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26章  あなたのものになります

前回のあらすじ

 マリーはヘルガに怒られました。

 ヘルガの執務室。最低限必要なものしか置いてない。

 部屋はその所有者の人となりを表すという。

 いままでは着飾るなど、頓着してなかったヘルガらしい。


 ヘルガがお茶を作ってくれている。

 マリーはヘルガの代わりに作ると主張したが、睨まれてすごすごと退散していた。


「お茶ぐらい、私が作りますのに」


 マリーがぼやいている。


「はい、リクできたよ」


 テーブルにカップを音を立てずに置くヘルガ。

 ヘルガの所作は貴族的というわけではないが、気遣いを感じて美しい。


「おいしいよ」

「良かった。リクはこのお茶が好きなんだよね。町長の屋敷で飲んでたのを聞いておいたんだよ」

「わざわざ調べてくれたのか。嬉しいな。愛情を感じるぞ」

「ふふ、忙しくないときはなるべく私が入れてあげたいからね」


 先ほどの鬼教官と同一人物とは思えない笑顔。


「マリーも、飲んで。ね」

「は、はい。」


 マリーの表情はぎこちない。まあ、さきほどしこたま怒られたしな。

 応接テーブルの向かいにマリー。お茶を入れ終わったヘルガはオレの隣に座る。


「それで、どうしてこんなことをしたのか聞いてもいい?ヴァルキュリアは真剣を使っていたよ。リクを殺そうとしたの?」

「……ヘルガ様は変わられてしまった。ギルドのメンバーはみな、そう話しておりました。凛として気高い白百合のようなヘルガ様。我々を叱咤し、激励するときの黒バラのような美しさ。男に負けるどころか、男どもを押しのけ、実力でSランクとなったヘルガ様を、我々ヴァルキュリアはお慕い申しております」

「うん。マリー達はよく頑張ってくれてるよ」


 マリーのカップを握る手に力がこもっているのがわかる。


「ですが、リク様との決闘の後から、ヘルガ様は変わられてしまった。我々のミスを一つも見逃さないような怜悧な目は、もうありませんでした。少女のように笑い、優しく我々を見つめるヘルガ様……うう、その気丈な心持を思うと、私は辛くて仕方なかったのです」


 は?途中までわかるけど、ヘルガが笑って、柔和になったなら別にいいじゃない。


「聞けば、決闘に敗れ、ヘルガ様の身柄はリク様に奪われたとのこと。そして、決闘の後に、二日もギルドにおいでにならなかった……ぅぅ」


 マリーは泣いてしまった。


「二日も寝込むほど、リク様の責めは苛烈を極めたのでしょう」


 おいこら。そもそも決闘のあとはすぐ寝たんだよ。オレもヘルガも疲れてたからな。


「清廉で高潔なヘルガ様には、酷なことでございます。魔族殺しのヘルガ様が、魔族の手に落ちた、そうなれば苛烈な報復が待っているのでございましょう……ヘルガ様は以前のような女傑ではなく、ただの女にされてしまったのだと、魔族の恨みのすべてをその身に受けて、以前と同じではいられなくなってしまったのだと……」


 オレはヘルガに恨みなぞ一切ないぞ。


「そんなとき、ヘルガ様はどこか思いつめたご様子で、私に子爵家との縁談を取りやめにするとおっしゃったのです。なぜかと私が聞くと、ヘルガ様は答えてはくれませんでした。魔族に汚されてしまった身では子爵家に嫁ぐに値しないと、気を使っておられるのだとそう思い、私は決意したのです。必ずヘルガ様をお救いすると!そして、リク様に決闘を申し込みました。昇格試験の形を借りて。リク様は、決闘で勝利すればヘルガ様の身柄を解放すると約束してくれました。私にはそうするしか、ヘルガ様をお救いする道がなかったのです……」


 涙を浮かべるマリー。

 ヘルガと顔を見合わせる。

 ヘルガは「ふふっ」と笑い、マリーを抱きしめる。


「……ヘルガ様?」


 顔を上げようとするマリーを手で制して、


「いいよ。そのままで。心配してくれたんだね。ありがとうね。このまま泣いていいんだよ」

「ヘルガ様……」


 ヘルガは、マリーを抱きしめ、背中をトントンと一定のリズムで優しく撫でている。


「私はね、今の話し方が一番自分らしいと思うんだ。さっき、みんなの前でマリーを怒ったみたいな話し方は、無理をしていたんだよね。」


 一生懸命ではあったので、そこが可愛らしくもあったけど。


「でも、ずっと、剣士としてしか生きてこなかったから、簡単には変われないよ。でもね、リクといるときくらいは自然にしていたいんだ。リクはね、とっても優しいんだよ。薬草をね、取って来てくれたり、私が起きてくるのを待っててくれたりするんだよ。でもね、疲れてテーブルで寝てたりもするんだよ」


 ヘルガはオレとの話をとても楽しそうにする。話の中身は、特になんということのない日常だ。

そういう時間をヘルガと過ごせて、とても嬉しい。


「それでね、リクは私の全てを認めてくれたんだ。そしたら、好きになってたんだ。だから、私はリクと一緒になるから、子爵家には嫁げないんだ。思いつめた顔をしていたのはね、子爵家との縁談をうまく断れるか心配してたからだよ」


 大丈夫だ、任せろ。どう転んでもなんとかする。


「ねえ、マリー。私が何者でも、許してくれるかな」

「……それはどういうことでしょうか」


 ヘルガの側に立って、手をつないでやる。

 自分を見せるのは勇気がいることだ。

 そして、自分の心を開かなければ、相手も心を開いてはくれない。

 ヘルガが心細いなら、オレが隣にいるよ。

 ヘルガと目が合った。オレは、ヘルガに精いっぱいの笑顔で笑いかけてやるんだ。

 

 ……頑張れ、ヘルガ。


 ヘルガは、抑えていた感情を解き放った。

 それは、嬉しさだったのか、恐怖だったのかはわからないけど。


――漆黒の翼を持つ赤い目のサキュバス。しっとりと濡れた黒翼に、宝石のような赤い目。紅潮した頬と、挑発的な表情に男は惹かれてしまう。今すぐその肢体にむしゃぶりつきたいが、ここは空気を読むんだ、オレ。


「これが私だよ、マリー。」


 驚いてはいるが、瞳を大きく開け、事実を受け止めようとしているマリー。


「ヘルガ様、その姿は」

「私ヘルガ・ロートは魔族なんだ。感情的になると魔族化してしまう。先祖帰りっていうらしいよ。サキュバスって言う魔族。淫魔のほうがわかりやすいかな」


 ヘルガは自分のことを飾らず伝える。マリーにわかってほしいから。


「……いつからですか」

「10歳のころから、かな」

「感情が動くと、魔族化してしまうんですか」

「そうだよ、だからずっとガマンして生きてきた。でも、もうやめたんだ」


 ヘルガがこの姿を見せたからには、マリーにも覚悟をしてもらうぞ。


「……へルガが魔族だってことを知っているのは、まだ限られている。ウワサは広まってしまっているが、伯爵や、子爵家は知らないだろう。伯爵、子爵に知られた場合、最悪、ヘルガ討伐の命令が下る可能性がある。軍か、あるいは冒険者ギルドから」


 オレは、自然と奥歯を噛み締めていた。


「そんなこと……」

「ないって言いきれるか?各都市には防衛機構がある。防衛機構の中に魔族がいることをだれが許すっていうんだ!」

「それは……」


 マリーもヘルガ討伐の可能性を否定できないのだろう。

 ただ、声を荒げてしまったのは悪かった。つい、声が大きくなってしまったんだ。最悪の未来を想像して。


「だから、決闘の際にお前にオレの望みは伝えたはずだ。オレが勝ったならば、金輪際ヘルガに近づくなと」

「私には、ヘルガ様の討伐など出来ない」


 肩を震わせるマリー。


「では、ヘルガ討伐の命が下った時に、冒険者ギルドを皆殺しにできるか」

「そ、それは」


 そこまでの非情な命令は実際しないだろう。

 皆殺しにするならオレがやる。

 ただ、マリーにはヘルガを土壇場で裏切るようなことはしてほしくない。


「……でも、私はヘルガ様と一緒にいたい……」

「決闘で決まったことだ」

「ねえ、リク」

「何だ」


 ヘルガが尋ねた。


「決闘で、私の身柄と、マリーが私に近づかないってことを賭けたの?」

「ああ、そうだ」

「ふーん、リクはきっと逃げ道を用意してたと思うんだよね」


 ヘルガが左手を顎に当て、首をかしげながら推察を進める。いつの間にか気持ちが落ち着いたのか、魔族化は収まっていた。


「だって、リクは優しいから。それにね、マリーが私に近づかないことなんてので満足しないと思うんだ。そんなことリクは別に楽しくないよね。メリットがない」


 確かにそうだ。マリーがヘルガに近づかなくてもオレは得なんかしない。


「ねえ、リク。リクは優しいから、自分もみんなも楽しい道を選ぶと思うよ」


 ヘルガは、なんだか嬉しそうにオレをからかう。


「リクは、決闘するときにきちんと本当に自分が欲しいものを言ってると思うよ。私、リクがマリーに何て言ったか当ててあげようか」

「あまりいじめるなよ。わかったよ、自分でいうよ」


 マリー・シュナイダー。銀髪長身。

 ヘルガに強いあこがれを持つ女の子。

 黒を基調とした服がとても似合っている。

 ちょっと暴走することもあるけど、ヘルガを一途に思う心のきれいな女の子だ。


「決闘に勝ったから、オレの望むものをよこしてもらう。ただ、マリー。お前に選ばせてやろう。お前がヘルガに金輪際近づかないことを受け入れるか。マリー、お前自身がオレのものになるか」


 マリーは覚悟を決めたようだ。

 

「私、ヘルガ様と離れたくありません。だから、あなたのものになります。リク様」


 決意の言葉を口にするマリー。


「目をつぶって」


 マリーは目をつぶっているが、震えているようだ。

 ヘルガがマリーの後ろから抱きしめて、安心させるように手と手を絡めた。マリーを安心させるように言葉をかけてやる


「怖くないよ、マリー」

「はい」


 マリーを抱き締めて、誓いのキスをした。ほんとに軽く触れる程度。

 マリーに関しては、これから徐々に心が触れ合っていければいいだろう。


「マリー、一つだけいいかな」


 ヘルガがマリーに話しかけた。


「職場では、厳しい態度を取らなきゃいけない時もあるけど、ウチでは同じ奥さんなんだから、友達になれないかな?」

「え、友達ですか?」


 マリーは言わずもがな、ヘルガも赤くなっている。


「嫌かな、私マリーと仲良くなりたいから」

「嫌なんてことは絶対ありません、な、仲良くします」


 マリーの瞳はうるうるしっぱなし。


「マリー、ねえ、名前で呼んで?」

「…ヘ、ヘルガ」


 噛み締めながら、その名を呼んでいる。


「そう、よくできました」

「はい、ヘルガ様」

「こら」

「あ」

 

 二人は仲睦まじい。オレもちょっと焼けてしまうぞ。


「マリー。言うまでもないけど、奥さんなんだから、私より、リクを優先するのよ。そうしないと怒るからね」

「は、はい」

「おい、友達に指示するなよ」

「それもそうだね」


 ヘルガが舌を出して笑った。


「いえ先輩奥様の言うことは絶対です、リク様」


 マリーはヘルガの言うことを聞くのが楽しくて仕方ないみたいだ。


マリー・シュナイダー。リクの4人目のお嫁さんです。

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