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作戦の欠陥

 ラフィーの屋敷に着くと驚いたことに本当に兵士の見廻りが無かった。

 そして、それ以上に屋敷の美しさにアレクは驚いた。

 庭には四角や球といった幾何学模様に切りそろえられた生け垣や色とりどりの花が規則正しく並ぶ花壇があり、三階建ての白い屋敷は小さなお城のようだ。


「すごい家だね。もしかして、ラフィーは結構地位の高い貴族のお姫様だったりするの?」

「そこそこの地位さ。手入れがよく行き届いているだけで、見た目ほど裕福という訳ではない」


「そうなんだ。でも、こうやって花を愛でる余裕があるってのは良いことだね。何て言うか平和って感じがするよ」


 魔王と戦っていた三百年前はこんな余裕を持っている者はいなかった。

 何よりも食べ物を優先し、次に武器と防具を確保する。花や草木は薬の材料になるものだけが売り買いされて、観賞用の花や草木などほとんど出回らなかったのだ。

 そうやってアレクが庭を物珍しく見ていると、リリシアがぽつりと呟く。


「こんな暮らしが出来るのも、アレクさんが魔王を倒した功績の一つですね」

「はは、そう言われると照れるね。でも、魔王のいなくなった後の世界のみんながこうした花や草木を増やしてくれたんだし、みんなの功績だよ」


「まだ実感が湧かないが、こうして謙遜するところを見ると、アレク殿はやはり伝説の勇者なのだな」


 ポリポリと頬をかいて照れるアレクにラフィーも感慨深そうに頷いていた。

 もちろん、こんな気の抜けた会話が出来るのも、本当に周りに兵士がいないからだ。


「この綺麗な庭を戦闘で台無しにしないで済んで良かったよ」

「アレク殿……! お心遣い感謝する。こういっては何だが、ここに兵士がいないのは私が貴族の娘であったおかげだろう。兵士らの話を盗み聞きしていたら、狩りで怪我をして動けなくなり飢え死にしたことにして、私の死体を運ぶ予定だったらしい」


「何だってそんな回りくどいことを?」

「何かの罪をでっちあげて裁判にかければ、私の口から兵士が悪魔憑きになっていることを裁判官に告げるからだ。庶民のお嬢様なら誰も耳を貸さないだろうが、それなりの地位にある貴族が言えば反応する者は多い。それに、我が家の従者たちが真相を探るために動く。魔王の大冠を持つロンベルド王からすれば、下手に外に出したり、傷をつけて殺すより、ヒッソリと死んで貰う必要があったのだろう」


 言われてみれば、ラフィーは牢屋に繋がれているだけで特に拷問を受けたり、暴行を受けた様子はなかった。せいぜい、髪と服の汚れが目立っていたくらいだ。


「なるほど。それじゃあ、死体が見つからないまま屋敷に兵士が報告をすれば、ラフィーの家の従者が動いてしまう。だから、死体を見つけるまで動けないってことか」

「さすがアレク殿、なかなかの慧眼だ」


「はは、ヒントを貰いすぎた気もするけどね」

「フフ、では、我が家に案内しよう。さすがの私も空腹だ。まずは食事しながら今後のことを話すということで良いかな?」


 ラフィーがそう言って屋敷の扉を開けると、ラフィー家の従者は次々ラフィーに体当たりするような勢いで抱きつき、再会を喜んだ。

 そして、ラフィーが短く事情を説明すると、従者たちは全てを察したかのように屋敷のあちこちに散っていき、食事と風呂と着替えの準備をし始めた。

 こうしてアレク達は兵士に隠れられる場所を手に入れ、ようやく落ち着いて話すことが出来る場所を手に入れることが出来たのだった。



 リリシアの小さな身体のどこにそんなに食事が入るのか?

 ちょっとした神秘を垣間見つつ、アレクは食事をとりながら本題を切りだした。


「さて、今後の方針だけど、まずは予告状を作るんだっけ?」


 アレクの問いにリリシアは口の中に頬張っていたパンを飲み込むと、少し考える素振りを見せてから考えを口にした。


「はい。今夜にでも予告状をばらまいて、明日の夜に盗みに入ると予告するのが良いでしょう。時間の余裕を与えないことで、ロンベルド王を城に縛り付けるべきです」

「予告状なんて作ったことないんだけど、どんなことを書けば良いんだ?」


「では、文面は私に任せて下さい。魔神の声に従って震え上がらせるような素晴らしい予告状を作ってご覧に入れます」

「イルースカ様のセンスにだけは頼りたくないんだけどっ!?」


 とんでもない怪文章が出回り、事件解決後にヤバイ人扱いされかねない。

 そう直感的に自分の危機を察知したアレクが必死にリリシアを止めようとすると、ポカンとしていたラフィーが我に返ったようにハッとし、手を挙げた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。二人ともさっきから予告状とか盗みに入るとか、何を言っているのだ?」

「ん? あぁ、そうか。ラフィーにはまだ伝えてなかったんだ。魔王の大冠はロンベルド王が持っている。王様を聖剣で倒す時に魔王の大冠ごと破壊するのが一番楽なんだけど、この時代でそれをしてしまうと、王様殺しの犯人として指名手配されるって聞いたんだ」


「あぁ、そうだな。悪魔に取り憑かれていたと証明出来なければ、ただの人殺し、それも国王殺しとなれば地の果てまで追われるはずだ」


 リリシアだけでなく貴族のラフィーも同じ意見だった。

 熟々思いとどまって良かったとアレクは胸をなで下ろす。

 そうして、アレクは改めてリリシアに何故怪盗をするのかを説明させた。


「なるほど。犯罪者として国王に追われているのなら、いっそ正義の怪盗として国民に守ってもらうということか」

「はい。私たちが怪盗として活躍すればするほど、ロンベルド王は魔王の力を引き出して私たちの邪魔をするはずです。そこを国民に見せて正義は私たちにあると印象づけます」


「証言だけでは立場の強い王の証言が絶対。王が白と言えば黒も白となる。だが、その正体を暴けば言い逃れは出来ないということか。事情は理解した。怪盗や義賊というのはどうかと思ったが、話を聞いてみるとなかなか筋が通っている。それに恥ずかしながら子供の頃はそういった話に憧れを抱いていたのだ」


 状況を飲み込んだラフィーはふんふんと何度か頷くと、どうやら納得がいったようで、今度は朗らかな様子で手をあげた。


「ところで、アレク殿とリリシア嬢に怪盗というか盗みの経験はあるのか? ちなみに私はもちろん無いので、二人に是非怪盗のいろはを指導して頂きたいのだが。私も二人の仲間として共に困難に立ち向かうつもりであるからな」


 ラフィーが純粋な興味の宿るキラキラとした眼差しでアレクとリリシアを見つめる。

 その視線にアレクはフッと笑うと――。


「僕は勇者だよ? 協力願いで宝や道具を分けて貰うことはあったけど、人の物を盗んだことはない」


 堂々と胸を張って鼻をならした。

 勇者として胸を張れる生き様をしてきたつもりだ。おかげで魔王討伐のお伽噺に語られるアレクは素晴らしい好青年とされている。


「ふっ、闇の申し子はそんな小さな罪は犯さない。我は生まれた時から魔神を宿す大罪をと言う名の十字架を背負っているのだからな」


 リリシアの物言いはよく分からないが、イルースカを宿した巫女がそんなせせこましい罪を犯すわけがないと言っているのだろう。

 ここにいる三人とも胸を張って盗みをしたことがないと宣言したのだ。

 さすが女神に選ばれた人達だ。全員真っ当な人間である。


「ダメじゃないか!? どうするのこれ!?」


 ガタッと音を立てながらアレクが席から立ち上がる。

 アレクはこの怪盗作戦にある大きな欠陥にようやく気がついた。

 いないのである。盗みをしたことのある人間が一人もいないのだ。


「えっ!? アレクさん昔の勇者なら宝箱とか開けまくってるのではないんですか!? お城の宝物庫に入って強い武器とか防具を持って行ったんですよね!? イルースカ様がそう言ってたんですけど!?」

「あのダメ女神!? 僕はちゃんと王様の許可貰ってから宝箱開けているからね!?」


 アレクの言葉がリリシアにとって本気で想定外だったのか、リリシアの顔がみるみる青ざめていく。


「むしろ僕はあそこまで自信満々に作戦を立てたリリシアなら、何か秘策があると思ったんだけど」

「……魔王を倒す大冒険したアレクさんなら出来るかなって」


 リリシアはそういってアレクから目を反らす。

 あそこまでの大見得を切っておいて、実は誰も怪盗をしたことがないのである。


「……すまない」


 ラフィーがそんな重苦しい空気に耐えきれず、高々とあげた手を下ろし、申し訳無さそうに床に視線を落とした。


「いやいや!? ラフィーのせいじゃないからさ!」

「そ、そうです。だから、そんな今にも泣き出しそうな目でしょんぼりするのは止めて下さい!」


「そ、そうか? 私が口を滑らせたせいではないのだな?」


 アレクとリリシアが慌ててフォローすると、ラフィーが人に怯える子猫のような目で二人を見上げる。

 その不安そうな視線にアレクはかくかくと頷くと――。


「そうだよ。ラフィーのせいじゃない。ラフィーが言わなければきっと僕たちはこのまま予告状を作って、ばらまいただろうし」

「そうです。ラフィーさんが言い出さなければ、きっと何も知らずにノリノリで予告状をしたため、予告通り犯行に及んでいます!」


「それもう完全に私が悪いと言っていないか!? 私が余計なことを言わなければ先に進めたと言っているよな!?」


 フォローになってないフォローにラフィーも椅子からガタッと立ち上がり頭を抱える。

 その様子にアレクもしまったと口を押さえる。

 確かに今の言い方だと喧嘩を売っているようにしか見えない。

 でも、実際は後戻りが出来なくなる前に気付けて良かったと感謝しているのだ。


「あぁ、むしろラフィーのおかげで怪盗を思いとどまることが出来て良かった。やはり僕達に犯罪行為は似合わないんだよ。ありがとうラフィー。僕達は真っ当なやり方で魔王の大冠を手に入れよう」


 アレクはそういうとラフィーの横に歩み寄り、手を差し出した。


「アレク殿っ……。さすがです。それでこそ勇者アレク殿です!」


 ラフィーがアレクの手を握り返し、お伽噺で語られる英雄像に感動しているのかキラキラとした目をアレクに向ける。


「さぁ、そうと決まれば、街に王様が悪魔憑きであるという告発文をばらまき、正面から城に乗り込んで、王様ごと魔王の大冠を壊そう」

「それはもはや強盗というかテロリストでは!? 怪盗より犯罪のランクが上がっているのでは!?」


「僕のやり方とリリシアのやり方の折衷案さ。貴族のラフィーが匿ってくれればお金と食事の心配は無さそうだしね」

「爽やかな笑顔でとんでもないこと言うのだな!? 全く笑顔で黒さが誤魔化せてないぞ!?」


「くっ、何故今のがダメなんだ。やはりこの時代の常識は分からない……」

「私は300年前の常識の殺伐さを理解出来ない……」


 一体何の話をしていたのか、それを忘れてしまうくらいの馬鹿馬鹿しいやりとりが続く。

 ただ、そんな馬鹿馬鹿しい空気のおかげで重苦しさは消えていた。

 なお、全く話に進展も無かったが。


「もう仕方無いので邪神に頼みますね」

「待てリリシア! ここでイルースカ様まで混じったら完全なカオスになるって!」


「いやー、私がいなくても十分カオスだったわよ。ふっ、アレク君もやっぱり私と同じ穴の狢ということね! 違うと言うのなら、私のことをもっとあがめていいのよ? 讃えていいのよ?」

「イルースカ様はすごいなー。イルースカ様は自愛の女神だ。僕にはとてもできない。イルースカ様はとんでもないかまってちゃんだ。僕にはとてもできない」


「何と心のこもっていない賛美!? というか、そんなに同類扱いされたくないのかアレク殿っ!?」


 イルースカと同類扱いされたアレクは死んだ魚のような虚ろな目で、全く心も中身もこもっていない賛美の言葉を口にする。ラフィーの突っ込みにも反応しない。


「ふっ、そうでしょうそうでしょう! 人間にはとてもできないことが出来るそれが女神イルースカでしょう。もっと褒めて良いのよ。というかもっと褒めて!」


 けれど、そんな言葉でもイルースカは嬉しそうに胸を張り、どや顔で鼻をふんふんと鳴らしていた。


「えぇっ!? イルースカ様は今ので満足されるのか!?」

「ラフィー、考えてはダメだ。無だ。無の境地にて必要な物以外流すのだ」

「アレク殿? ……ダメだ。この目は悟っている……」


 アレクは今更何を言ってもしょうがないことを全身全霊で表現していた。

 その様子にラフィーがどん引きしていたが、それ以上に、恍惚の表情を浮かべるイルースカを見てさらにどん引きした。

 女神がよだれまで垂らして喜んでいたのだ。しかも心なしか後光の強さも増している。


「……イルースカ様、今のがそんなに嬉しかったのですか?」

「うんっ! 超うれしい! アレク君が私のこと褒めてくれるなんて滅多にないし! うへへ」


「えぇー……」


 こんな姿を晒すイルースカがこの世界の主神だと誰が認められようか。

 数百年の信仰心ですら揺らぎそうな衝撃に、十数年の信仰しかなかったラフィーは壊れかけていた。

 別の宗派に乗り換えようかどうしようかうわごとのように繰り返し始めたのだ。

 しかし、イルースカはそんなことを気にするような神ではない。


「いやー! 気分良いし、知恵を授けるよ。誰もやったことがないならこのお屋敷で練習すれば? 外の見た目も中の構造も小さいお城っぽいし、使用人はいっぱいいるから衛兵の代わりをしてもらえば人目を盗んで侵入する練習にもなるよ」

「「えっ! イルースカ様が真っ当なことを言った!?」」


「ふふーん、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてもっと褒めて!」


 突然もらえた真っ当なアドバイスにアレクとラフィーが我を取り戻し、飛び上がるほど驚いた。

 誰も経験がないなら練習すれば良い。そうと決まれば話は早かった。


「よし、ラフィー今すぐ使用人に事情を話して協力を頼めるか?」

「あぁ、大丈夫だ。うちの従者は全員私に味方してくれる。早速準備させよう」

「僕も一緒にお願いするよ。急ごう!」


 アレクとラフィーは瞬時に行動に移し、走って部屋を出て行ったのだ。


「って、ちょっと私を置いてかないでよ!? アドバイスしたの私なんだけどっ!? というか、よく考えれば別に私のこと褒めてないわよね!? ねぇ! 二人とも私の扱い酷くない!? ねぇ! 私神様なんだけどおお!?」


 そして、駄々をこねるように叫ぶ女神だけが取り残された。


「はぁー……一般の人にはこれは見せられませんよね。ホントに……」


 取り残されて拗ねた女神様が離れ、残されたリリシアはため息をつきながら二人を追いかけた。


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