25章 鬼教官ヘルガ・ロート
前回のあらすじ
リクは大歓声の中、勝利しました。
マリー・シュナイダー率いる10名のヴァルキュリアを下した。
割れんばかりの歓声。上げた右腕をいつ下ろせばいいか思案していたところ、吹き飛ぶような勢いで扉が開いた。
「リク!」
――我らがベケットが誇るトップランカー、ヘルガ様の登場だ!勝者であるリク様を気遣っている、舞台を見渡し――
ヘルガは、軽く足に力を入れたかと思えば、跳躍し、実況席のフーバーから拡声器を奪った。
――みな、遊びはおしまいだ。幹部は残れ。おっと、下手に逃げようと思うなよ。この場にいる幹部の顔は、全員覚えた。正座して待て。他の冒険者は、とっとと出ていけ。……いいな。
感情を抑えたヘルガの声色から、怒気を感じるくらいの危機感は皆持っているらしい。
すごすごと出て行った。ヘルガが初めて会った時のように剣士モードになっている。
というより、鬼教官かな。
うんうん。こっちのヘルガも悪くはないんだけど。
オレが怒られるのでなければ、というカッコ書きはつくけど。
倒れていたマリー以下ヴァルキュリアの面々も飛び起きて正座をし、ヘルガの顔色を伺っていた。
「整列」
ヘルガの掛け声で全員正座から飛び上がり、2列横隊が少しの乱れもなく組みあがる。
「遅いな」
と、オレの目からは見えたんだけど、一人遅れたみたいだ。
ヘルガは瞬時に遅れたヴァルキュリアの後ろに回り、関節技を決める。
「グゥゥゥゥ、申し訳ありません」
腕を変な方向に曲げられているヴァルキュリアは苦しそうに呻いているが、表情は喜悦にまみれていた。ん? こいつだけじゃなく、鬼教官ヘルガの様子を妙ににこにこ見ている気がするが……
「整列の練度もこの程度か。貴様ら、魔族にすぐに殺されたいか」
先のヴァルキュリアから手を放しながら、ヘルガが言葉を続けた。
「この子の教育係は誰だ、マリー」
「は、私です!」
「ほう」
ヘルガが、コツコツと足音を鳴らしながら、マリーの隣へ。
「特別昇格試験はギルドマスターの専権ではなかったか?今回のリク様の昇格試験、責任者は誰だ」
「は、私です!」
「そうか。今気づいたが、リクの椅子がないな」
ああ、椅子でも取ってこようか。
と、オレが動こうとしたら、ヘルガから手を握って止められた。
オレに対しては、普通の少女のようにふるまうヘルガ。
「リクはいいよ。イスはここにあるんだから。ねえ、マリー」
「は!」
マリーは、前に進み出て当然のようにブリッジしている。
「座って、リク」
「へ?」
「使い心地は悪いかもしれないけど、どうぞ」
有無を言わさぬ、ヘルガの圧力に促されるまま座る。
マリーは大きいので柔らかい。
「ク……」
……そりゃきついわな。
「マリー、新人の教育も出来ていないお前が、私を差し置いて、特別昇格試験の責任者を騙る、か。ギルドマスターの権限を濫用した罪、軽くはないぞ。ヴァルキュリアまで勝手に動かして…」
「す、すみません。ヘルガ様!」
ヴァルキュリアの面々も、前に出てきてヘルガに土下座をする。
「私たちは、私たちの判断でやったこと!マリー様のご指示ではありません。どうか、ご容赦を!お怒りをお収めください!」
ヴァルキュリア達は、頭を地面に擦り付けすぎて摩擦熱でも出そうだ。
「私にはいい。リクに、いえリク様に謝りなさい。私の主人なのだから」
え?といった顔をしているが、少し間ののち理解したのか。
「すみません、リク様!申し訳ありませんでした!」
と一糸乱れぬ謝罪を受けた。
「すみません、ヘルガ様。それでもどうしても私は賛成できません。一度慰み者にされたからと言ってこんな魔族に輿入れする必要はないと思います!ご事情を説明すれば、子爵家のご子息様も理解いただけるかと!」
「……イスが許しもなく喋るな!」
ブリッジをしているマリーの乳房を激しく握りしめるヘルガ。
なんなんだお前らプレイの一種か。
「ヒグゥ!ク、フゥ……申し訳ありません」
マリーは苦悶に顔を歪めているが、口角は上がっている。変態か、お前は。
しかし、マリーはオレを魔族だとかたくなに信じているようだな。
「みなは、もういい。……マリーは私の部屋に来い。リクも来てね」
「ヘルガ様、リク様にご迷惑をおかけしたわたくしたちへの罰をお与えください!どうか、自分を罰せねば気が済みません!」
そんなに反省するなら最初から徒党を組んで殺しに来るなと小一時間……
「……『夜の森』の入り口付近にウェアウルフがいたと報告があった。数は50体ほどか。人的被害が出る前に殲滅しろ。わかったか!」
「は。わかりました!必ず!」
マリー以外は出て行った。
ヘルガは、鬼教官でした。