6.学校、元通り?(最終話)
私は、教室のドアの前に立ち尽くす。窓から見えるのは、昨日以上にうるさそうなクラスメイトだ。
暦上、今日はクリスマスだ。まぁ、クリスマスらしい出来事は全て昨晩に済ませたわけだけど。親が買ってきていた七面鳥とケーキも食べて、ちょっとしたプレゼントも貰って。
………デートも、した。
元は失恋して大泣きしてた美由───もとい、三崎を泣き止ませるだけのはずだったのに。いくら変に懐かれたとはいえ、どうしてアイツなんかとイルミネーションを前に手を繋いでラッブラブドッキドキのデートなんてすることになったのだ。
目を、瞑ってみる。瞼の裏に、イルミネーションに照らされた三崎が映る。慌てて目を開ける。
忘れたいのに全く忘れられない。そのせいで昨日は全く眠れなかった。聖なる夜に徹夜だなんて、奇跡どころか不幸に見舞われそうだ。
そんなこんなで、私には今、三崎とまともに話せる自信がない。………そもそも昨日まで、挙動不審にならずに話せたことなかったか。
「どいて」
「あ、ごめ………ん!?」
乱暴に私を押しのけて教室に入っていったのは、三崎だった。
おかげで目が覚めた。そうだ、あれが三崎だった。昨日デートした素直な女の子、美由とは全くの別人。威圧的で傲慢で貪欲な、私にとっての害悪だ。
ドアも開けられてしまったし、教室に入る。窓から見た通りの鬱陶しさの騒ぎ声が、頭に響く。
でも、そのくらいの方がいい。あんまり静かだと、カフェで手を握ってる時の美由の柔らかい声が、また聞こえて来てしまう。
机の横に鞄をかけ、とりあえず席につく。思ってたより少し早く学校についたし、本でも読みながらホームルームを待つつもりだ。
「ねぇ、ちょっと金借してくんない?」
「………三崎、さん」
言った。確かに昨日、明日からは今まで通りの関係に戻る、みたいなことは言った。でも、いくらなんでも早すぎやしないか。
「アタシ今ぜんっぜんお金無くてさー」
嘘つけ。昨日カフェで頼んでたナントカフラペチーノは、六百円越えの高級品だったはずだ。
「昨日、彼氏とのデートで使い過ぎちゃったんだよねー」
何故今、その嘘を選んだ。聖なる夜の三崎のお相手は、彼氏じゃなくて私だ。それに三崎はカフェ以外で一切お金を使っていない。
三崎のすぐ後ろで、くすくすと笑っている三人の仲間が腹立たしい。まぁ、三崎のこの嘘の理由も、話を合わせて欲しいっていう気持ちも、当然理解はできる。
───でも、せっかくだし少し遊ぼうかな。
「ね、三崎さん。彼氏さんとのデート、どこに行ったの?」
「………っ!?」
「あ、それ気になる!」
「話聞かしてよー、俺も話すから」
「お前のは聞きたくない」
「ちょ、ひどっ!」
少し、酷かな。三崎の眼には今、私が、この友達が、どう映っているのだろう。
「え、えー。そんなに、気になる?………まず、健斗と公園で待ち合わせたんだけど」
「うんうん、それで?」
この場で振られた話なんてされても居心地が悪い。私をそっちのけに話しだした三崎とその仲間から、少しずつ距離をとる。
「───健斗、仕事がどうとかで。まずは文具屋に行ったんだよね」
………は?
「で、なんか店員と楽しそうに話し始めちゃって、アタシすごい暇だったなー。その後はカフェでお茶して、あとイルミネーションも見たかな」
「もうちょい詳しく教えてよー」
待って、それ私と行った場所なんだけど。そうか、三崎の彼氏は私だったのか。
「カフェで健斗に手を温めてもらっちゃった!」
え、それも健斗がしたことになってるの?
「うわ羨ましいー!」
「俺がしてやろっか?」
「引っ込んでろ」
美由の仲間がそれぞれ話しだして、私達から目が離れている。
───チャンスだ。
「………こんな感じ?」
私は、三崎の両手首を掴み、無理矢理私の前に差し出させる。そして、昨日と同じようにゆっくり包み込む。
「は!?きづ………あ、アンタ何してんの!?」
流石に急にやるのは変だったか。でも、案の定三崎の顔がみるみる赤くなっていく。
「で、三崎さんの手が温まってからもなんだかんだと握り続けて、最終的にこんな感じで。お互い手の感触を求め合うみたいにー………」
指を絡めて、隙間から手の甲に這わせてみたり、キュッと力を入れてみたりしながら、様子をうかがう。
「そ、それ………やめて………」
「ところで、今日は名前呼んでくれないの?………美由」
「だってその名前ぇ………!」
楽しい。美由を手玉に取るのが、こんなに気持ちいいだなんて。どんどん毒が抜けて、昨日の美由に戻っていくのが、可愛くて仕方ない。
「あと、私は女だから恋人であっても彼氏ではないよー?」
「きづ、き………覚えてろ………」
「覚えてるよ、昨日の美由のこと」
「そういう意味じゃ………!あああもう!!!」
あ、手を解かれた。
「綺月!昼休み屋上来い!シバくっ!」
「うん、また後で………ね」
元通りの関係、だよね。美由にお金をあげて、美由に呼び出されて、彼氏のことを誤魔化すのに使われて。
聖夜の奇跡とやらは確かに、私と美由の邪魔をしていた意地を融かし、ほんの少しだけ背中を押してくれた。でも、たとえば、私は美由が好きになって、美由は私が好きになったとしても。聖夜の奇跡とやらは、私達の関係を恋人にしてくれることは無かった。
これから美由と友達に───あるいは、恋人になるためには、課題が多い。美由の体裁もそうだし、私だって、美由の仲間達とも関わることになるのは怖い。結局のところ、自分で必死に手を伸ばさなければならない。
奇跡なんて、こんなものだ。
───いや、奇跡っていうか失恋したところを狙っただけか。私最低だな。
クリスマス作品「奇跡なんてこんなもの」はここまでとなります。応援ありがとうございました。