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31章  ヘルガが笑ってくれるなら

前回のあらすじ

 怒り狂うハンス。

 ハンスの号令で騎士たちが屋敷で人探しを行い始めた。

 探している人物は――オレだ。


 騎士たちはツボを破壊したり、使用人を脅迫したり、扉を蹴破ったりしている。

 

「ハンス様、何をしているかお分かりですか?ここは伯爵様の領地なのですよ?」

「気遣ってくれてありがとう。ただね、伯爵様はわかってくれるさ」


 歪んだ笑顔を見せるハンス。


「婚約者を奪われた男が騎士たちと魔族討伐にやってきた――その時に多少のものを壊したところで、お許しになるはずさ」


 激高しながらも、人としてやっていいかどうかって言うのは置いといて、伯爵が許さざるを得ないラインってのを意識しているのか。

 

 ――魔族に奪われた婚約者を取り返しに来た


 なんてのは、民衆の楽しいゴシップになるだろう。

 そして、魔族討伐後のハンスは英雄と呼ばれる。

 ハンスの筋書き通りに運べば、たしかに伯爵も表立って非難できないだろう。

 町長の家を破壊したところで、すべて魔族のせいにすればいいのだ。


「とっとと出て来いよ、魔族リク・ハヤマ!」


 抜刀して町長の側の鉢植えを真っ二つにする。


「ヘルガをいい様にしているのは、魔族なんだから。何をさておいても排除すべきだ――違うか?それとも、ヘルガを弄んでいた男が魔族でなくただの人間で、お前が匿っているとでもいうつもりか、町長!」


 ハンスは剣を横に薙ぎ、町長の首の寸前でピタリと止めて見せた。

 町長はピクリとも動かない。

 大した根性だ。


「ハンス様、どうか怒りをお収めください。私のことを許せないのはわかります。ですが、この屋敷のものに手を上げるのはやめてください!」


 ヘルガは、平伏してハンスに謝罪を述べ続ける。

 ハンスはそんなヘルガの手を握り、ヘルガを立たせた。

 

 ――手を、握ってんじゃねえよ。


「ヘルガ、先ほどの気の迷いの結果の婚約破棄など僕はもう許している。だから、こちらへおいで」


 ハンスがヘルガの手を引いた。二人の目が合う。ヘルガは目を逸らした。

 ハンスの眉がピクリと動いたのをオレは見ていた。


 ハンスはヘルガを抱き寄せ、唇を奪おうとしていた。


 ふざけんな!

 オレが【ショートテレポート】して【回し蹴り】するより速く、

 ヘルガが、ハンスを突き飛ばした。

 【中止】 あぶないヘルガを蹴っ飛ばしてしまうとこだった。


「い、嫌です。私はあなたと結婚できません」

「何が不満なんですか、ヘルガ。何不自由ない暮らしをさせてあげますよ」

「……私には一緒にいたい人がいます。だから、あなたとは結婚できません」


 ヘルガは、誠実に自分の思いを伝えた。


「それが、リク・ハヤマか」

「はい」


 頷くヘルガ。


「ヘルガ、君は魔族に騙されているんだ。魔族は精神魔法を使うと聞く。キミの清廉な心でさえ、奪い去っていくほどの強力な精神魔法をかけられているんだ」


 ハンスは、ヘルガの目を見ようとしない。

 まっすぐにハンスを見つめるヘルガの目を見れば、ヘルガの心が自分にはないことがわかってしまうからだろうか。


「必ず魔族を見つけ出して殺す、そしたら、キミを取り戻せる」


 ハンスはヘルガに背を向け、騎士たちに命令する。


「屋敷に火をかけろ!」


 手際よく屋敷に火をつけ出す騎士たち。


「やめてくれ、屋敷に火をつける必要はないだろう!使用人もいるんだ、やめてくれ!」


 町長が絞り出すように叫ぶ。 

【消化】、騎士たちが、あれ、なかなか火がつかないって思っているようだ。

 ついてるけど、火がついた先から消してるんだよ。


「さっさと連れてこい!魔族リク・ハヤマを。お前がかくまっているんだろうが!」


 町長と目が合った。もういいよ、オレが出て行ったほうが収まるよな。

 じゃあ、出ていくか。どうこの場を収めるかわからないけど。


「リクは、ここにはいない」


 やめてくれよ町長。

 ヘルガはまだしも、あんたがオレをかばうことないだろうよ。


「死んでからも同じセリフが言えるといいなあ」


 剣を振りかぶるハンス。町長は覚悟を決めていた。


「町長!」


 ヘルガが動こうとした瞬間に、騎士がヘルガのドレスを踏みつけ、騎士3人がかりでヘルガを拘束した。


「やめろよ。お前が探しているのはオレだろ?」


 オレはハンスと町長の間に立つ。

 ハンスは後ろに下がり、構えなおした。


「リク・ハヤマぁ」


 血走った目でオレを見つめるハンス。


「ヘルガを解放してやれよ」


 【突風】ヘルガを抑えていた騎士たちを飛ばす。


「ぐぁーーー」

「リク!」


 ヘルガがオレに駆け寄る。オレに寄り添うヘルガ。


「今、何をした!全く動きが見えなかったが……」

「そんなことはどうでもいい。……あの、あれだろ?お前怒ってるんだろ?ヘルガをオレに取られて。一発殴らせてやるから、それで許してくれよ」


 精いっぱい考えた結果がこれである。

 どうせ、オレもハンスもお互いのことが嫌いだ。

 歩み寄れる方法など無い。

 オレの精いっぱいの譲歩だった。


「いいのか」

「一発だけだぞ」


 ハンスがオレに近寄ってくる。


 助走をつけている。

 やべえ、痛そうだなあ。

 でも、ヘルガも町長もオレのために頑張ってくれた。

 一発ぐらい甘んじて受けるさ。


 バチコーン。痛い、マジでいたい。【痛覚鈍麻】【軽傷回復】

 回復しないとはいってないからな。うん、これで、ハンスも許してくれたかな。


【大罪を司る精霊よ。我の憤怒の叫びを聞き、その願いを聞き入れよ、炎の大鎌フレアデスサイズ】!


 ハンス、オレは一発殴っていいとは言ったが、めいっぱい呪文詠唱していいとは言ってねえぞ!


 オレの前に現れる炎の鎌。まあ、消せばいいけどね。


「リク様!危ない!」


 町長の屋敷の使用人がオレを突き飛ばした。


 へ?急なことで呆気にとられてしまった。

 炎に焼かれる使用人。いや、驚いている場合じゃない【消化】!


「リク様……ご無事、ですか……」


 駆け寄って抱きかかえる。


 何なんだ、お前は! オレはお前の名前も知らないのに。


 オレにお茶を入れてくれた。とても目が覚めた。

 それからも、オレと会うたびに微笑みをくれていた。

 オレは、ただただ、おはよう、とかおやすみ、とかどうでもいいことしか喋った記憶はない。

 オレをかばう理由なんてなかったはずだ。


「ああ、無事だよ」

「良かった」


 ヤケドした顔でも笑ったとわかった。


 オレに手を伸ばした。


「リク様」


 オレの顔には届かず、腕はだらんと地面に垂れた。


 ヘルガが駆け寄り使用人の脈を取った。ヘルガは左右に首を振り、その場に崩れた。


「町長、すまない。オレは、この子の名前を知らない……教えて欲しい」

「……コリンナ。コリンナ・リンネと言います。心根の優しい子でした」


 町長はうなだれながら答えた。


【コリンナを生き返らせてくれ】


 コリンナは光に包まれた。


「な、何?」

「ハンス」


 オレはハンスに話しかけた。


「お前はオレを殺そうとした。お前からしたら、オレのことは許せなくて当然だろう。一発殴るだけじゃなく攻撃魔法を使ったことまでは、オレはお前に文句を言える筋合いはない」


 オレはハンスにひどいことをした。

 それはわかっている。


「でも、そのせいでコリンナを傷つけた。頼む。このことについては謝ってくれ。この子は炎で焼かれるようなことは何もしていないんだ。頼むよ」


 頭を下げる。


「魔族の仲間は、魔族だ。それこそこの場にいる全員燃やしてもオレの怒りは消えやしないんだよ、リク・ハヤマぁ!」


 ハンスはオレに斬りかかってきた。

 ヘルガが、それに割って入る。


 何も持たず、手を広げて。

 

 何やってんだ、ヘルガ。お前が斬られてどうなるって言うんだ。


【テレポート】


 オレとハンスは、闘技場にテレポートした。

 

「どこだ、ここは!」


 ハンスはあたりを見渡している。オレはハンスの質問に答える気はない。

 オレとヘルガの贖罪のためにヘルガはハンスの刃に身をさらした。

 

 なぜ、ヘルガがそこまでしなければならないんだ。

 

 ヘルガは今まで自分で決めたことなどほとんどなかったのに、

 やっと自分のことがわかったのに。


 ハンスがいる限りヘルガが笑えないならば、オレが罪を背負おう。


 オレは魔族なんだから。


「ここは、どこだ答えろ!」


 オレにそんな余裕はない。


【ハンスを燃やせ。コリンナにしたように。一片の塵も残さず、燃やし尽くせ】!


 現れた業火。何の音も聞こえないほどだった。

 炎が消えた後には、何も残っていなかった。


あたりには、風の音だけ――


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