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十四

 翌日、圭太がいつも通り学校に行くと、いつも通り梓が席に座って分厚い本を読んでいた。

「おはよう桜井」

「……ぁ、おはよう……」

 梓は急に声をかけられて少し驚いた様子で返事をした。

 授業が始まると、圭太はここ最近の習慣となっていることをはじめた。授業内容はさっぱり聞かないが、自分の理解しているところの練習問題をひたすら解きまくっていた。当然授業内容について当てられたら、全く答えられないが、それはいつものことなので、気にとめる教師はいなかった。

 一方で、梓は終始ぼんやりとしていた。模範的な回答が返ってくることを期待した教師に当てられても、小さく「わかりません」とだけ答えて座るということが何度かあった。

 放課後、帰り支度をしている梓に圭太が声をかけた。

「おーい、あ……桜井、一緒に帰らない?」

 梓は小さく首を振った。

「ごめんなさい、一人で帰ります」

「あ……そう」

 周りの人間から見れば、圭太はすげなく振られたように見られていた。仕方がなく圭太は梓と別で帰った。

 この日はバイトのある日だったので、圭太はバイトに行き、帰ってから梓に連絡をした。

『今から行くけど平気?』

 しばらくして梓から返事が返ってきた。

『うん』

 ずいぶんと簡素な返事だったが、圭太は特に気にすることもなく、勉強の準備を整え、梓のマンションに向かった。

 梓の部屋の前で、呼び鈴を鳴らすと、しばらくして梓が出てきた。昨日と違い、ジャージ姿だった。首元にネックレスをしているのかは、わからなかった。

「入って」

「おう。お邪魔しまーす」

 圭太はテーブルにつくと勉強道具を広げ始めたが、梓は一向に勉強道具を広げる様子がない。その様子を見て圭太が口を開いた。

「昨日のこと?」

 梓はうなずいた。

「昨日けーくん帰った後、また情報があって、『記憶の喪失、及び筋繊維の萎縮は軽微であり任務に支障はない』って」

「おー! よかったじゃねーか!」

 梓は下から見上げるようにして圭太を睨みつけた。

「また他人事みたいに……」

「む! おれもうれしいぞ!」

 圭太はフォローするように言った。

「……まあいいけど……それでね、情報はそれだけじゃなかったの」

「おおそうなのか」

 梓が立ち上がって、あぐらをかいた圭太に向かって一気にまくし立てた。

「うん。これまでに捕まえた四人が所属していた暴力団の詳細がわかったって。だからあとはそこを襲撃して、注射を押収して、構成員から注射の入手経路を調べれば任務は終わり。今までみたいに、相手が強化されてるわけじゃないから私一人でも充分よ。そもそも、今までがイレギュラーだったのよ。相手が強化された状態で戦ってたんだから。そんなことだからけーくんの協力が必要になっちゃってたの。でも今度は大丈夫。私一人でも充分」

 圭太は腕を組んで話を聞いていた。

「うーん。なんかよくわかんないけど、あっちゃんはもっと自分のことを大切にした方がいいな!」

「は? な、何言ってんのよ……」

「なんかやたらと一人で大丈夫って言ってるけど、それ、一人じゃヤバいからそう言ってるんじゃないの?」

「そ、そんなことない!」

「なんか昔からムキになるとそんな感じになるんだよなあ」

「ムキになんかなってないわよ!」

「まあまあ。それ、俺もついてくよ。そっちの方が安全だろ」

「何言ってるの!? 相手は暴力団なのよ? 素人が首を出したらただじゃ済まないわ!」

「なんだー。やっぱり危ないんじゃん。大丈夫だって、強化していけば」

「だから! 強化は副作用があるから使えないのよ!」

「さっきあっちゃん言ってたろ? 『任務に支障はない』って。だーいじょぶだって」

「けーくんわかってない! 『任務に支障がない』っていうのは、あと数回の使用なら任務を実行できるって意味しかなくて、その後の後遺症のことなんか考慮してないのよ!」

「お? そうなのか?」

「っ! そうともとれるって話よ!」

「あっちゃんは心配しすぎだよ」

「それは! 私にとってもけーくんは大事な……お、幼なじみだから……!」

「俺にとってもあっちゃんは大切な幼なじみだ。だからそんな危なっかしいところに一人で行かせられん」

 圭太はまっすぐに梓を見ていた。梓も負けじと見返していたが、圭太の心音がずっと平静を保っていたことに気付き、ふっと視線を下ろした。

「これが……最後だからね……」

「おう!」

 その後、細かな日取りや段取りについて梓が圭太に説明し、勉強会を開催せずに解散となった。

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