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5.公園、素直に

 結局、手を繫ぐのは公園についてからにしようという話になった。しかし、困ったことが一つある。

『超暖かい』

 単純な言葉、柔和な笑顔、優しい声。

 どうしよう、あの時の美由の言葉、表情、声、全部がいつまでたっても脳内で再生され続ける。不思議なことに、それだけで冬の寒さなんて全く感じない。

「ひゅー、さっむい」

 隣から少し震える美由の声が聞こえて、ようやくあの残響から脱出できた。すると途端に、忘れていた寒さが襲い掛かり、身体が震えだす。

「さ、さむっ!」

 肺に飛び込んでくる空気が冷たすぎる。数秒で、顎が勝手にガタガタと動き出す。

 とりあえず、再び脳内に思い浮かべてみる。

『超暖かい』

 当然、一回思い出したら三回以上は脳内で勝手に繰り返される。それが終わると、少し前の震えが嘘のように消えてしまった。厳密にいうと、寒いと感じることを忘れてしまうような感覚だ。幸せという感情にどんどん身体が呑まれていくような、初めての体験だった。

 小さく、あのイルミネーションが見えた。今度こそリア充が視るまぼろしが私にも視えるかもと期待したが、まだ私には唯の装飾にしか見えないらしい。

 遠目だからだろうか。近付けば何か変わるだろうか。そう思いながら、ただ黙々と歩き続ける。イルミネーションは、そのままの姿で拡大されていく。

「公園、ついたけど。手、繋ぐの?」

 美由は、私に手を差し伸べる。私はその手を見て、次に美由の顔を見ると、目を逸らされてしまった。

 あの時の回想と比べると、どうしてもぶっきらぼうに見える。でも、だからこそ嬉しいと思う。

 普段通りの態度の美由が、私に手を伸ばしているのだ。素直な美由はもちろん可愛いかったが、やっぱり美由はこうでなくちゃ、と思う。

 むしろ、私が美由に対してこんなにベタベタしていることがおかしいわけだけど。

「繋ぐ」

 そんなこと気にせず、美由の手を取る。今度は、私の手の方が冷たいらしい。身体中がどんどん暖まっていく。例えるなら、こたつに入った時の感覚に似ていた。

 しかし、どうしたものか。この公園に来て手を繫ぐところまでしか、予定は無い。

 とりあえず、周囲のカップルを見渡す。だいたいやってることは二分化されていて、半分は並んでイルミネーションを見つめる、もう半分はお互い見つめ合う、そんな感じだ。一部、堂々とキスをしている人達もいたけど。

 とりあえず、手を繋いだままイルミネーションを見る。やはり、変わらない。手を繋いでる以上、幸せな気分というのは間違いないけど、しょせんは装飾、なのだろうか。

 そのまま、話を振ってみる。

「ごめん、今日の私、やっぱり変だよね」

 つい、悲観的なことを言ってしまうが、そもそもそれが私という人間だということを思い出す。

「いきなりこんなベタベタしちゃって、気持ち悪かった?」

 特に考えずに聞いてしまう。こういう聞き方をする人って、小説にもよくいるけど、私はどうにも好きになれない。

 こう聞かれて返事に困るのは普通だ。だから、私は撤回しようとする。しかし、それよりも早く美由は答えてくれた。

「別に。アンタは知らないかもしんないけど、友達なら手を繋ぐくらいのスキンシップよくあるって」

 何、それ。思わず私は笑ってしまう。

「流石に騙されないよ。私、こう見えて友達は普通にいるし」

「騙すって、アンタがウジウジしてるから励ましてんのに………ああそうだよ、変だよ。だってこれ、恋人繋ぎじゃん」

 今日、本来なら美由が彼氏としていたはずの手の繋ぎ方だ。人がしてるのを見るのは不快だけど、実際やってみると、熱が逃げていかなくてとても心地良い。

「困ったな、このままだと聖夜の奇跡で永遠に結ばれちゃうね?」

 美由が優しいと、無意識にいつもの冗談混じりの話し方になってしまう。

 もし、今の冗談が本当に叶うとしたら、美由はさておき、私は嬉しいと思うのだろうか。

「別にいいんじゃない?」

「え、どういう風の吹き回し………?」

 まさか、肯定されるとは思っていなかったから、思わず疑ってしまう。

「アンタが言い出したんじゃん。今回ので体裁は崩れたし、もう人生どうなってもいいかなーって」

「でも、意外。美由はそんな時、すぐに立ち直って新しい彼氏を作るような性格だと思ってた」

「アタシもそれが一番格好いいと思うけどさ。アタシがそんなに強くないの、長橋はもうわかるっしょ?」

「うん、弱い。私が帰ろうとしただけで喚き出すなんて。あ、もしかして今帰ろうとしても泣く?」

「あれはマジで忘れて。フられた時に声かけて貰ったの、正直嬉しくてさ。多分、長橋がいなかったらアタシ、今頃……………」

 そこで、言葉が詰まる。その言葉の続きを想像すると、私まで胸が痛んでくる。冗談でも、この話題に触れるのはもうやめた方が良さそうだ。

「まぁ、その、私はあのこと誰かに言う気は無いから、美由がその気なら今まで通り振る舞うこともできるよ。どうするの?」

「そうさせてもらう」

 随分、周囲に溶け込むことに必死な印象を受ける。

 私は、自然と趣味の合う人と集まって、自然と仲良くなって、そんな感じだった。話したくない人と話す必要はないと思ってたから、リア充───美由みたいな人とは、距離を置いていた。

「でも、今回助けてもらったし。もし、長橋と………仲良くなれるのなら。明日から、今までの友達全部棄ててアンタと居てもいい」

 あの人達は、私と美由が友達になる事は絶対に認めてくれないらしい。私は、それは友達とは呼ばないと思う。でも、そんなどうしようもない人達が美由にとっては大切なのだとしたら、私が口を出すのもおかしな話だろう。

 だから、やっぱり明日から私達は元通りだ。

「いや、明日からは今まで通り………また、お金でもたかりに来ればいいよ。私も今まで通り、陰口を叩く」

 美由は私からお金を搾り取るし、私は陰で美由を馬鹿にする。私はお金に困るようなことは無いし、今までの状態が美由にとって一番居心地がいいのなら、それが一番丸く収まるからだ。

 もし、私達が仲良くなったとしたら、美由はもう、リア充ではなくなる。そうしたら、今まで見ていたあの馬鹿げた笑顔は、もう見れなくなってしまう。

 それだけは、嫌だ。

「そっ、か。お金、ちゃんと返すから。そこだけは安心しててよ」

 落ち込んだ、寂しそうな声だ。私は、選択を間違えたのだろうか。

「だから、長橋。今だけは、友達でいても、いい?」

 私は、悪いやつだ。傷心中のところを狙って、日常の敵だった美由をここまで懐かせてしまうなんて。

「呼び方」

「えっ?」

「私は美由って呼んでるんだし、美由も私を綺月って呼んで」

「でもアタシ、その名前馬鹿にしてたし………」

「私の名前の由来、『月が綺麗ですね』なんだって」

「え………確か、何だっけ。告るやつ?」

「そう。夏目漱石が“I love you.”という英文をこう訳したんだって。私の親も文学者で、感銘を受けたのか知らないけど、私の名前をそこからつけたらしい」

「へぇー、なんだかオシャレだね」

 あぁ、これ、あんまり興味無さそうだな。なんとなく反応が雑な気がする。

「だから、ね?私を綺月って呼んで?」

「うん………ん!?」

 あ、やっと気付いたみたい。

「ちょ、そ、それって、口説いてくださいって………!?」

「ほらほら、友達なら名前呼びくらい普通でしょ?」

「アンタさっきからマジで性格違くない!?………綺月」

 ボソリと、名前を呼んでくれた。

 どうしよう、からかうつもりだったのに。逆に凄く恥ずかしい。そもそもなんでこの意味を知った上で名前で呼ぼうと思ったのだろう。勘違いしてもいいのだろうか。

「よ、よく、できまし、た………」

 完璧に反撃を喰らった気分だ。今までと違う意味でまともに喋れなくなりそうだ。

 ───それに、実は今まで私を名前で呼んできたのって実は美由だけだったりして。

 親ですら「名前は大切な人に呼んでもらいなさい」って言って私をきーちゃんと呼ぶ。それに釣られてか、幼稚園、小学校ではずっときーちゃんと呼ばれてきた。中学校で文芸部に入ってからは、長橋さんと呼ばれるようになる。

 それだけ大事にされてきた名前だ。それを美由に呼んでもらったことは、特別なことなのかもしれない。

「………死んでもいいわ、なーんて」

「ん?なんか言った?」

「いや、何でもないよ………」

 月が綺麗ですね、に対する肯定の返事らしい。

 流石に、今のが返事とは思われないだろうけど。我ながら、しょうもない自己満足だと思う。

 ふわっ、と。風が吹いて、忘れていた寒さを思い出す。それとほぼ同時に、握っていた美由の手が、一瞬だけ震えた。

 そして、私は、ずっと見ていたイルミネーションから目を逸らし、美由の方を向く。

 油断していた。

「美由」

「何?」

 私は、美由の顔に釘付けになった。

 頬が、イルミネーションの光を受けて柔らかく光を放つ。吐息による霧も、その光を受けてピンクや橙に色を変える。それから、私は化粧についてよく知らないが、美由の瞼の上でキラキラと光るのは、ラメだろうか。イルミネーションの光を反射して、星のように見える。

 美由が私を見つめている。うっかり目を合わせ、その大きな瞳に吸い込まれそうになる。

「ちょっ、綺月?大丈夫?」

「え、あ、あの、うん」

 今まで見た何よりも、綺麗に思えた。リア充はみんな、こんな幻を見ているのだろうか。そうだとしたら、のめり込んでしまうのも少しは納得できなくもない。

 そんなことより、心拍数がおかしい。ドクドクと激しい音が自分でも聞こえる上に、何だか呼吸すら難しくなってきた。

「あー、もしかして、アタシに見惚れてた?」

「じ、自意識過剰だね………その、合ってる、けど」

「アタシは可愛さには自信あるからねー」

 自慢げにそう言う美由。そして、繋いでない左手を、私の右の頬にそっと当てる。

「アンタだって素材は十分良いのに。なーんでちゃんと手入れしないかなぁ」

「あ………」

 見定めるように私の顔をまじまじと見つめる美由。何よりもこの姿勢、さっきと違って向き合うような位置になっている。

 どうしよう。美由に包まれて、暖かくて甘い香りのする中でただ息をすることしかできない。今度は、音を立て続けていた心臓が疲れたのか、だんだん眠たくなってきた。

 あ、もう駄目だ。落ちる───

「───いたっ!?」

 軽く頬を叩かれたらしい。幸せじゃない刺激が神経を通るのは久しぶりで、一気に眠気が覚めた。

「寝るな寝るな!こんな気温で寝たら死ぬよ!?」

「………ごめん、なんか幸せすぎて」

「綺月………ペットみたい」

 その言葉は、可愛いという意味で受け取っていいのだろうか。

 別に、可愛く在りたいとは思ったこともないけど。それでも、湧き上がってくる嬉しさが止まらないのは、私を褒めたのが美由だからだろうか。

「今日、ありがと」

「もう帰るの?」

「うん。こう見えてアタシ、門限守ってんだよね」

「………そっ、か。じゃあ───」

 私は、握っていた手をそっと放そうとする。

 美由が同時に力を抜いたのか、私の手はスルリと冷気の中に戻ってきた。

 ───そして、手が離れた、その次の瞬間に。

 美由に、抱きつかれた。

 あまりに突然で当然私は驚く。背中に垂れる美由の腕が、火傷しそうな程熱い。のしかかる身体の軽さが、愛おしい。

 美由がどんな顔をしているのか、見えない。見たい。そして、わかりたい。

「大好き。せめて、ズッ友だよって言えれば楽だったのに」

 耳元で、美由は囁いた。

 そして───私をふわっと放り出し、踵を返す。そのまま、声をかける間もなく去っていく。

「また………泣いてた………?」

 美由と離れたからか、急に寒さを思い出す。周囲の雑踏も、騒ぎ声も、風の音も、今まで聞こえていなかった全ての音が聞こえるようになった。

 ふと、イルミネーションに目を向ける。橙色やピンク色を中心に、闇夜を照らしている様が見える。

 でも、あまり綺麗とは思えなくなった。

 瞼を閉じると、もっと綺麗な、芸術みたいなワンシーンが再生されるのだから。

次回、12/25/8:15頃更新予定です

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