代償と死の大地
ふわっと地面に足が着いた感触がした。
春先のような優しい風を頬に感じる。
ゆっくりと目を開けるとそこは、意外にも穏やかそうな草原だった。
周りは山に囲まれ、かなり草原が広いことが分かった。
「ここはどこだ?死地というには程遠い場所だな。気温も丁度いいし。」
女神様が俺を死地へ送ると言っていたので、かなり気合いを入れていたが、思っていたようなところとは大きく違っていた。
「てっきり、ダンジョンの奥底とか谷底みたいな暗いところだと思っていたけど、見渡す限り何も見えないし。どういうことだろう?女神様がドジっ子だったとか?」
取り敢えず、魔法で防御力と攻撃力を最大限に強化しておく。辺り一面見渡すことの出来る草原だが、絶対に敵がいるはずだと思い、警戒し辺りを見渡す。
「…ん?何か分からないけど、違和感を感じる。なんだ?」
逆に何も無さすぎて嫌な予感がし、夢を見ているような感覚が多少あった。
些細な違和感だと思ったが、警戒を強めると共にさっき使った魔力を回復させるために自分に回復魔法をかけた。
その瞬間、見ている光景が地獄へと変化する。
「…え?な、なんだ!?」
回復魔法をかけた瞬間、さっきのような平凡な草原などなく、辺りは毒々しい沼地に変わっていた。
俺は驚きを隠せなかった。
「どういうことだ?一瞬で世界が変わったぞ。」
何が起こったかが分かっていない。
状況を整理しようとした時、ふと足元に違和感を感じたので下を向いた。
「うわ!何だ!?これは…キノコ?」
下を向くと、丸くて真ん中に穴の空いたキノコのようなものを踏んでいたことに気付いた。
毒々しいカラフルなキノコだ。
慌てて空を飛んで避難した瞬間、そのキノコの横からピンク色の触手のようなものが飛び出し、俺目掛けて迫ってくる。
「急いで鑑定を!」
伸びてくる触手から飛んで逃げながら、そのキノコを鑑定する。
戦う前に相手を鑑定することの大切さは、ミスティとの戦いで十分思い知った。
― 鑑定 -
『ゲンカクダケ』 特殊な胞子を分散させ、幻覚を見せて獲物の動きを止め、触手で巻きつき補食する。
生息地 主に死の大地に生息する。
弱点 氷魔法。(火魔法を使うと爆発する恐れあり。)
…よし、取り敢えず氷魔法だ。
植物っぽいから燃やそうかと思ったけど、思い止まって鑑定してから攻撃してよかった。
内心バクバクしていたが、冷静さを欠くといけないと思い行動する。
「取り敢えず動きを止めないと!…氷着けにするか。」
氷魔法で触手を凍らせつつ、本体であろうキノコの部分に氷の槍を放つ。
より確実に、より成長出来るように魔法の速度、威力、正確さを最大限に注意して攻撃するように心がけた。
「パキ、パキパキパキン」
「…何とかなったか。」
キノコの部分から触手まで氷付き、動きを止めた。
念のため空高く飛んで距離を取り、落ち着くために深呼吸をする。
「俺はこの世界に来た瞬間、あのキノコの胞子を吸い込んでいて、幻覚を見ていたってことか?もし回復魔法をかけていなかったら…。」
つい先ほどのことを思い出し、ゾッとした。
状態異常を解いていなかったら、俺は直ぐにキノコに美味しく頂かれていただろう。
冷や汗を掻き、他に敵がいないか注意した。
「…あれ、よく見るとあっちこっちにキノコ生えてね?」
上からの景色で至るところにキノコが生えているのが見えた。
「地面に近付かない方がいいかもな。」
そう思い、キノコを眺めていたとき遠くに気配を感じた。
更にみたことのないモンスターが俺のいた場所にすごい速さで向かって来ていることが分かった。
「キノコのモンスターは何とかなったけど、他のモンスターはどのくらい強いのだろう?…嫌な予感しかしないけど。レベルアップのために全力は出すけどね。」
そんな事を思いながら、地上のモンスターでも倒そうかと思った時、遠かった気配が急に近付いた事に気付き、とっさに高速で横に飛び跳ねた。
「…これは虫か!?」
襲ってきたモンスターを見ると、カブトムシのような形をした虫だった。
角の先が弾丸のような形をしてして回転しながら飛んできた。
急いで鑑定をする。
- 鑑定 -
『スナイパービートル』とても目が良く、獲物を見つけると高速で飛び獲物を貫く。獲物が死ぬと卵を産み付け繁殖する。集団で行動する。
生息地 主に死の大地に生息する。
弱点 火魔法、毒魔法。節目。
…弱点を気にする前に、とても嫌な予感を感じていた。
目の前のビートルは一匹だ。
だが、このモンスターは集団で行動するらしい。
と、言うことは…。
俺は急いで更に空高くに高速移動した。
「ビュンッ!」
移動して正解だった、俺のいたところを物凄いスピードでビートルが飛んでいく。
「まだまだ来る!って、おいおい嘘だろ!?」
遠くからビートルが飛んでくるのが見えた。
しかし、問題はその数の多さだった。
空が黒く染まるかと思うくらい、おびただしい数のビートルが俺に向かって飛んで来ていた。
「シュッ!ガチン!」
俺の障壁にビートルが当たり、目の前で止まる。
一匹ならまだしも、この数の相手は無理だ、避けるしかない。
そう思い高速移動をしていたが、避けきれる訳もなく呆気なく自慢の障壁は砕け散った。
「パリンッ!」
「ぐぁっ!」
数の暴力に俺の障壁が限界を迎え、新しく障壁を張り直すその一瞬の好きに、これでもかと強化していた体の一部、両足を持っていかれた。
恐怖に心臓が止まりそうになりまがらも、直ぐに回復魔法で足を生やす。
「ヤバいヤバいヤバい、死にたくない。死にたくない。死にたくない!」
怖さや痛さが俺を襲い、焦らせる。
広めに障壁を張り時間を稼ぎ、少ない時間で最大限界に脳を動かして考える。
やつらの弱点は毒だから…そうだ!
俺は魔法で毒液を大量に生成する。
それを結○師のように板状の障壁で囲み、毒の入っている障壁を作り出す。
そして俺のまわりにも毒ガスを撒き散らしておく。
「さあ、来い!」
次々と俺に飛んでくるビートル達。
そして、俺の作った毒のたまった障壁を、貫く。
だが、中に入っている毒に速度は落ち、溺れでビートルは死んでいく。
そして障壁の中の毒液の底に多くの死骸が溜まっていく。
「キシュイィー」
奇妙な鳴き声を上げながら死んでいくビートルを見つつ、どんどん新しい毒液入りの障壁を作っていく。
「…ふう。」
思わずため息を着いた。
長時間の戦闘が終わり、一通りビートルは一掃した。
油断をせず集中し続けてきたので精神的に疲れてしまった。
体の傷は癒えても、心の傷は癒えなかった。
「死ぬかと思った。…相手に合わせて確実に殺せるようにしないとだな。」
今のところは何とかなったが、正直かなり危ない。
そして、更に危ない時間がやってくる。
「どうしよう、辺りが暗くなってきた。」
警戒しながら考えていると、日が落ち始め辺りが暗くなっていく。
もちろん、夜にモンスターとの戦闘などほとんど経験が無く、ましては俺を殺すかもしれない強さのモンスターの相手などしたことが無かった。
「…俺はいつまで戦い続ければいいんだろう。エント、クロ、寂しいよ。」
早くも弱音を吐いてしまったその時、エントとクロのことが頭をよぎった。
大切で大好きな二人の笑っている姿が頭に浮かび、思わず泣きそうになる。
会いたい気持ちで胸が一杯になる。
…その時だった。
「シュッ!スパッ!」
「ぎゃぁぁ!!」
そんな心の隙を突くかのように、次はカラスのようなモンスターが飛んできて、障壁を破られ足を切断される。
あっさりと意図も簡単に。
- プチンッ -
その瞬間俺の中で何かが切れた音がした。
「くそがぁぁぁ!!!」
決意していたくせに、心に隙を生んでしまった自分。
まだまだ弱い自分の心。
全力の障壁を簡単に切り裂いたモンスター。
通用しない、自分の実力。
それらの事実を受け入れたくなかった。
「皆殺しだ!殺される前に殺し尽くしてやる!」
ムカついた、イラついた、怒った。
エントとクロに会いたいという弱い気持ちを捨てたくなった。
弱い自分を殺したくなった。
心に余裕を持てなかった俺はこの瞬間、無限に、ただひたすらに暴れ回るある意味モンスターになった。
辺りが暗くなり、気配を消しきれなくたって関係無い。
魔法で辺りを明るくして、回復魔法をかけ続ければずっと動ける。
魔法だっていくらでも使える。
「…痛みなんて関係無い!」
下半身を千切られ食われたって、回復魔法で元に戻る。
空腹感が襲ってきたなら倒したモンスターを適当に食べればいい。
「俺は死なない。死ねない。だから…殺し続ける。」
フレードは弱さを完全に捨て、生きるため、強さを求めるため、心を捨てた。
常に襲って来るモンスターを殺すだけの生きた屍のように、機械のように変化した。
- フロネ街 -
「敵襲だー!!獣人達が襲ってきたぞ!!」
「死ね!人間共、皆殺しだ!!」
その頃、早くも獣人達が動き出し、遂に戦争が始まった。
「ご主人様…。」
「主…。」
そんな中、エントとクロはずっとフレードの帰りを待ち続けていた。




