代償と親友
ー フロネ街は、最初のガルード獣国の侵略に耐えきった。
城壁の外には400人ほどの獣人、街に侵入し立っている獣人は100名ほど、敵の屍は500体。
侵入して生きている獣人は、クロとエントと生き残りの冒険者の手にかかり、一時間もかからずに屍へと変わった。
日は既に傾いており、街は血と灰の臭いが立ち込めていた。
掃討を終えたエントとクロは今、フレード治療院の中で休息を取っていた。
「もう一度、ご主人様の事を教えてほしいニャ。」
クロは真剣な眼差しでエントに聞いた。
「よかろう。…少し遡って詳しく話すことにするの。まず…」
そんなクロの目をしっかりと見て、エントは自分とフレードの出会いから、今日まで細かく時間をかけて説明した。
その中にはエントがフレードに対する感情の変化も混ざっており、クロはエントがどれだけフレードの事を想っているかが分かった。
「…というわけじゃ。」
「…そうだったんだニャ。ご主人様のこと、そして貴方の事も良く分かったニャ。」
クロはまた、少し泣いた。
話の中のエントに、自分の姿が重なった気がしたから。
「話してくれてありがとニャ。」
「クロ殿には、全てを伝えて置かねばならぬと思ったからの。…主は異世界から来たと、言っていたのを我は聞いた。主は異世界人じゃ。特別な存在じゃ。だから、きっと帰ってくると我は信じておる。」
エントは、フレードの寝言がきっかけで、フレードが異世界からきて、この地に生を受けた事を知っていた。
それに、きっと帰ってくるという確信が、なぜか心の何処かに存在していた。
「クロも、信じてるニャ。ご主人様はきっと帰ってくるニャ。帰って来ないなら迎えにいくニャ。この世界何処かにきっといるニャ。」
クロにも、フレードが帰ってくるという確信があった。
それに、この世界の何処かにいる気がしていた。
「…炎竜ミスティニアスは、今の我では勝てん。憎き相手だが、歯が立たないじゃろう。だが、戦わずとも主のピンチの時に、助けて逃げる事は出来るようになりたい。だから、我はこの戦争でこの街を守りながら、強くなるために行動する。クロ殿はどうする?」
エントはフレードが消えるとき、ただ、見ている事しか出来なかった。
その時の無力感がずっと心を蝕んでいた。
「クロもご主人様を奪った、その竜が憎いニャ。強くなりたいニャ。ご主人様に護られてばっかの弱いクロはもう嫌だニャ。エントさんと一緒に強くなるニャ!」
「そうか、なら共に進もう!これからよろしくなクロ殿。」
クロとエントは硬い絆で結ばれた。
お互いがお互いを見つめて、少しだけ微笑んだ。
ここでエントはクロに対して気になっていたことを質問をした。
「…なぜ、クロ殿は、我が主と一緒にいたことを知っているのじゃ?いつから気付いておった?」
そんなエントの疑問に、クロはフレードの事を思い出しながら呟いた。
「分かるニャ。主はクロといるときにも誰かに気を使っている感じがしたニャ。それにご主人様は一人でいるとき、いっつも左腕を見つめてデレデレしていたニャ。だから、何か隠していると分かって、それが女性の事だってことも勘で分かったニャ。」
クロは、フレードの表情の変化に敏感で、それ故に特別な女性が自分自身以外に近くにいると勘づいていた。
それが左腕になっているというのは、エントの話を聞いて初めて知ったことだった。
「なるほどな。主は女性の前で平然は装う事が出来ぬからの。納得じゃ。すまんな、我も早くクロ殿に挨拶をしておくべきじゃった。」
エントはコソコソとせず、早くクロと仲良くなって置けばと少し後悔した。
「いいニャ。ご主人様の口から、紹介して貰うまでクロは気付いていることを黙ってようとしていたニャ。バレていないと思っているご主人様も可愛かったニャ。」
「ははっ、それもそうじゃの。主は可愛いからの。」
クロはフレードが自分の口からエントの存在を紹介してくれるのを待っていた。
そのことに、エントは納得した。
少し雑談をしてから、治療院のベッドにそれぞれ横になった。
休憩をして明日からの戦いに備える事にした。
ー 真夜中 ー
「なんじゃ?クロ殿、眠れないのか?」
クロはベッドから立ち上がり、クロのベッドの脇に立った。
「エントさんに、主人様の匂いが残っているニャ。その匂いが恋しくて、眠れないニャ。」
「…そうかの。なら、一緒に寝よう。我も一人の夜は今さら寂しいのじゃ。」
そう言うとエントはベッドの隅により、毛布をめくった。
空いたところにクロはゆっくりと入り、エントにくっついた。
クロはすぐに安心した様子で眠りに着いた。
その様子を見ていたエントもゆっくりと休んだ。
戦争が本格的に始まった。
二人はフロネ街を守るために戦った。
明日も街を守るために戦い続けるだろう。
ー
クロとエントはこの日、大勢の人を救った。その中にも、「強くなりたい」と必死に願う者がいた。
その者の名は、シロナ。フィリエス・シロナ。
フレードが10歳の時に、フレードに告白をした女の子だった。
ー
シロナは大人たちがフレードがいなくなったと騒いでいた時、とても心配していた。
「森で迷子になっちゃったのかな?フレード君死んじゃったりしてないよね?」
シロナはお兄さんみたいな存在のフレードが好きだった。
しっかりしてて、優しくて、どんな男の子よりも魅力的だと思った。
そんな彼に想いをよせて思いきって告白した彼女だったが、うまくかわされてしまった。
そんな彼が治療院を開いた時には凄いと思った。
だが、彼が奴隷を買ったときには、その奴隷に凄く嫉妬した。
シロナは街で度々、恋人同士のような二人の姿をみて、素敵と思うと同時に、フレードの隣にいる獣人が次第に憎く思えていた。
だが、その憎しみは完全に消え去った。
ー
フレードがいなくなってから、シロナは毎日、訪れる場所があった。
そこはフレードの大好きな花、コスモンの群生地だった。
「フレードくん、この花好きだから、きっとここに帰ってくるよね!」
そう思い、シロナはコスモンを眺めていた。
しかし、そこへ剣を持った三人の獣人が来てシロナを見つけたのだ。
「嫌だ!来ないで!死にたくない!」
シロナは逃げたが、呆気なく捕まった。
「ゲヘヘ、一回人間のガキを犯して見たかったんだ!」
「兄貴、早くしてくれよー!敵が来るかもしれないんだから。」
「兄貴、終わったら俺にもまわしてくれよ!」
シロナは絶望していた。
「助け…て…フレード…くん。」
恐怖で言葉が出せないなか、そう呟いた。
しかし、フレードが来る訳などなく、シロナは諦めた。
「もう…いいや。フレードくんに…もしかしたら会えるかも…しれない…し。でも、初めてはフレードくんが…よかった…よ。」
シロナは体の力を抜いた。
少しでも楽に死ねるように。
しかし、シロナは助かった。
「へっ!?」
男たちは、シロナの目の前で半分に割れた。
男たちの血をたくさんかぶり、シロナの青い髪は紫へと変化していた。
目の前には、自分からフレードを取った、猫の獣人のクロがいた。
助けられたと分かった瞬間、シロナのクロに対する悪い感情は消え去った。
だが、シロナには同族をためらいなく殺せたクロを不思議に感じた。
シロナが唖然としていると、クロと目が会った。
クロはシロナを見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「…待ってるだけじゃ、何も変わらない。」
「…えっ!?」
その一言だけを言って、クロは去っていった。
真っ赤に染まるコスモンの花びらが風に揺れるなか、シロナはその言葉の意味をじっくりと考えていた。




