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4.カフェ、想定外

 流れに身を任せたまま、私がホットココア、三崎がナントカフラペチーノを買い、窓際の席に並んで座る。すると三崎は、一息つく間もなく財布をいじり出した。

「これ、返す」

 そう言いながら、隣に座る三崎は私に───現金を差し出してきた。五千円札が一枚、千円札が二枚、五百円玉が一枚、百円玉が一枚───合計、七千六百円だ。

「え、えぇ?その、どうして?」

「借りてた、からじゃん」

 そうだった。もはやすっかり忘れてたけど、借りたお金を返すって当たり前のことだった。

 今までお金を貸した時の様子は、誰がどう見てもカツアゲのそれだったはず。私もそう思っていた。

「えっと………金額、覚えてたの?」

 私が一番驚いてるのは、そこだ。

 私は根に持つタイプだから、今朝を含めお金をむしり取られる度にきちんと金額をメモしていた。いつか、それに見合う復讐をしてやろうと思っていたから。その合計は、七千六百円───今差し出されている金額と一致している。

 つまり、三崎は本当にいつかは返す気でお金を借りていたということになる。もしむしり取る気なら、金額なんて覚える理由は無いからだ。

「………お願い、キモイかもしんないけど、ちょっと話聞いてよ」

 是非とも聞きたいと思う。何故返す気があったのに、わざわざカツアゲみたいなやり方でお金を借りたのだろう。全く想像がつかない。

 私は、黙って頷いた。

「アタシが長橋をイジメてたのは………て、体裁の為なの」

 体裁の為にいじめる、か。ニュースでいじめが問題になった時、いじめっ子が最もよく使う論理だ。

「暗い人はバカにするのが、皆にとってのアタシっていうか………そういうキャラみたいになってて」

 もう、いい。これ以上は、無意味だ。

「だから別に長橋を嫌ってたワケじゃなくて………」

 私が聞きたいのは、いじめっ子の供述なんかじゃない。こんなのは随分と稚拙な考えかもしれないが、私は、いじめられたのが私でなければいけない理由が欲しかった。

「ねぇ、三崎」

「………え」

 ───私はたった今、三崎を心底見下した。

「別にいいよ、たった七千六百円くらい貰ってくれても。こっちは一応プロの作家だし」

「え、嘘、待って」

 私の態度の豹変に、動揺しているように見える。

 私は、気付いた。今まで三崎に対して挙動不審になっていたのは、恐かったからじゃない。どこかで、自分よりも優れた存在だと思っていたからだ。

 私に向けるのは醜い感情ばかりだとしても、やっぱりリア充は、眩しく輝いている。私には出せない明るい声、私には出来ない純粋な笑顔、その全てを認め、嫉妬していたのが私だった。

 でも、こんなの。三崎のこんな取り繕い方。唯の、根暗じゃないか。一度そう思ったら、気楽に喋れるようになった。

「万札も上乗せしてあげていいよ。なんなら数百万の貯金を全部あげてもいい。その代わり、もう帰ら───」

「帰らないで!!!!!」

 突然の叫び声は、店中に響き渡る。周囲の客は、一斉に私達を見る。

 今の三崎が私に向けている感情は、「依存」だ。失恋で泣くほどに純粋な三崎は、その心の抉れた部分の修復を誰かに求める。傷口は、一番最初に励ました私を呑み込もうとする。

 簡単にいえば、数百万円と私を天秤にかけて私を取るような状態のことだ。

「………数百万円より、私が大事?」

「お願い、かえら、ない………で………っ!」

 なんていうか、急に優位に立ちすぎて少し怖い。私も、意地悪をしすぎたかもしれない。せっかく泣き止んでいたのに、いつの間にかぼろぼろと涙をこぼしている。

 ───可愛いと感じるのは、危険な感情だろうか。

「わかった、帰らないから………ほら」

「えっ………?」

 目を擦り、涙を拭っていた三崎の手を、私の手で包み込む。びしょびしょに濡れて、血の気も感じられない程に冷えていた。

「………超暖かい」

 三崎は、ふにゃりと笑う。今まで見たこともないほど、だらしなく。

「っ!?」

 その言葉を聞いただけで、私の心臓の音は耳から聞こえるほど大きくなっていく。

 根拠も無く、これはまずいと感じた。すぐに手を放そうとしたが、不思議なことに手が動かない。別に吸い込まれてるわけでも掴まれてるわけでもないのに、本当に手が動かない。

「………あーあ」

 これは、駄目だ。

 今まで私にあんなに酷い事をしてきた三崎が、それでも見上げていた三崎が、いきなりこんなに懐いてくるなんて。私には、好かれる事への耐性が全く無いというのに。

 私は、三崎の手の冷たさが気に入ってしまったらしい。


 五分くらいで、三崎はひとまず泣き止んだ。

「あんがと、もう大丈夫だよ」

 確かに泣き止んだ、けど。まだ、手が少し冷たい気がする。いや、冷たい。うん。

「………まだ辛いでしょ?もう少しこうしてあげる」

「え?うん、じゃあもうちょい」


 そして、三分近くそのまま手を握って。

「流石にもう平気───」

 手が、温かくなっている。元通りになっている。でも、ほら、さっきまで冷えてたし、もう少しは温めた方がいいはずだ。

「もう少し」

「う、うん」

 気付けば、私が三崎の手を包み込む形ではなく、お互いの手を重ねるような形になっていて。お互いが、ときどき不意に指を絡めたり、手の甲を撫でてみたり。される度に驚いて、やり返してみたり。


 そしてそのまま三分。

「あ、の、ながはし………もう、恥ずかしい」

「…………………………」

 三崎の顔が真っ赤になってるのは、周囲の視線のせいだというのは理解できる。時々シャッター音が聞こえるせいでもあるのかも。それでも、振りほどきもせずに上目遣いでこっちを見るのは反則級に愛らしい。

 私は、自分の鼓動の煩さに耐えられなくなった。耐えられずに、軽率に「答え」を出してしまった。

「ねぇ、三崎………いや、美由」

「うぇっ!?」

 流石に、急に名前呼びするのはまずかったか。

「この後、手を繋いで公園のイルミネーションを見に行きたいな」

「な、え………はぁぁぁっ!?なななな何で………」

 困惑するのも当然。私も、どれだけおかしな誘いをしているか、自覚はある。

 だから私は、嘘を吐いた。

「ほら、美由は今夜彼氏とデートの予定だったでしょう?その………代わり、に………っ」

 言ってて少し泣きそうになった。

 鼻をすする。

 深いまばたきをする。

次回、20:00頃更新予定です

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