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7章 私はあなたのものだよ

前回のあらすじ

ヘルガに婚約者がいるとミアが話してくれました。

 ミアが言うことには、ヘルガには婚約者がいるらしい。


「――初耳だ。詳しく聞かせてくれるか?」

「ヘルガ様はグラフ家領の隣地を所有する、ヴァイスブルグ子爵家のご子息に見初められ、来月にもご結婚される予定なのです。ヴァイスブルグ家は豊富な水源を持つ肥沃な土地をお持ちです。しかし、その肥沃さ故、盗賊や魔獣――それらを操る魔族が近年増え、頭を悩ませていたそうです。そこで、魔王領へ一番近いため、傭兵・冒険者の質が非常に高いグラフと友好関係を築きたいという思いもあって、この度婚約することとなったのです。町長はじめ領民もみな喜んでおります。特に町長は喜んでいらっしゃいました。ヘルガ様を何かと気にかけていらっしゃいましたから。」


 イキイキと話すミア。喜色を浮かべるミアの話しぶりに違和感を覚えた。


「政略結婚か。」


 吐き捨てるようにつぶやいた。


「そうですね!グラフ、ヴァイスブルグ両家にとって、戦略的価値のある結婚だと思います。私がその役目を担うかと思っておりましたが、ヴァイズブルグ家はヘルガ様を求められました。ヘルガ様は魔族退治の旗頭でありますから、ヴァイスブルグ家はそれほどまでに魔族対策に必死になっているのかと。」


 ミアは生まれながらにして貴族で。そして、きっとミアを育てたグラフ家はきっといい領主なんだろう。

 領民のため、グラフ家のために尽くしているのだろう。結婚すら道具としてしまうほどに。

 領民のため、家のための政略結婚を貴族として正しい行為としてとらえている。恋心を優先することを恥だとすら思っているのではないか……


 でも、オレは違う。できれば好きな人と一緒にいたい。そうでなければ、一人でもかまわない。

 これは育ってきた環境によるものだ。政略結婚という行為自体にいいイメージがない。結婚させられる本人の気持ちを大切にしていないんじゃないかと思ってしまうからだ。


 ただ、ミアのように貴族として特権の中に生き、チヤホヤされ、領民よりいい服と食事を与えられ、その代償として納得の上、政略結婚の道具となる。そういった生き方があってもいい。


 でも――ヘルガは?


 魔族と蔑まれ、貴族からスラムに落とされて。

 一人で生きていくために必死で剣をふるって。

 人間として当然に湧く感情すら抑え込んで魔族と戦い続け――

 その結果、「英雄」と呼ばれた。


 「英雄」と呼ばれた結果がこの政略結婚だというのか。


 もう自由に生きていいのではないかと思うのだ。

 感情を出し過ぎた結果、思わず赤い瞳の魔族になって、人に迷惑なんかかけちゃって

 ……そのまんまで生きてもいいんじゃないか。


「ヘルガ……」


 ヘルガに話しかけようとしたところで、町長が果汁を持って走ってきた。

 

「いやー、いい運動になりました!ハアハア。みなさん、どうぞ。どうぞどうぞ。」


 勢いに圧倒され、皆が果汁のおかわりをもらった。

 

「それでは話の続きを。私が失念しておりました件についてです。」


 よくもまあ、いけしゃあしゃあと。


「決闘の際に、入場許可以外にヘルガ様の身柄を求められました。これに間違いはありませんか、リク様。」

「ヘルガの身柄、か。そうだな。その通りだ。」

「勝者が望むことについて、敗者が口を挟むべきものではない。私の身柄を求めるのであれば、従うのが礼儀だ。殺すにしろ、奴隷にするにしろ好きにすればいい。」

「あくまでリク様は、『最も魔族を殺した剣士』、ヘルガ・ロートの身柄を求めると。」

「ああ。」


 村長は、ワナワナと震えだした。


「ヘルガ様は、先の大戦の英雄です。この国のため、身を粉にして戦ってきました。先の大戦後からは、この町の発展に大いに尽くしてくれています。しかし、あなた方からすれば、多くの同胞を殺したカタキなんでしょう。ですが、ヘルガ様――ヘルガは私からすれば、親をなくしていつも泣いてた女の子なんです。どうか、どうか寛大な処置を!」


 完全に魔族だと思ってやがるじゃないか。


「ねえ、リク様。あのとき、ヘルガ様を好きにするって言ったのは、言葉のアヤ――売り言葉に買い言葉みたいなものでしょう?殺したり、奴隷にしたりかわいそうなことはしないでしょう?……ねえリク様。私は、リク様が魔族でもずっと味方です。ですから、どうかお願いします。」


 ミアから言われると、なんだか悪いことをしている気がするな。


「もともと殺すつもりはない。」

「じゃあ、」


 ミアの発言を手で制して、


「ただ、そのまま解放するつもりもない。オレの側に仕えてもらう。」

「慰みものにするつもりですか!」


 町長は怒りに震えている。


「だったらどうする。」

「――ヘルガは、来月結婚するんです。婚約者がいるんです。子爵家のご子息との縁談です。今まで、ヘルガは辛い思いもたくさんしてきたんです。だから、幸せになってもらいたいんです。どうか、どうか……」


 町長は本当にヘルガを大事に思っているんだな。だからこそ――確認しなきゃならないことがある。


「少し質問があるのだが、いいか。」

「は、はい。」

「決闘をして、ヘルガの武人としての心意気に、私も心を動かされた。負けたものとして、決闘の結果の裁きにも潔い態度は正直好感を持っているよ。」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、」


 気が早いよ、町長。


「質問はこれからだ。町長、子爵の息子はヘルガが魔族化――サキュバスになることを知っているのか?」

「そ、それは……」


 言っていないんだな。


「何で伝えてないんだ。ヘルガは感情的になれば魔族化するんだ。あんたは知っていたんだろう。子爵家に伝えるべきじゃないのか。」

「最近はヘルガもずっと魔族化はしてなかった。もう大丈夫だとヘルガも言っていたから……」

「魔族化するのは、病気なんかじゃないんだ。町長、笑っちゃだめだっていうときに笑ったことはないか。泣くのを我慢していて涙が溢れたことはないか。ヘルガは赤い瞳のときが一番いい笑顔だったぞ。笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣けばいいんだ。そうだろ、ヘルガ。」


 ヘルガは何も言わない。ただ、赤い目でオレのことを見つめている。

 町長が肩に手を乗せヘルガに問い詰める。


「ヘルガはどうしたいんだ?子爵家との縁談だぞ。もう、剣なんて握らなくて済む。うれしいって言ってたじゃないか。」

 

 ヘルガはきっと嬉しいって言ったんだろう。それが一番みんなが喜ぶから。

 ――認められなかった子であるヘルガ。

 きっとみんなから認められたかったんだ。

 だから、一生懸命剣を振った。魔族を倒した。子爵家との結婚も了承した。


「ヘルガ、ワシは子爵家との縁談悪い話じゃないと思うよ。なあ、いまならリク様もお前が望むなら、解放してくれるかもしれない。」


 そうだな。本当に、ヘルガが望むならそうしてやる。


「ヘルガ様!私からもリク様に頼みます。ヘルガ様と領民にとっての幸せは子爵家との縁談、これ以上にないと思います。」

「なあ、ヘルガ。お前はどうしたい?このまま剣を振り続けるのもいいとは思うが、キレイな服を着て、おいしいご飯を食べて、温かい天蓋付きのベッドで寝れるんだ。子爵家のご子息も評判のいいお方だ。なあ、悪い話じゃないだろう。」


 そうだな、その上で心から泣いたり笑ったりできれば。


 町長からの問いかけに震えているヘルガ。

 ヘルガは「いい子」だったんだろう。期待に応えられなくて居場所がなくなるのが怖くて仕方ないんだ。

 だから、人の期待を拒絶できない。町長がヘルガに尋ねた。

 

「ヘルガ、お前はどうしたいんだ?」


 やめろよ、ヘルガを追い詰めるな。

 ヘルガが自分で言えなくても、オレが無理やり縁談をぶっ壊す。

 何なら、子爵家だってぶっ潰してやる。


「もう、いい。ヘルガ、何も言わなくていい。オレが、全部やってやるから。」

「……ダメだよ。」


 ヘルガは震えている。倒れそうに見えたので、ショートテレポートして支えた。

 手を握ってやる。


「ちゃんと言わなきゃ。私ちゃんと言うからね。」


 オレの目を見て話すヘルガ。村長のほうに向き直る。

 

「町長、私今日久しぶりに笑いました。心から笑ったので、もちろん赤い目になりました。魔族化しました。でも、本当に心から笑えて嬉しかった。涙が出てきたことだって、嬉しかったんです。だから、私が魔族でもいいって人についていきます。」

「……ヘルガ。いつも泣いていたお前が……そんな顔をして笑えるようになったんだね。」

「はい!」


 精一杯の笑顔のヘルガ。嬉しそうに漆黒の翼を広げる。フワフワと浮きながら、オレの近くに来た。


「リク。決闘で勝ったから、私はあなたのものだよ。だから、どう扱ってもいいんだけど。好きだよ、リク。」


 町長にきちんと自分の言葉で話せたことに安心したのか、素直な言葉で好意を伝えてきて面食らってしまった。夜風は吹いているのに顔が熱い。

 

「……ありがとう。」


 ゆっくりと優しくキスをした。と同時にフワフワ浮いていく。

 オレも空に連れて行ってくれるのか。


「ちょっと……何やってるんですか!話合いはどうなったんですかー!!!」


 ミアは騒いでいる。――町長は茫然としている。

 なんだか可笑しくて、オレとヘルガは顔を見合わせて笑った。


ヘルガは自分の気持ちを伝えられたようです。

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