6章 いつまで手を握ってるんですか?
前回のあらすじ
リクはヘルガを倒しました。
ヘルガは舞台の上で力尽きているが、口元には笑みを浮かべていた。
「ヘルガ様が、敗れた!」
「なんだ、あの男の動き、全く見えなかったぞ!」
「人間業じゃねえ!」
騎士たちが騒いでいる。
少し目立ちすぎたようだが殺さずに武闘家として勝つということはできた。
「ヘルガ、立てるか」
地面に倒れているヘルガを助け起こす。魔族化は解けて人間に戻っている。
魔族化する力も残っていないといった様子。
ヘルガを介抱していると、ミアと町長が駆け寄って来た。ミアとヘルガを抱え起こした。
「町長、私の負けです。リクの勝利宣言をお願いします。騎士たちもざわついていますから」
「うむ」
町長は、小型の石板を取り出し、短く呪文のような言葉を詠唱した。おお、拡声器みたいな魔道具なのか?
「ヘルガ・ロートとリク・ハヤマの決闘、勝者は『リク・ハヤマ』!盛大な拍手を!」
会場からは盛大な拍手。動揺しているものも見受けられるが、戦いを生業とするものとして、結果は結果として称えるということだろうか。
「勝者のリク・ハヤマにはベケットの街への入場の許可を与える。神聖な決闘の結果であること、保安上の入場審査であることから、この決闘の結果及び内容については、機密事項とする。以上だ。各自持ち場へ戻るがよい」
入場許可を与えるとまで言い切ってくれた。
衆人環視の場であるから、そうそう前言撤回できないだろう。
町長やるじゃないの。しかし、ヘルガをもらうっていう約束はどうなった?
町長に詰め寄ろうとしたが、ヘルガに手をつかまれた。
オレの手をぎゅっと両手で握って、
「リク、お前に負けた以上、私の身柄を好きに扱って構わないよ。ただ、私もこの町のギルドマスターとしての立場があるんだ。ねえ、場所を変えて話をしよう」
「ああ」
手を握って見つめあってるオレ達をミアが怪訝な顔で見ている。
町長が話しかけてきた。
「では、リク様、ヘルガ様。私の館へ場所を移しましょう。ミア様もご足労いただけますか?」
「ええ。ギルドマスターを倒したものがいるとなれば、お父様へも報告が必要でしょうから。あと、いつまで手を握ってるんですか?ヘルガ様」
ヘルガは恥ずかしそうに手を離した。
☆★
門を通ってベケットの街。
まっすぐ正面奥が町長の館である。
ギルドマスターと町長が得体のしれない装いの旅人を連れていると目立つということで馬車を使っての移動となった。
全員で別の馬車に乗り込み、町長の館へ。
使用人に案内され、大きな円卓のある広間へ案内された。
すでに3人は着席していた。
円卓の正面に町長、左にヘルガ、右にミア。
着席を促されたので座る。喉が渇いたので用意された柑橘類の果汁のようなものをいただく。
キンキンに冷えていてほしいが、この世界でヤボというものか。
町長が話を切り出した。
「では、入場に対しての決まり事などを話していきましょう。」
「通行証をもらえれば済む話だと思うが」
面倒な決まり事などなるべくご遠慮願いたい。
「ギルドマスタークラスを倒した方について、何の条件もなくというわけにも行きません。我々が魔族に脅威を感じるのと同じように、凄腕の方もある意味脅威でございますから、その動向についてもある程度は把握させてほしい、というお願いでございます。ギルドマスターが倒されたというウワサ自体保安上問題があります。だれが倒したかということも含め、これだけの群衆の口に戸は立てられますまい。先ほど一応釘は刺しておきましたが……」
あれだけの騎士や魔導士が目撃している。職務上の秘密であるとはいえ、そう長く機密が守られることもないだろうな。
それにしても、この町長、かなり出来るな。
結局のところ、オレを魔族ではないかと疑っておきながら、凄腕の方ということによって、魔族だと思っていないというポーズを取った。その上で、領民をダシにして監視下におくことを了承させようとしている。
「そんなに心配なら、ヘルガに監視させればいい。ヘルガが忙しいということであれば、冒険者ギルドで手が空いたものに監視させればいい」
「よろしいんですか?」
町長は拍子抜けしたようだ。
まあ、監視されるのはたまったものではないが、結局、監視されるだろうからな。
町長や騎士たちが自分たちより遥か上の技量を持ったものを畏怖するのは当然のことだ。
監視の許可を得るということは、表立って監視がやれるということ以外にあまり意味はない。
結局、この領主の屋敷にも聞き耳立てているやつなどが多数いるに決まっている。
「ああ。構わない。ただトイレや風呂、そして自室にいるときくらいは勘弁してもらえないだろうか。さすがに気が滅入るのでな。ああ、もちろん、オレが怪しいことをしている場合は構わないが」
「そうですね、もちろん配慮はします、はい。もう一つ、誠に申し訳ないのですが、街への出入りに関しては私の耳に入るようにしていただけますでしょうか」
「町を出るときはそうしよう。ただ、戻るときはどうすればいい?今日のように、さんざん待たされた挙句決闘させられることは無いと思っていいんだな」
決闘までさせられたのだ。これくらいの嫌味は言わせてもらう。
「はい。それはもう。門番からすぐ連絡を入れさせるよう徹底させます。では、こちらからは以上です。リク様、こちらの街の中で最高級の宿をご用意しております。ささ、どうぞどうぞ。いやあ、料理が絶品でしてね。ささ、お立ちになって」
席を立つのを促されている。
「この果汁おいしかったよ」
「それは、それは。御気に召したようで。料理長自ら、先ほど庭から収穫し絞ったものでございます。宿に届けさせますよ」
「喉が渇いたから、おかわりを持ってきてくれるか。これから長くなるんだから。」
「え?」
「忘れたとは言わさないぞ。オレは命を賭けされられたんだ」
「……ああ、あのことでございますか。ヘルガ様のことでございますね。すっかり忘れておりました。今から話をいたしましょう」
狸オヤジめ……。まあ、街のためを思ってのことだろうな。
ギルドマスターのヘルガを大事に思ってのことだろう。
理解はできるが、嫌がらせはさせてもらう。
「喉が渇きましたな。変りを持ってこ……」
【町長を庭へテレポート】
「え?」
ミアが驚いている。
「おお、町長が全速力で庭に走って行った。自ら果汁を振舞いたいとは、ありがたいことだ。」
「そ、そうなんだ。ちょっとリク様お話よろしいですか。」
席を外して、顔を近づけてくる。ヘルガを気にしているようだが、聞かれたくない内容ということだな。
「この度、決闘をするようなことになってしまって申し訳ありません」
ミアは深々と頭を下げ、謝罪の意を示す。
「ミアが悪いわけじゃない。だが、ミアは領主の娘ともなれば、今回の件に関してそんなに簡単に割り切れないよな」
「はい。怒りが収まらないのであれば、私が望むだけのことは致します。だから、ヘルガ様をお許しいただけませんでしょうか。ヘルガ様は、先の大戦の英雄でもあり、この町の安全に尽力してくれました。そして、何より……婚約者がいるのです」
ヘルガには婚約者がいるようです。