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2.公園、何故か連れて行く

 外は雪が積もり、ひどく寒そうだ。だというのに、窓を覗けば人、人、人。少なくとも人の隙間から見える雪は、無数の足跡に侵され綺麗とはいえない。私のこの部屋が二階でなければ、色とりどりのイルミネーションすらも人影に隠れて見えないだろう。

 そんなムードも何も無い中で、聖夜の奇跡とやらは起こるのだろうか。人はクリスマス・イヴの夜を聖夜と呼び、カップルはその夜をお相手と過ごすことに何か意味があると勘違いをする。

 別に、意味の無い祭りが嫌いなわけではない。ただ、わざわざこんな寒い日にそれをやる必要は無いのではないか。私なら絶対、外になんて出たくない。

 ───まぁ、何が言いたいのかといわれてしまえば、「リア充爆発しろ」以外の何でもないのだけれど。

 そうだ。いっそのこと、このリア充への湧き上がる憎悪を小説にしてしまおうか。私の作風にも一致するし、悪い案ではないはず。

 私は、高校生でありながらプロの小説家。主に流行へのアンチテーゼを書いている。ちなみに編集さんからは、「悪意を剥き出しにした作風が面白い」と言われている。

 さて、と。私は机の引き出しに手を入れる。

「………無い。……………嘘でしょ、無い」

 私は、小説を書くときにスマホやパソコンは使わないようにしている。過去に予測変換を間違えて、ヒロインにとんでもなく卑猥なセリフを言わせてしまったことがあるからだ。あれは、怒られたなぁ。本当、怒られた。

 ということは、まさか、これ、買いに行かないといけないパターンか。あの人ごみの中を、キャーキャーと甲高い声を上げる奴らの隙間を、泳ぐように越えていかないといけないのか。

 まぁ、そこまで遠くないのは不幸中の幸いか。仕方がない、覚悟を決めて行ってくるとしよう。


 わざわざ降りてきてみてわかるのは、まず意外と空間に余裕があるということ。上から見たときはもっとひしめき合っているように見えたんだけど。

 そして───

「さっむ!?何なのこの寒さ………!!!」

 ヒートテックにセーター、更にもっふもふのコートまで着込んで、それでもなお冷気が体中に巡る。

 あぁ、まずいなぁ。小説家たるもの、こんな時こそ流暢な日本語でこの寒さを表現しないといけないというのに。無理だ、頭の中寒いしか出てこない。

 ふと、イルミネーションに目をやる。うん、まぁ、綺麗だ。小さい商店街の割に結構装飾は凝っているらしい。ピンク色とか、オレンジ色とか、暖かい色が多い。見ているとほんの少しだけ、寒さが和らぐような錯覚に陥る。

 でも、たとえば道の真ん中で恥ずかしげもなくキスなんてしてるそこのカップルには、この光が何か違う、特別なものに見えているのだろうか。

 私にはわからない。わかりたいとも思わない。

 ……………いや、興味はある、けど。

 私の家から行きつけの文具屋まではそう遠くない。ただ、気が重いのは、もうすぐ小さな公園を通るということ。クリスマスのデートスポットに独りで乗り込むというハードルの高さと、万一知り合いに出くわしでもしたら恥ずかしくて人生詰むというリスクが、私の足枷になる。

 あーあ、見えてきた。どうする、引き返すか。あるいは走って通り過ぎれば、と思いつくが、冷静に考えたらそれは逆に目立つ。

 恥じずに堂々と渡ればいいか。私はお前達よりオトナだってオーラを放ちながら、ゆっくりと優雅に………

 ───そう思っていた時だった。

「ねえ!?健斗、どういうつもり!?!?」

 聞き覚えのある声。いつも私の邪魔をする、大嫌いな声が聞こえた。知り合いの中でも特に会いたくない奴だけど、いきなり罵声が聞こえたら私は、つい気になってそっちを見てしまう。

 見れば、あいつ───三崎 美由が、一人の男と相対している。男は、見るからに体育会系というか、筋肉質でガタイの良い雰囲気か。

「だから、俺達今日で別れようっつってんの。黙ってたけど俺、もう一人彼女がいてさ、近いうちにそっちと結婚することになったんだ」

 説明的で助かる。今の一言で状況が完全に掴めた。あの男は三崎の彼氏で、この状況は三崎の失恋の瞬間か。

 つまり、あれだ。とても飯がうまい。

「それマジメぶってんの!?今までアタシにしてきた事への償いは!?アタシの気持ちは!?どうなんの、健斗!!!」

 三崎がこれだけ怒ってるのに、健斗とやらはめんどくさそうな態度。しょせん、リア充の恋愛なんて冷めたものだと改めて思う。

 それに、あの男。デートと称して呼びつけてから振るあたり………間違いなくこの状況を楽しんでいる。

 これだけ大声を上げていれば、周囲の目も集まる。これは確実に、明日噂として広まるだろう。教室がどれだけ荒れることやら、楽しみだ。

「んじゃ、そゆことだから。もう行くわ、俺の家で『彼女』が待ってんだ」

 男は三崎に追い打ちをかけ、そのまま踵を返す。

 普通は、知ってる人の失恋の現場を見たら、同情するものだろう。私だって、もしこれが仲のいい友達なら、少なくとも飯がうまいとは思わない。

 ただ、あいつは。三崎は。

 私は今まで幾度となく金を貸した。見下すような目で話しかけてきて、都合のいいように利用して、去っていく。だから私はあいつが大嫌い。

「おいっ、待て!!!健斗………健斗……………っ!!!」

 うわ、泣いてる。あいつ、あんな顔もするんだ。

「なんで……………ねぇ、なんで…………………………」

 そればっかりだな、本当。そりゃあ、いくら着飾っても本性がいじめっ子じゃあ捨てられるでしょう。

「う………、あ………ぁぁぁ……………」

 世界が終わったような顔だな。ああもう、腹が立つ───

「ね、ねぇ、三崎さん」

 ───え?

 今の声………私だよね………?私、なんで、こいつに声なんてかけてるの………?

「……………綺月……………や、長橋?」

 最悪だ。黙って通り過ぎれば何事もなく事が済んだのに。身体が勝手に動いたみたいに、声をかけてしまった。

「なんで言い直した、の?」

 とにかく、会話しなくちゃ。些細なことでもいい、この場はなるべく怒らせないようにして───

「今は、アンタを馬鹿にするような気分じゃないから」

 普段何故か私を下の名前で呼んでくることに違和感はあったけど、あれ馬鹿にしてたのか。綺月なんてたいそうな名前、確かに私の器には合わないけど。

「………長橋、いつから見てた?」

「どういうつもり!?あたりから………えと、ご、ごめん」

「謝んないでいいよ」

「そう、ごめん………」

「だから───いや、それより何の用?嘲笑いにでも来たの?」

 ───あれ?なんか……………

「今は何言われても怒んないから。好き放題言っていいよ」

 今日の三崎、なんか………毒が抜けてる?

 いや、失恋のショックで私への態度まで変わるものなのだろうか。恋愛経験なんて無いからまったくわからないけど。

 リア充の恋愛なんて、夫婦の真似事をして、飽きたら相手を捨てて、そんなものだと思っていた。いや、その認識はこの一件で変わるようなものじゃない。

 ただ三崎は、そんな中でただ一人───本当に恋愛をしていた、ということだろうか。

 ………気が変わった。そういうことなら───

「じゃあ………その、付き合ってくれる?」

「……………はぁぁぁ!?!?」

「か、買い物にだよ!?」

 我ながらベタな言い間違いをしたが、きっちり乗ってくる三崎が、なんだか面白かった。

 今、だったら。三崎が恐くない今だったら。

 ───ちゃんと、話せるかも。

「あー………いいよ」

 そう言う三崎は、見るからに無理をしたような、元気の無い笑顔だった。

 おそらく、私が三崎を嫌いなように三崎も私を嫌ってる。そんな三崎がこんな誘いに乗ったのはやっぱり、一人になりたくなかったからだと思う。

 気付けば周りの目は、こちらに向いてはいなかった。やっぱりみんな、自分の相手と盛り上がりたいからか。不快だけど助かる。

次回、19:10頃投稿予定です

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