に出さないように意識しながらバス停で待つ。


(どいつもこいつもクズしかいねぇ、地球上の生物みんな死滅するボタンとか落ちてねぇかな……あ?)


不意に妙なものが見えた気がして視線を動かす。

バス停にいるのはやたら声が大きい女子中学生、相手が避けること前提の歩きスマホ青年、恐ろしく動きが遅い年寄り、純白のドレスとベールを身に着けた人型の金属のようなもの。


「は?」


その明らかに異常な存在を見て動揺しているのは伊作だけであり、他の人々は全く気に止めていない。


『見えているのはあなただけですよ、伊作殿』


金属のようなものは男性と女性、少女と少年、老人と老婆の声を同時に出しており、本人が言うように伊作以外には声が聞えていないどころか歩きスマホの青年と年寄りがぶつかることなくすり抜けた。


『まもなく浄化が始まります、多くの血が流れることでしょう』


いつのまにか体が硬直して動けなくなっている伊作に近づいてゆっくりと手を伸ばし、ポケットに手を入れた。


『これは浄化の礎となるあなたへの贈り物です』


金属のようなものがポケットから手を出すと同時に体が自由になった。


『これは恩寵、あるいは呪い……どう受け取るかはあなた次第』

「えっと……はい?」

『義務も責任も使命も人の思い込み、せねばならないことなど存在しません』


(会話にならねぇ)


『いずれ使者を送りますが従わなくとも問題ありません、あなたはしたいようにすれば良いのです……来ましたよ』


金属のようなものが指差す方を見るとバスが到着していた。


「あれっ?」


そして振り向くとさっきまでそこにいた金属のようなものはいなくなっていた。

今遭遇したものを奇妙に思いながらとりあえずバスに乗り込む。


(あれはなんだったんだ?ストレスで幻覚でも見たのか?頭おかしい奴のコスプレにしては誰も反応しなかったし)


「きゃはは!でさ――」


(うるせぇ……)


普段は利用しない朝のバスを窮屈に感じながらも乗るのは今日だけだと思いながら我慢していた。

だが我慢などする必要がなくなるのは伊作の予想以上に早かった。


「うわっ!?」

「なになになに!?」


突然視界が暗転して何も見えなくなった。

それだけでなくバスが動く振動も感じず、車内で水中にいるような感覚に陥る。


「なに停電!?」


誰かが咄嗟に発した明らかに的外れな言動が聞えた瞬間、突然体に強い衝撃が走り視界が元に戻る。


「うぐっ!」


衝撃で姿勢を崩した直後に誰かに追突されて吊革から手を離してしまう。

その結果手すりに頭をぶつけたが、なんとか手すりに掴まって姿勢を保つ。

痛む頭を押さえながら車両前方に謎の物体が見えた。


(あれはいったい……)


一見して普通の人間と同じシルエットだが、異様に背が高いそれの肩から巨大な手のような何かが生えた。

伊作はまるで理解が及ばないにも関わらずなぜか強烈な恐怖心を抱く。

そして理解するよりも前にバスがひっくり返る。


「ああああ!」

「きゃぁぁぁ!」


やかましい悲鳴を聞いたのを最後に、伊作は気を失った。




「う……あ……?」


伊作が目を覚ますとそこはあまり広いとは言えない和室のような場所だった。

畳と囲炉裏、掛け軸と仏壇のようなものがある部屋。

状況を理解しようと記憶を辿るが、最後に覚えているのは頭を強くぶつけた痛み。


(ここはどこだ……あの世か?)


そんなことを考えていると、伊作の横の襖が音を立てながらゆっくりと開いた。


「ようこそいらっしゃいました」

「あ?」


襖を開けたのは両目を包帯で隠し、青い和服に身を包む伊作よりも少し年上くらいの女性だった。

正座をしているその女性が下げている頭を上げて伊作に顔を向けると、どこか悲しそうに言う。


「来て……しまわれたのですね」

「はい?どういう意味ですか?」


全く意味が分からないため質問をするが、考えるような素振りをしたまま返事がないので別の質問をする。


「えーっと、あなたはいったいなんですか?」

わたくしはこの場を管理し伊作様のお世話をする者です、私がお役に立てる事があればなんなりとお申し付けください」

「つまり……旅館の女将さんみたいな人ってことですか?」

「おそらくそのような者だと思います」


(自分でも分かってないのかよ……)


「最初の質問への回答は聞くよりも体験する方が良いでしょう」


そう言った彼女は部屋へ入ると仏壇の横に座り、仏壇の前へ手を向けて「こちらへ」と告げる。

何も分からない伊作は言われるがまま従って仏壇の前に座る。


「手を合わせ、目を閉じてください」

「拝めと?」

「はい」


奇妙な行動を要求されていることに不信感を抱きつつも彼女に敵意や悪意を感じられないこと、腕力でなら勝る自信があるため言う通りにする。

すると体に妙な熱を感じて目を開ける。


「な、なんですかこれは!?」

「すぐに分かります」

「今教えろよ!」


伊作は光る煙へと変化して消えて行く自身の体を見て恐怖する。

彼女はといえばただ座って伊作を見つめ、そして悲しげな表情をして――顔はほとんど見えないが――頭を下げた。


「いってらっしゃいませ……どうか――」


その言葉を聞いたのを最後に、伊作は和室から完全に消えた。


「どうか願わくば……二度とまみえることがありませんように」

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