3.文具屋、どこまでも気まずく
「………っと、ひとまず原稿はこれと。あと───」
私は、ボソボソと独り言を呟きながら必要な物を手に取り、重ねていく。元の目的は四百字原稿だったが、減ってきていたインクや、所謂アイデアグッズの中で使えそうなものまで手に取っていく。
───後ろに、黙り込んだ三崎を待たせたまま。
待って、本当に何を話せばいいのこの状況。私と三崎は別に仲良くなったわけじゃないし、そもそも三崎は私が小説家だってことも知らないはず。
たとえば立場を置き換えて、私が三崎に誘われてピアスやら香水やらの店に連れて来られたらと考えると、今の三崎の気持ちが少しわかる。それはもう、気まずいの一言に尽きるよね。
ちらり、と。気付かれないように、横目で三崎を覗く。
三崎は、キョロキョロとせわしなくあたりを見渡していた。印象通りというか何というか、普通の文具屋なんて来る機会が無い人の反応だ。おそらく私がオシャレな店に入ってもこうなる。
少し安心したのは、今この瞬間、辛そうな表情はかなり薄れていたこと。逆に、眼が少し充血しているのを見ると、少し前の泣き顔が脳裏によぎってしまう。
でも、一番おかしいのは私だ。私をいじめる奴の泣き顔を、どうして見たくないだなんて思っているのだろう。本来、私は一転攻勢の立場にあるわけで、この機会に煽れるだけ煽っておくべきだというのに。
………まずい。そんなことを考えてるうちに、買いたい物全てを手元に揃え終わってしまった。
混乱して考え事をどうやってするかを考え始めたあたりで、私は数分ぶりに他人の声を聞いた。
「なーになに、先生、何か悩み事でもあるのぉ?」
後ろからいきなり声をかけられて驚いたが、振り返るとそこには意地悪そうに笑う店長がいた。
店長は、私が小説家にデビューした時に、いろいろとアドバイスをくれた、容姿も性格も大人な女性。冗談めかして私を先生と呼び、何かとからかってくる人だ。ちなみに店長曰く、私の小説は子供っぽさが売り、だとか。
「無いですよ。むしろ、悩んでるのは店長の方じゃないですか?」
「おっ、その心は?」
随分と楽しそうに聞いてくるが、店長には一つだけ欠点がある。
「聖なる夜、開いている文具屋。外に湧くリア充の楽しそーうな声を聞く店長。デートで文具屋に来るカップルなんて極稀で、必然的に孤独に陥る店長。ふと思い出すのは、母の言葉」
私が想像した無惨な風景を、倒置法で少しずつ店長の頭に焼き付けていく。
「そ、それは?」
「『孫の顔が見たい』」
「ぐっ、い、言うねぇ………」
おそらく店長の、唯一の欠点だろう。何がかは伏せておく。
「さておき、そういう先生にはちゃんと連れがいるみたいだねぇ?」
「えっ?あ………」
「………」
しまった、くだらない茶番のせいで三崎のことを完全に忘れてた。………ということは、さっきの饒舌な私、こいつに見られた………!?
私を見て呆然とする三崎。少なくとも害はなさそうに見える。
「先生もやりますなぁ、こーんな可愛い彼女を連れ歩くなんてぇ」
「本当に違います、やめてください」
私は、真剣に店長の目を見て否定した。
「ええー………少しも照れたりしないってことは本当なのぉ?」
本当だ。真顔のまま首を縦に振る。
「うーん………じゃあ、どういうご関係なの?」
いや、常識的に考えて、普通の距離感の女の子二人組なんだから、友達くらいしかないでしょう。
───そう言いかけて、とどまる。
私と三崎は、友達ではない。むしろ私はこいつが大嫌いなんだから、言うまでもなく恋人でもない。
私達は、一体どういう関係なのだろう。
言葉がいくつも浮かぶ。ライバル、ただの知り合い、悪友───どれも違う。流石に、いじめっ子といじめられっ子の関係とは言えないし、今の三崎を見ているとそういう関係だったことも嘘のように思えてくる。
なら、「今の三崎」との関係を考えればいいのだろうか。
だとしたら、別に、まぁ───
「友達、ですかね」
───友達と言うことに、特に抵抗は無い。厳密には違うけど。
「そう、お友達ねぇ」
そう復唱してくすりと笑う店長には、まるで何かが視えているようで。正直、知っているのなら教えて欲しかった。私と三崎が、一体どういう関係なのかを。
再び横目で三崎を覗く。三崎の眼は、少し前より更に生気を帯びていた。
「まぁいいわ。それよりほら、お会計しないの?お友達、待たせてるわよぉ」
話を振ったのは店長だというのに、その言い方は如何なものか。そう思ったが、三崎の前でこれ以上店長と喋るのは得策ではないと思ったので、私は口を開かずにレジに向かう。
時間稼ぎに全く買う予定のなかったものにまで手を付けたせいで、うっかり二千円近く持っていかれてしまった。
「ひぃ、ふぅ………はい、毎度あり。じゃあ先生、楽しんでらっしゃい」
「はぁ………どうも」
楽しむも何も、そもそも三崎は買い物に付き合わせてるだけだ。なら、この後はどうしよう。三崎も泣き止んでることだし、このまま解散にしてもいいとは思うけど。
私は、考えがまとまらないまま三崎の方に歩み寄る。
「ねぇ、長橋」
「どうしたの?」
「さっき、友達って………」
「え、あの、それは……………」
「………アタシにも、ちょっと付き合ってよ」
静かにそう言う。言葉はぶっきらぼうなはずなのに、何故だかいつもの威圧感は全く感じない。
マフラーに口元を埋めて、目を合わせてこない。拗ねた子供みたいな仕草だなぁ、と思う。
「いいよ」
私も私で、どうして未だに上手く喋れないのだろうか。これだけ弱っていても本能で三崎を恐れているというのなら、私はどれだけ弱いのだろう。
「とりあえずさ、カフェでいい?」
「うん」
どういうつもりだろう。どうせ見られたなら、というノリで愚痴を聞かされるのだろうか。
行き先が決まると、再び無言モードになる。無言で、ただ並んで歩き出す。私達が文具屋を出ると、店長は「ありがとうございましたぁー」と間の抜けた声で言う。
ざく、ざく、と。私と三崎が雪を踏みしめる靴の音は、周囲の騒ぎ声なんかよりも余程大きく聞こえる。どういう意図であれ、私が今夜、三崎のことばかり考えているからだろうか。
ふと思い出す。今、隣に三崎が居る状態であのイルミネーションを見たら、何か違う特別なものが見えるのだろうか。
私は、見上げる。
赤い。
ピンク色だ。
オレンジ色だ。
温かい色、綺麗。
───何も変わっていない。自分のボキャブラリーの貧しさを実感し直しただけだった。
次回、19:30頃更新予定です




