最終章 魔族リク・ハヤマ
私は父から渡された手紙を見て目を丸くしました。
ヘルガ様とハンス様の婚約破棄、そのうえヘルガ様とリク様の結婚式の日程が書いてあったのですから……
驚きなのは、ハンス様のサインと印があることです。
ヘルガ様とリク様だけでは婚約破棄はできません。
しかし、私にはハンス様がそうやすやすと首を縦に振るとは思えないのですが……
でも、リク様とヘルガ様の婚姻がお父様の目に入る前に、婚約の許しを得たかったのにな。
でももうこうなったら、開き直りましょう。
「はい、こちらの手紙に書いてあるリク・ハヤマ。その人こそが、私の夫となる方です。ヘルガ・ロートを鮮やかに下し、自分のものにしたその剛腕、手腕。敵にするには惜しくはありませんか?」
ここは、ヘルガ様の名前もでたことですし、リク様の戦闘力の利用価値をアピールします。
「ヘルガ・ロートを下したのだから、武力はあるのだろうな。ただ、人の婚約者を武力でものにするなど、人として信用できるとは思えんな」
「そんな、リク様は人の婚約者を武力で嫁にするような方では……」
ありますね。
決闘して。勝って。モノにしてましたね。
私がこの目で見ましたから。全くもって否定できません。
でも、悔しいですが、あのお二人は心が通じ合っているように見えました。
それを今伝えても、リク様が誠実であることを説明できるでしょうか。
それに貴族は順番などを気にするのです。
どちらが第一婦人なのかなど……もちろん私ですね。
「ミア、リク・ハヤマの件は子爵家とのことが解決するまでとりあえず認めることは出来ん。ベケットに行くことも許さん。むしろ、婚約破棄したならハンスのところへやりたいくらいだ」
「それがいいのかもしれませんね」
私は、どこかの貴族に嫁ぐために生まれてきた。
公爵家や侯爵家の玉の輿もいいし、グラフ領のお隣であるヴァイスブルグ家と親交を深めるのも、グラフ家や領民のためになるでしょう。
それが、貴族の生き方ですからね。
――でも、リク様と一緒にいた日々は楽しかったな。
小さな馬車で薬草を採りに行ったり、獣人族の村に行ったり。
ラウラちゃん楽しそうに踊ってた。私がちょっとびっくりするような薄着で、こんな世界もあるんだなあって。
ドラゴンを倒したり、モグラに倒されたり。ホントにビックリするようなことばかり。
モグラなんて癒し手の私でも倒せますからね。
もう、会えないかもしれないな。
このままどこかの貴族に嫁ぐことになったら、もう一生……
「気分が優れないので、お部屋で休みます」
☆★
「いいんですか?ミア様」
「いいの。一生お父様に会えないより、一生リク様に会えないほうが嫌よ」
トーマスとテオに薬草採取の体でベケットに行ってもらうことにした。
「うう、苦しい」
ラウラちゃんと私が布袋から出てくる。
「胸がつかえるんよ」
私はつかえない。
関所を布袋で通り抜けるのに成功したから、もう私の勝ちよ。お父様。
「ふふ。お父様。私を町から出すまいと、関所を強化し、部下に強く言い含めたみたいだけど、平気でお父様を裏切る部下がいて有難いわ」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ、ミア様。私はもともと伯爵様よりミア様の部下のつもりですからね」
「嬉しいこと言ってくれるわね。私があげたお金を数えながらじゃないほうがもっといいのだけど」
「人間正直なのが一番ですよ。ミア様みたいにリク様の前だけネコ被ってもねえ。リク様がいるとミャアミャア発情してうるさいったらありゃしない」
「トーマス、あたしにケンカうっとるよね」
ネコ族の前でネコをバカにするトーマス。
こいつは私をなめている。
ラウラちゃんにぼこぼこにされるといい。
ラウラちゃん、行くのです。
「痛い痛い、ひっかくなって」
「トーマスあんたねえ、お父様と上司がいないとほんっと態度悪いわね」
「まあ、リク様話わかるからリク様に仕えるのは文句ないですけどね。」
早くリク様のところへ行きたいな。ベケットにつかないかな。
☆★
ベケットは大量のドラゴンに包囲されていた。
「何よこれ!」
私は驚きを隠せませんでした。
なかば、伝説の生き物であるドラゴン。
何十匹のドラゴンが一堂に集まっています。
通常一匹でも町が壊滅するであろうドラゴンがこんなに。
ですが、テオもトーマスもラウラも別に驚いていませんでした。
非常識に対抗するのは非常識です。きっとなんとかしてくれます。
そうみんな思っているのでしょう。
聞こえるかどうかわからないほどやる気のなさそうな声。
ああ、これこそ私のリク様です。
【ドラゴンよ、死ね。魔石取り出して、肉は良く焼いておけ】
魔石が宙を飛び、おいしい匂いがしてきました。
地方によっては神のごとく崇められているドラゴンですが、
リク様にとっては魔石が取れる美味しい肉としか思ってないようで……
何でもないことのようにてくてく歩いてくるリク様。
私たちは馬車から飛び出します。
リク様はヘルガ様と手をつないで歩いてきました。
さすが、私を差し置いて結婚報告をする抜け目ないヘルガ様です。
ん?
んー、手のつなぎ方に問題があると思うのです。
あれは、指一本一本を絡める伝説の技、こ、恋人つなぎではないですか!
「ミア、帰って来てたんだな」
リク様が私に声を掛けます。
「そりゃあ、婚約破棄と結婚報告をもらったら飛んできますよ」
「びっくりした?」
「ビックリしたじゃないですよ!」
私はリク様に必死に訴えます。
「せっかく、あとちょっとでリク様との婚約をお父様に認められそうだったのに、あんな報告受けたらパーですよ」
「ああ、そうか」
「おまけに、もうベケットに行くなと言われました。お前はどこか他の貴族のところへと嫁げと」
リク様が頭を撫でてくれました。
懐かしい感触です。
私はこの手の大きさと温かさについていこうと決めたのです。
「良く戻って来てくれたな」
「リク様」
私は、リク様を見つめました。
さすがにヘルガ様も手をほどき、後ろに下がりました。
第一婦人は私なんですからね。
「父は、私をきっと血眼になって追ってくるでしょう。私がベケットの町へ居続けることは、町長をはじめ、ベケットの町に迷惑をかけてしまいます。きっと正規軍がこの町に押し寄せるでしょう。リク様お願いです。私を奪って欲しいのです」
「ん?ちょっと意味がよくわからないけど」
「他の町を頼っても、その町に迷惑をかけてしまします。だから、私が魔族に奪われたことにして欲しいのです。そうすれば、町に迷惑をかけることはないでしょう」
リク様に抱き着きます。しっかり受け入れてくれます。
「私は貴族の娘です。領民に不利益を与える恋など、私はできないのです」
ベケットの町は頼れない。他の町にかくまわれていることがわかれば、父は追っ手を差し向けるでしょう。
町長とヘルガ様が必死になって守ってきた町です。
私の恋などで壊すわけには行かないのです。
他の町の領主も、私に肩入れするわけには行きません。
家のためになる結婚を嫌がって逃げ出した貴族の娘。
誰が味方してくれるというのでしょう。
悪いのは私です。
私なのです。
「……ミア」
涙をためた私を安心させるように、リク様は私を抱きしめてくれました。
「リク様、私を魔族として奪ってはくれませんか。私のために、周りと喧嘩してくれませんか。人間の協力を求めず、魔族として一人で戦ってくれませんか。私は、リク様に面倒を押し付けます。私は進んでリク様の嫁になることはできません。私が進んでリク様のものになることは、グラフ家の名誉を傷つけてしまうから。だから、私を奪ってください」
リク様に思いのたけをぶつけました。
随分私に都合の良いお願いです。
聞き入れられなければ、それでいいのです。それが普通です。
そしたら、父に連れ戻されるまでの間リク様と一緒にいるだけです。
また、一目会えたから。
その思い出があれば、他に嫁いでいけるでしょう。
私は恋をしたのだから。
それが貴族の娘に生まれたものの運命です。
私は目をとじ、リク様を待ちます。
おかしいな、いつもならキスをしてくれるはずだけど。
何やら私は紐で括られているようです。
「えー!」
私は驚きの声を上げます。
リク様は笑っていました。
「ちょうど子爵家が軍を引き連れてオレとヘルガをつぶしにここに来てる。オレがミアを奪ったと知らしめる絶好のチャンスだ。ヘルガ、もう我慢する必要はないんだ。魔族として、いやオレと一緒に魔族夫妻として、子爵家を殲滅に行くぞ」
リク様とヘルガ様は私を縛り上げたまま、子爵家の軍勢のもとへテレポートしました。
リク様は、魔族の襲来に怯える軍勢めがけて、精いっぱいの声で叫びました。
――聞こえるか、人間どもよ! 我の繁殖のための贄としてお前らから奪った我が妻ヘルガ・ロートとミア・グラフはもうすでに私の眷属として取り込んだ。取り返したくば、「夜の森」へ来い。そこで相手をしてやる。フハハハハ!
言うだけ言って、みんなで町長の屋敷に【テレポート】して帰ってきました。
リク様の部屋に私とヘルガ様とラウラちゃんがいます。
久しぶりの再会と言うことで譲ってくれたのでしょうか。
ヘルガ様は早々に帰って行きました。
ラウラちゃんはニャアニャアうるさく抵抗したのですが、本妻の威厳で今日のリク様を勝ち取りました。
明日お肉あげようね。ラウラちゃん。
「あの、そろそろほどきませんか」
そう、私はずっと縛られているのです。
「やだ。奪うって言ったからな。世界と喧嘩をさせられるのだ。これぐらいいいだろう」
「そうでした。私は望んでここに来たのではないのです。だから、ありがとう、リク様」
私は、頭を少しだけ下げてお礼を言います。
ホントはもっと下げたいんですが、縛られているので無理なのです。
リク様は、しばらくそうやって笑っていました。
きっとリク様は、私もヘルガ様もラウラちゃんもそうですが、泣いている人を放っておけないのでしょう。
特に、自分ではどうにもできなくなった人に。
ラウラちゃんに家族を、
ヘルガ様に誇りを、
そして私に自由を与えてくれました。
これからも、リク様はいろんなトラブルに巻き込まれるんでしょう。
私たちみたいなどうにもできなくなった人を助けてしまうから。
私たち奥様は、そんなリク様とずっと一緒にいますからね。
それはいいんですけど、そろそろほどいてくれませんかね。
「やだ」
あの、ホントほどきましょうよ。目が血走っていますよ。
――長い夜が始まりました。
おしまいです。
リクとヨメたちの物語、読んでくれた皆様ありがとうございました。
楽しんでいただけたところがちょっとでもあれば、嬉しいです。
キリのいいところで完結になります。
はじめての執筆でうんうんうなりながら、書きました。
とても楽しかったです。
直したいところはたくさんですが……
良ければ、感想や評価ポイントお願いします。
では、また。