9章 伯爵令嬢ミア
前回のあらすじ
ヘルガとの決闘の事後処理を進めました。
決闘のおかげか良く動いたので早く目が覚めた。昨日の町長との取引はそれぞれの主張を折半するような形で終わらせた。
【取り決め】
・日夜問わず働く冒険者ギルドの働き方改革を行うこと。ヘルガの勤務は一日6時間を週4日程度。
・決闘の結果は引き分け。ヘルガがオレの将来性を買って、引き分けにしてあげたというストーリー。
・子爵家との縁談は破談にする。
オレとしてはヘルガの負担を減らせたので満足だ。
決闘にまつわるストーリーなど勝手にすればいい。
町長は政治家として、オレは主人として、守るべきものは守れたのではないか。
子爵家との婚姻に関しては、一週間後に子爵家の息子がベケットに来るらしいので、そこで魔族化したヘルガと合わせて破談に持ち込むといった内容に落ち着いた。
うまくやりきるしかないか。
部屋を出て、ヘルガのもとへ向かう。ん?鍵が開いている。
ミアがヘルガへ回復魔法をかけているところだった。
ヘルガは横になったまま上着を部がされていた。ミアは胸部に両手を乗せ、ゆったりとした調べの歌を歌う。回復呪文なのかな。
ミアの歌を聴くだけで、癒されるような気がする。
邪魔しちゃあ悪いな。広間で待っているか。広間にちょうど使用人が通りがかりお茶を勧めてくれたので、目が覚めるものをリクエストしておいた。コーヒーでもあればいいが。
使用人は少し酸味の強いお茶みたいなのを出してくれた。うん、目が覚める。
「リク様。おはようございます」
「ミア、おはよう。ヘルガを回復してくれてんだな、ありがとう」
「いえいえ。未来の旦那様のためですから」
ミアは頬を染めている。――未来の旦那様ってなんのことだ?
「それにしても、リク様は平気なのですか?お体どこか痛いところなどありませんか?」
攻撃を食らっていないので問題ない。
唯一、【エナジードレイン】を直撃してしまったが、その分は観客から補充してあるから問題ない。
ただ、なんだか成長痛みたいなものを感じるな。
「節々が少し熱を持っているようだ。不快な感じではないけど」
「リク様はレベル3だったんですよね」
「そうだな、聖石判別はじめてだったからよくわからないが」
「ヘルガ様のレベルが200に近いから、決闘に勝ったのでレベルが一気に上がったんじゃないですか?レベルが一気に上がった時はそんな症状が出るようですよ」
「へー。」
そうか、なんだか体が軽い気がするんだよな。これもレベルアップのせいだろうか。
「オレはまあいいとして、ヘルガはどうなの?長引きそう?」
「そうですね。決闘の後は、体を限界まで動かしていますから、休養をとるのはもちろんなんですが、ヘルガ様は我慢強いお方で、人より限界を超えて体を酷使しちゃうみたいで。そのせいで、休養は長くなると思います。2,3日ベッドで過ごしたほうがいいかと」
そうか休養が長くなるのか。演出上ある程度痛めつけたが、悪かったかな。
「そうか、ミアなら魔法ですぐ回復できるのかと思ったけど」
「回復魔法は、次善の魔法である、という言葉がありまして」
「次善の魔法?」
「ええ。使わないほうが一番です。比較的最近の考え方なんですけどね。人体の治癒能力でなるべく解決する。それが私の師匠の教えです」
「へえ」
解熱剤なんかもなるべく使わないほうがいいって言うしな。
「でも、その考え方って異端なんじゃないのか」
いっぱい治癒したほうが儲かるのでは?
多量の薬を出す医者は儲かるらしいしな。
「そうですね、できるだけ回復するほうがもうかるので、あまり広まっていないですよ。ですが、最近の研究で、過剰治療により新たな病気が生まれているということがわかったんです。ですので、できれば自然治癒のみで完結させたほうが好ましいんです。回復魔法もいろいろ系統がありますが、基本は『自己修復機能』を強化して早く治しているんですね。基本的には回復魔法は体に負担をかけるんです」
「そうか、知らなかった。ヘルガは自然に治癒したほうがいいってことだな?」
「ええ。体力消耗が激しいだけで、体自体には異常ありませんよ。決闘相手のことをそこまで心配してくれるなんて、リク様は優しいんですね。」
「オレが痛めつけたからなあ。気になるよ」
「フフ、それにヘルガ様はリク様のお気に入りのようですしね」
なんだか、少し言葉に怒気が混ざっているような気がするが……ここは鈍感力を鍛える場面だな。気にしない気にしない。
「そうだな」
「全く……決闘で決まったことですから、多少弄ぶのはヘルガ様もお覚悟の上でしょうけど」
この世界での『決闘』の約束はかなりの効力があるようだ。しかし、ミアの口から弄ぶっていう言葉を聞くのは――とてもいいものだな。
「とても素敵な方なんですから、殺したり性奴隷にしたりはしないでくださいね。それに弄ぶ時も優しくするんですよ。わかりました?」
「ああ。わかってる。もともとそんなひどいことをするつもりはないさ」
「お願いします。さすがリク様ですね」
ミアが近くに来て手を握ってきた。頭を撫でてほしいようだ。
「リク様……昨日はヘルガ様とどちらに行かれていたのですか」
「ああ、ちょっと散歩していただけだよ」
空は飛んでいたけど、基本的に散歩の範疇だと思う。
「決闘のあとなんですから、お体大事にしてくださいね」
「うん、わかってる」
ミアは本当に心配してくれているようだ。
「昨日は、ヘルガ様とは、……何もなかったんですね」
ミアが上目使いで聞いてくる。切ない表情をしている。大きな青い目に吸い込まれてしまいそうだ。
「疲れていたからな。すぐ部屋に戻った」
「私も、貴族の娘として、旦那様が他の子に目移りするのはしょうがないと分かっています。でも、私にプロポーズした日に他の女の人と――ヘルガ様とあまり仲良くなるのは不安になってしまいます。あんな観客のいる前で、キ、キスなんて……」
ミアは涙をこぼしながら、オレに迫ってくる。なんだか、誤解が生まれてないか?
オレ、ミアにプロポーズしたの?え?ウソ?昨日の寝る前疲れてて記憶がおぼろげだけどなにかやっちゃった?よ、よくわからないけど、ごまかしておこう。頭を撫でる。
「嬉しい、リク様……私、リク様にいきなり頭を撫でられて突然でビックリしたけど、リク様にもらってもらえるならいいなって思って」
「ミア様、あまり人前で頭を撫でてもらってはいけませんよ。」
騎士トーマスがミアに意見をしていた。いつ入って来たんだコイツ。
「あ、トーマス。でも、いいでしょ?婚約してるんだから」
「まあ、頭を撫でるのはそういうことですけど、まだお父様と正式な話もしていませんから。それに人前でするようなものじゃありません」
「わかっています。嬉しくって、ついしてもらっていたの」
ちょっと、ミアの距離感の詰め方に混乱していたが、なるほど……この世界では、正式にではないにしろ、頭を撫でるのは求婚や婚約の意味を持つということなんだな。
異文化って怖いなあ。出会ったその場で求婚してしまったのか。
オレってすごいなあ。
頭を撫でることが求婚するって意味だと知らなかった、誤解なんだと言えば、ミアはきっと許してくれるだろう。
でも――
……ミアの手を握ると、体温が伝わってくる。ミアは手を握られて真っ赤になっている。瞳をうるませて頬を染めているミアをいとしく思った。
「ねえ、トーマス。朝食はいつなのか聞いてきてもらえる?」
「……人前でするなって言われて、人払いするって発想、新しいですね」
「だって、リク様と二人きりになりたいもの」
ミアとトーマスは信頼関係があるんだろう。軽口が通じる間柄なんだな。
トーマスは、広間から出て行った。
ミアは立ち上がって、入り口に背を向けた。
「リク様」
ミアがオレの手を引いた。ミアが目をつぶる。
オレは、かがむとミアを抱きしめて軽く触れるようにキスをした。
少し触れただけで、ミアがオレの体を押した。
「今日はここまで、です」
ミアが笑っていった。
「お父様に紹介しないといけませんしね」
ふと、馬車でミアが「お父様に会っていただく」と言っていたことを思い出した。
あの時から、ミアは頬を真っ赤にして瞳をうるませていたな。
「ミア」
「何ですか、リク様」
「これからもよろしくな」
「はい!」
「朝ごはん食べに行こうか」
二人で歩き出した。
ミアはリクとヘルガの仲に嫉妬していました。